餃子の錬金術師

     

僕が餃子を食べ切ったから、今日は餃子記念日―― 

 昨今のコロナ事情に伴い、Go to eatが発生したことは皆さんご存知だと思う。そして筋トレ中の僕がエニタイムのテレビで目にしたのは「鳥貴の錬金術師」というキャッチーなフレーズだった。入手した1000円のクーポンを使い調味料だけを頼む。最後にお会計を済ますと、1000円から調味料代金の数十円を引いた差額、900円幾ばくかが手元に残る……というカラクリのようだ。どうやら錬金術師は現代にも生きていたらしい。この方法を最初聞いた時は正直、頭いいなと思った。まぁ僕にも羞恥心や良心があるので、さすがに実行は差し控えた。

 しかし錬金術か……。この言葉にはピンとくるものがある。飲食店にて自分が差し出す対価以上の見返りを求める、これに似た経験が、僕にはあるのだ。ちょうどいい機会だからここでは、羞恥心はほとんどなく、良心もノーダメージ、かつ等価交換の法則を無視した素晴らしい成果を得る方法をお伝えしよう。むろん、飲食店限定の方法なのでその点はご了承いただきたい。


 等価交換を無視した禁忌の錬金術。それはズバリ、大食いチャレンジだ。制限時間内に、規定量の食事を食べ切ることができれば無料、あまつさえ商品・賞金まで手に入ってしまう最高の錬金術だ。

 僕は平均的な成人男性と比べればよく食べる方だ。しかし決して大食いというわけではなく、その本質は早食いである。満腹感を感じる前に目の前にあるご飯を全て体の中に取り込む、これをやっているに過ぎない。むしろ僕よりも三回りくらいデカい福畑こそ、大食いなのだろう。そしてザル故に、彼は酒もよく呑む。同居時代には、僕が持ち帰ったドーナツとストロングゼロのロング缶を朝食にしていた姿をよく見たものだ。今度は彼も、大食いチャレンジに連れて行ってみようと思う。

 因みに周りの人には、僕が早食いである理由を「温かい内に食べた方が美味しいから」と伝えているが、もちろん本意ではない。ただお腹が空いて手が止まらないだけだ。体には良くないと思いつつも、本能には逆らえない。相手とペースを合わせる必要がある場合は、一度巻いたパスタを逆回転させてほどくなどして、テキトーに時間を稼いでいたりする。

 そんな僕が、誰の目も気にせず早食いを存分に発揮する機会が、大食いチャレンジだ。発揮できるといっても、もちろん必ずしも成功するわけではない。僕はかつて、水道橋の大食いチャレンジで敗北しているのだ。あれは就活中のことだったと思う。毎回友達の家に泊めてもらっているので、そろそろ何か手土産を持っていきたい。そして、お腹空いたなと思い街を歩いていると、景品付きの大食いチャレンジを開催している飲食店を発見した。瞬間、これだ!と思い、早速その店のチャレンジで最も簡単そうな、ジャンボラーメン三杯に挑戦したのだ。そして先に述べた通り、僕は熱々のラーメン共に負けた。退店時に3000円を支払い、キャリーバッグを杖代わりによろよろ歩く羽目になったのだ。麺+具材は全て平らげたのだが、スープを2杯分残して、僕はギブアップしてしまった。

 そんな屈辱を糧に、僕が今回挑戦したのは、博多劇場の餃子百個チャレンジだった。今回は成り行きではなく、事前に大食いチャレンジブログを確認し、比較的容易なチャレンジであることは把握済みだ。17時に予約もできている。

 入店すると、僕は一番の席へ通された。カウンター席の中でも隅の席だ。そこにお通しキャベツと、注文したウーロン茶が来た。どこまで食べるべきか悩んだ末、僕はとりあえずキャベツの上に載っている塩昆布だけ食べた。それから10分程経っただろうか、ついにドデカい鉄板に乗った餃子の軍勢が登場した。因みにこの時、僕は二日酔いだった。胃を本調子に戻すため、14時頃に台湾混ぜそばを食べてみたのだが、100の餃子を前にしても、そこまで食欲は沸いてこなかった。とにもかくにも、戦いの火蓋は切って落とされた。餃子を一つ食べてみる……。

アッッツイ!!

 この時、水道橋のラーメンが頭をよぎった。美味しい料理の提供と早食い防止のため、大食いにおいては可能な限り熱さをキープして提供しているのかもしれない。同じ手に、二度も負けるものか。熱さは無視してどんどん餃子を口の中に放り投げていく。しかし熱い。一分と経たず、餃子を取り皿に置きまくる作戦に出た。取り皿3つにそれぞれ餃子の山を築き、ローテーションで更地にしていく。これを繰り返した。あまりにも熱い餃子山には、餃子のタレをかけて冷ますことで対処した。僕は汗っかきなのだが、熱い餃子を胃に入れまくることで、滝のような汗を流していた。そして鼻水までもが出てくる。地味にこれが一番つらかった。せっかくの美味しい餃子の味が鈍る。次回大食いチャレンジする時は、予め紙ナプキンも用意しておこう。

 一人餃子と格闘する僕を尻目に、他のお客さんは楽しく飲んでいる。抹茶ハイを頼む子連れの若夫婦、サイドメニューをシェアする若いカップル、とりあえずビールの学生たち……。間違いなく僕だけが異次元にいた。誰と話すでもなく、シェアをするでもなく、ひたすらに餃子を喰らう。そんなことをして、35分程経ち、ついにその瞬間が訪れた。最後の餃子だ。最後の餃子くらいはゆっくり食べよう。そう思い僕は、ホールのお姉さんが持ってきた柚子胡椒を初めて使ってみた。初めての食べ合わせだが、かなり美味しい。今度大食いする時のために、こいつの顔も覚えておこう。そしてスタートから37分が経過した時、僕はこの大食いチャレンジを制したのだった。驚くことにこの37分間、僕の右手はお箸を握りしめたままだった。


 今回の経験は、決して楽なものではなかった。二日酔いで最初から吐きそうだったし、何より餃子の油がスゴイ。時間を振り返ると、量は大したことないことがわかるが、油のしつこさがたまらないのだ。餃子の焦げ目がついていない側はしばらく見たくない。しかしこのチャレンジを制したことで、僕は5000円分の晩御飯にタダでありつけた。おまけに百個餃子完食証までいただいた。これにより、僕は向こう一年間、毎日2皿まで餃子をタダで食べることができる。

 これだけでも素晴らしいが、なにより素晴らしいのは、このチャレンジでは誰も不幸にならないということだ。僕は無料の晩御飯だったのでラッキー、ホールの店員さんも楽しそうにしていたのでたぶん問題ない。隅の方で食べていたので、特に白い目で見られることもなかった。モラルを問われる鳥貴の錬金術とは大違いだ。鳥貴の錬金術士の皆さんは、今すぐ流派を変えて餃子の錬金術士になってほしい。チャレンジ成功の達成感も相まって、きっとすがすがしい気分でお勘定(無料)ができるはずだ。

博多劇場西新宿店に行けば、デカい鉄板を持った僕の写真付き色紙が飾られている。さて、次はどこで錬金術を発動しようか……

P.S.
Go to eatが中止になったらしい。やはり大食いチャレンジこそ最強。

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