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シニアマイスター 若松君子

シニアマイスターになるための「温泉に関するレポート」です。

別府の「地獄巡り」について
    ―坊主地獄・海地獄・血の池地獄・龍巻地獄―
                   シニアマイスター 若松君子

はじめに

 別府市北西部にある鉄輪・明礬の地熱地帯には、一般の温泉入浴に用いられる多くの泉源のほかに、自然科学的にも珍しい現象の温泉池や地熱活動が見られる。それらのうち、特徴的なものは「○○地獄」と呼ばれ、別府観光の目玉となっている。このうち、坊主地獄、海地獄、血の池地獄、龍巻地獄という、代表的な4ヶ所について、各々の現象の成立ちを自然科学的に理解しようと試みた。

坊主地獄

 坊主地獄は、泥火山の一種だ。天然坊主地獄には、噴出した泥が凝固した過去の泥火山の跡や、約500年前の泥火山の噴出でできたと言われる大きな窪地、そして現在もポコポコと勢いよく泥を噴出している泥火山がある。
 天然坊主地獄が位置する園内には、かつて延内寺という寺があったが、1498年の日向灘地震の際に、その寺の境内に突然熱泥が噴出し、寺は消失したという。窪地の大きさや深さから、相当な規模の噴出だったことがうかがわれる。これが、天然坊主地獄の泥火山活動の始まりのようだ。
 泥火山は、火山とは異なり、マグマやマグマ関連物質の噴出を伴わない。「泥火山とは地下からガスや水とともに砂泥が噴出し、地形的高まりを作る現象である」と定義されている。
 世界には多くの泥火山があるが、その大きさや活動の程度は様々だ。油田地帯や火山地帯に多いという。日本には、北海道幌延町や新冠町、新潟県十日町市、秋田県後生掛温泉などに陸上泥火山がある。
 鉄輪・明礬地域には、天然坊主地獄のほかにも泥火山が見られる。これらが、いつから活動を始めたのかはわからない。鉄輪・明礬の泥火山は、断層由来の通路に沿って、地下の堆積物が温水と共に上昇しているのであろう。もしかすると、熱泥溜りのようなものが地下にあるのかもしれないと、想像を膨らませている。
 「陸上泥火山には地震の前後に活動を活発にする様子が頻繁に見られる」と浅田美穂氏は述べている。 このことから、鉄輪・明礬の地熱地帯にあった泥火山の活動が日向灘地震によって励起され、延内寺の境内に、泥火山の噴出が起こったことは大いに考えられると思う。


海地獄

 海地獄の特徴は、大海を彷彿とさせる青い色とともに、大量の蒸気と熱湯がゴウと音を立て池の北西隅から猛烈な勢いで噴出していることだろう。
 この熱水池は、約1200年前の鶴見岳噴火の際にできたと言われている。池の大きさは、直径約10mくらいだが、同程度の深さがあるという。そして、この池の底からも、熱水の流入があると考えられている。
 「海地獄の呈色に関する色彩学的・地球化学的研究」等によると、海地獄の青い色には、少なくとも二つの要因があるという。そのため、この熱水池の色は、青みがかった緑であることも、青が強くなって緑がかった青になることもあるという。
 一つの要因は、水本来の色である。海地獄の10mという深さのゆえに、水分子によって太陽光の赤い光が吸収されて、青っぽい緑色になる。もう一つの要因は、カオリナイトという物質がコロイドの状態で熱水中に存在するため、太陽光の短い波長(青色)が散乱され、青く見える。海地獄の場合、カオリナイトのコロイドの量はそれほど多くないため、やや青みがかる程度であるという。カオリナイトが存在しない場合は、水本来の色である青緑だ。海地獄の色は、コロイド濃度の変動によって変化しているが、濃度変化の原因については今後の研究課題だと、大沢信二氏は述べている。
 海地獄では、長い間、「水が青いのは、温泉中の成分の硫酸鉄によるものです」との説明がなされていた。しかし、この池の温水成分の分析の結果、鉄イオンの濃度はわずかであり、青色の着色の要因とは言えないことが判明している。
 ようやく海地獄では、数年前から、この説明をマイクで流すのを止めている。何十年と続けて来た説明を変更するのは勇気の要ることだったかもしれないが、良い選択をしたと思う。


血の池地獄

 血の池地獄は、一辺約45mの、ややいびつな正三角形に近い形で、東に面する一辺が開け、北西と南西に面する二辺はほぼ山に囲まれた地形だ。観光客は、東側の広場からや、北側中央辺りから石段を登ることで、西側の高台から見学できる。
 血の池地獄の色は均一ではなく、東側から三分の一辺りに、色の変わる境界線が見られる。この色の境界線は、池が急に深くなっている箇所だ。
 この池の断面はロート型で、東側の浅瀬は10㎝程度の深さだが、最深部は30m近くある。池の最深部に熱水の湧出口があり、湧出部の熱水の温度は約130℃で、浅瀬では60℃~75℃くらいだ。
 この池の形状から、血の池地獄は一種の爆裂火口と考えられている。実際、1875年(明治8)から1927年(昭和2)まで9回の爆発があったと記録されている。
現在、この熱水池の温水を引き、足湯が作られている。それを見てもわかるように、池の水そのものは、無色透明だ。池が赤いのは、温泉沈殿物に、赤色を呈する鉱物が含まれるためだ。池の中心部から種々の鉱物を含む高温の熱水が噴出し、東側の熱水の流出口辺りに堆積している。沈殿物には、クリストバライト、カオリナイト、ヘマタイト、ジャロサイト、石英などの鉱物が含まれる。そのうち、赤色の原因となるのは、ヘマタイト(赤鉄鉱)とジャロサイト(鉄明礬石)だ。
これまでの血の池地獄の研究によると、血の池地獄の赤い色は変わってきており、1990年頃より赤より橙色に近くなってきているという。その要因は、主に、赤褐色を呈するヘマタイトと黄褐色を呈するジャロサイトの沈殿物中の割合の変化である。ヘマタイトの割合が多い時は、血の池は赤色が強かった。しかし、1970年頃から、ジャロサイトの割合が増してきている。そのため、池の色に黄色が加わってきている。
では、この混合割合の変化は何が原因であろうか。それは、血の池地獄に湧出する二系統の熱水の混合割合の変化だ。この池に湧出する熱水は、高温の食塩型熱水(250~300℃)と100℃くらいの硫酸酸性型熱水の混合水である。1970年頃から、ジャロサイト含有量が増加し、ヘマタイト含有量が減少したのは、より低温の硫酸酸性型熱水の割合が増加し、熱水の温度が低下したため、低温状態で安定なジャロサイトの含有量が増加したということだ。
 血の池地獄は、8世紀前半に編纂された「豊後国風土記」に、「赤湯泉」として記されていることから、1300年ほど前にはすでに存在していたことがわかる。この時の池の大きさは不明だが、すでに赤色の沈殿物が見られたのだから、それ以前から赤色鉱物を含む熱水の湧出があったということだ。その頃の色は、私たちが今見ている色とは多少異なっていたかもしれない。


龍巻地獄

龍巻地獄は、泉源が2,300もある別府で現在唯一の間欠泉である。「温泉国」である日本においても、間欠泉は数えるほどしか存在しない。世界全体でも1000に満たず、間欠泉の集中している地域は、アメリカのYellowstone、ロシアのカムチャッカ半島にあるGeyser Valley、そしてチリのEl Tatioの3ヶ所である。
どうして間欠泉が少ないのか、それは、間欠泉の噴出機構と関係していると思われる。
間欠泉の噴出機構の代表的なものとして、空洞説と垂直管説の2説がある。これらは共に19世紀前半に二人の地質学者によって唱えられた。空洞説を唱えたのはイギリスのMackenzieで(1811年)、垂直管説はドイツのBunsenである(1847年)。
空洞説では、地中に空洞があり、その空洞と連結した地上につながる噴出管のあることが前提だ。空洞に一定量の蒸気が蓄積すると、その圧力により、噴出管に溜まった温水が噴出する、ということである。
垂直管説によると、地中にできた細長い管内の熱水が沸点に達し、急激に発生した水蒸気により、管内の熱水が噴出する、ということである。
いずれにせよ、このような細長い間隙、あるいは間隙と空洞が地熱地帯に形成されてはじめて間欠泉が生じるので、その数が少ないのはもっともである。
ロシアのBelousovは、カムチャッカ半島の間欠泉地帯の4つの間欠泉にビデオカメラを入れて調査している。この調査によると、4つの間欠泉すべてに空洞の存在が認められたとのことだ。
Belousovは、彼らが調査した間欠泉は、崖錐堆積物が温水に侵食されることで、空洞と噴出管が連結した機構が形成されたと述べている。
地下の空洞は、必ずしも大きな一つの空洞である必要はないようだ。鏡裕行氏は、「地下に小さな空洞のネットワークが形成され、それにより大きな空洞堆積が実現しうる」と述べている。
間歇泉は、自然に噴出し始めるものがあるが、掘削によって生じるものもある。 龍巻地獄は、後者である。
岩崎岩次氏は、「1923年(大正12)に掘削した深さ約21メートルの温泉を、噴出をさらに強大にするために1928年(昭和3)に掘りなおしたところ、その3ヶ月後に、断続的に噴出するようになった」、と述べている。 また、岩崎氏によると、この温泉は、「安山岩屑の岩石及びその堆積物の中から噴出」とのことなので、龍巻地獄は、Belousovが述べている、「崖錐堆積物が温水に侵食された地帯」に存在すると言うことができよう。これらのことから、龍巻地獄の地下には、空洞が存在しており、掘削による人工の噴出管がその空洞に連結されたものだと考えられる。龍巻地獄は、ある意味、自然と人の営みの共同作業と言えるのかもしれない。

おわりに

別府の姉妹都市であるニュージーランドのロトルアにも、Hell’s Gateという広大な地熱地帯があり、間欠泉、泥火山、青や緑などの熱湯池等がある。ロトルアでは、ほぼ自然に近い形で、地熱地帯を見学できる。別府の海地獄や坊主地獄に、海外からの観光客(特にイギリス、アメリカ、オーストラリアからの観光客)を案内すると、「ロトルアでも見たよ」と言う方が結構いる。別府の場合、各「地獄」は個人の所有だと言うと、驚かれる。また、別府の「地獄」が商業化され、自然の良さが十分に生かされていないことに失望を覚える人もいる。確かに、そのような面はあるであろう。しかし、各所有者の「地獄」のプレゼンの仕方次第で、特異な自然現象を味わい、鑑賞できる、さらに上質な地獄ツアーが可能になると思う。
そのためには、「何がどう特異なのか」を、これまでの研究者たちの研究成果を踏まえた説明が各地獄でなされることが大事だ。その方法として、案内板を設置したり、説明者を置いたりすることなどが考えられる。案内板の一形態として、QRコードから説明を聞くことができるようにするのも良いだろう。
どう地獄にアプローチさせるかも大事な要素だ。個人的には、「海地獄」はそれが上手だと思う。門を入ると、緑の木々を背景に静かな池があり、季節ごとに花を咲かせる樹木があり、遠くに湯煙が上がっている。土産屋を抜けると、轟音を立てている美しい熱水池が目の前にパッと現れる。意識してそうされたのかどうかはわからないが、抜群の効果だと思う。新しい土産屋の2階が資料館になっているのも良いし、2階のベランダから写真が撮れるようになったのも、観光客にはうれしいことだ。
「天然坊主地獄」が回遊式日本庭園的なのも、個人的には良いと思う。かつては地獄巡りに外せなかった坊主地獄が、今は、地獄組合に加わっておらず、地獄巡りコースに入っていないのは、残念だ。
すべての地獄に改善の余地があると思う。たとえば、「鬼山地獄」は、これまで何十年と温泉水を用いて鰐を飼育してきた成果があると思うので、その成果を発表するなどを考えると良いのではなかろうか。「白池地獄」はとても美しいが、もう少し洗練された日本庭園的になると良いと思う。「龍巻地獄」は、同じ案内を日本語と英語の大音量で繰り返すので、静かに鑑賞できるようにして欲しい。
また、土産品についても、各地獄の特性を生かした、何か新しい、洗練されたものを開発すると良いと思う。その土地ならではの記念になるものを持ち帰りたい観光客は多い。斬新な物ではないが、一例として、観光地の風景のマグネットがある。欧米からの観光客に人気がある土産物だが、なぜか別府ではあまり見たことがない。地獄の写真のマグネットは、人気が出ると思う。反対に、廃止して欲しい物は、水に浸すと女性の着衣が消え、ヌードになる絵が描かれたタオルだ。時代錯誤の代物だと思う。
 最後に、別府の地元の人たちが地獄を訪れたくなる仕掛けがあると良いと思う。「地獄巡りは一度行ったから、もう十分」と、あまり興味を示さない人が多い。別府市民に半額チケットや年間チケットを販売するなど、何らかの工夫をして、繰り返して行きたくなるような環境作りをしてはどうだろうか。地獄も、温泉と同じように、別府の大事な財産だと思う。


参考文献:
浅田美穂(2020):「泥火山」定義、概念、成因、および最近の研究動向、地質学雑誌 第126巻 第1号 3‐16頁
酒井利彰・井岡聖一郎・石島洋二・伊藤成輝(2010):北海道北部幌延町で見いだされた泥火山、地質ニュース676号 63―67頁
大沢信二・由佐悠紀(1997):温泉の色について、大分県温泉調査研究会報告48号 41―48頁
大沢信二・恩田裕二・高松信樹(2003):海地獄の呈色に関する色彩学的・地球化学的研究、大分県温泉調査研究会報告 54号 15―24頁
大沢信二(2004):青い温泉水はどのようにしてできるのか 温泉科学の最前線 (ナカニシヤ出版)5-21ページ
吉田哲雄・湯原浩三・中江保男・野田徹郎(1978):別府「血ノ池地獄」の温泉水及び沈殿物について、温泉科学 29巻 10―18頁
大沢信二・大上和敏・由佐悠紀(1996):別府血の池地獄の温泉沈殿物の色彩変化、温泉科学 第46巻 13―19頁
高松信樹・大上和敏・大沢信二・加藤尚之・由佐悠紀(1998):別府血の池地獄沈殿物コアの主要および微量元素の垂直分布 温泉科学 48巻 36‐43頁
大上和敏・大沢信二・由佐悠紀(2001):別府血の池地獄の変遷過程の解読 大分県温泉調査研究会 52号 37―43頁
大沢信二(2011):「水文科学が解き明かす不思議な天然水」3.様々な色を呈する別府の地獄 日本水文化学会誌 第41巻 第3号 103―110頁
野口喜三雄(1941):本邦間歇泉の科学的研究 温泉科学 1巻1号 17―19頁
岩崎岩次(1950):間歇泉の地球化学的研究 別府龍巻地獄間歇泉の噴出状態 温泉科学 第4巻第2号 5‐10頁
Alexander Borisovich Belousov (2013): Video observations inside conduits of erupting geysers in Kamchatka, Russia, and their geological framework: Implications for the geyser mechanism, Geology April 2013  387-390 頁
鏡裕行(2015):間歇泉の噴出機構の研究の現状と展望 温泉科学65巻 120―126頁
石井栄一(2006):間欠泉の発生と消滅のメカニズム 温泉科学の新展開(ナカニシヤ出版 131―147頁)

※別府八湯温泉本でも紹介されてます。

http://www.beppumuseum.jp/eou/onsenbon2015.pdf

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