お国自慢と温泉研究の今 — 放射能泉の鎮痛効果と坑道療法④
放射能泉についてのエビデンス
前回は、いままでどこにでも書いてあった「痛風の湯」と言えるのか、効果があるかどうかは検証中であるという事実についてお知らせ致しました。
とてもショックだったとは思います…。どこにでも書いてあるのですから。
あいまいな点が多い温泉療法の効果に関するエビデンスなのですが、鎮痛効果はすでにはっきり実証されていますので、本日はドイツとオーストリアで実証されている臨床効果についてお話させていただきたいと思います。
以下、三朝温泉の岡山大学の研究チームによる学会発表を受けた解説についての記事を再掲させていただきます。
ご興味をお持ちいただければ、過去のブログもご覧ください。
お国自慢と温泉研究の今 — 昔はあった6大学温泉医学研究所①
https://onsendr.com/2019/05/26/misasa-01/
お国自慢と温泉研究の今 — 三朝温泉とキュリー夫人②
https://onsendr.com/2019/05/28/marie-curie/
お国自慢と温泉研究の今 — 放射能泉は「痛風の湯」?③
https://onsendr.com/2019/06/02/misasa-03/
ミュンヘン大学の鎮痛効果の実証実験
トンデモ医学本の多い中、ここしばらく参考文献として引用させていただいている阿岸先生は2万円もする「温泉の百科事典」を編集されています。
阿岸先生の引用は主に温泉療法の先進国ドイツ。その他、フランス・イタリア・スイスなどの研究結果にも精通されています。
2012年に出版されたのですが、今のところ、最強ガイドブックではないでしょうか…。
いささか、どのジャンルもマニアックすぎて、専門外の項目には興味が持てないくらいです。
以下は、新書版でもう少しお手軽ながら、温泉療法医が読んでも内容の詰まっている「温泉と健康」に掲載されている実験結果です。1)
温泉入浴による臨床効果を、二重盲検法*などできちんと実証することは、一般的に困難とされ、この種の検討はほとんど見られない。
こうした中で、しつこい痛みに対する鎮痛効果を、放射能泉と水道水を使った厳密な二重盲検法*で追及して、放射能泉の有効性を検証したドイツ、ミュンヘン大学のW・プラッツェルの報告がある。使用したラドン温泉は無色無味無臭で水道水とは一見区別がつかないため、この種の試験が可能であった。
*二重盲検法(にじゅうもうけんほう、英: Double blind test)とは、特に医学の試験・研究で、実施している薬や治療法などの性質を、医師(観察者)からも患者からも不明にして行う方法である。プラセボ効果や観察者バイアスの影響を防ぐ意味がある。この考え方は一般的な科学的方法としても重要であり、人間を対象とする心理学、社会科学や法医学などにも応用されている。この盲検化を含んだランダム化比較試験(RCT)は、客観的な評価のためによく用いられる。
行為の性質を対象である人間(患者)から見て不明にして行う試験・研究の方法を、単盲検法という。これにより真の薬効をプラセボ効果(偽薬であってもそれを薬として期待することで効果が現れる)と区別することを期待する。しかしこの方法では観察者(医師)には区別がつくので、観察者が無意識であっても薬効を実際より高くまたは低く評価する可能性(観察者バイアス)や、患者に薬効があるかどうかのヒントを無意識的に与えてしまう可能性が排除できない。そこでこれをも防ぐために、観察者からもその性質を不明にする方法が二重盲検法である。
試験の割り付けは第三者が行う。また容易に区別が付かないようにするため、無作為割付を用いることが多い。2)
長年にわたって、頚椎脊椎症のために頸や背中に強い痛みのある患者さんを、無作為的に二一人ずつの二群に分け、すべてに三週間の温泉療法として、マッサージ、リハビリ運動療法を共通の基礎療法として行った。
そして、二群のうち一群は「放射線入浴群」として放射能泉の全身入浴を行い、もうひとつのグループは、対照群として水道水で同様な入浴をした。
療法が終わった後、痛覚閾値(疼痛を感じ始める圧)の変化を調べたところ、放射能泉群では、対照群に比較して、少なくとも四か月間は明らかに高かった。痛みが減少していたのである。
また、主観的自己申告による評価では、放射能泉群は四か月経っても痛みの程度は軽くなっていた。
こちらのドイツ、ミュンヘン大学のW・プラッツェルのエビデンスはかなり有効な結果ではないでしょうか。1)
確かに、三朝温泉でも放射能泉は入浴時、特に温泉らしい特徴がありません。
「後から効く」体感での放射能泉の効果は個人差があると思います。
この実験は、観察者である医師にも違いが判らない、バイアスがない状態での公平な検証結果です。
バード・ガスタイン Bad Gastein ラドンガス坑道療法
Bad Gastein 出典:Wikipedia
バード・ガスタインはオーストリア中央部に位置し、周囲が三〇〇〇メートル級のアルプスの山々に囲まれたガスタイン峡谷にある。峡谷に沿ってホフ・ガスタイン、バード・ガスタイン、ベックスタインという温泉地が連なっている。
ここからは、岩石に含まれている放射線からの直接的な療法についての報告です。3)
標高一三〇〇メートルと、最も高いベックスタイントル地区にある治療用坑道ハイルストーレンはユニークなラドンガス吸入療法で有名である。
この鉱山ではかつては金を採取していたが、現在は廃坑になっている。昔からここで仕事をしていた作業員は重労働の後も疲労回復が早く、病気になりにくいという話が伝わっていた。
第二次世界大戦後、その原因がラドンガスによることがわかり、特異な坑道療法に発展した。ラドン吸入法は次のように行われる。
患者さんや利用者は、坑道の入り口にある附属病院で診察を受けたあと、約二〇〇〇メートルの坑道を電車で治療室に運ばれる。電車は、普通一日に二回、一回に一〇〇人ほどが乗り込む。横たわったままで移動できるシートもある。
トロッコ電車のような、ディズニーランドにあるような、炭鉱鉄道で地下まで運ばれます。
落盤とか、昔は恐ろしかったのではないかなど、いろいろなことを想像してしまいます。
さすがに、日本には安全上の理由でないのでしょう…。
日本には放射能泉が少ないので、坑道治療に利用できる鉱山が発見されていないだけかもしれません。
治療室は、坑道を広げて作った空間で、全部で五つある。
患者さんは治療室で裸になる。ラドンガスが全身の皮膚表面から吸収されタスクするためで、ラドンは吸入と皮膚を通じて体内に入ることになる。ここでベッドに横たわって一時間滞在するのだが、この間、医師や看護師が一回、各患者さんを診て回る。医療スタッフは空調のよく聞いた診療室に詰めていて、救急治療に待機したり、カルテの記入などを行っている。
バード・ガスタインのラドン吸入坑道療法は、高温高湿の環境条件下での刺激性が比較的強い療法である。治療室に滞在した患者さんの深部体温は、一度くらい上昇する。発汗による体重減少量は男性で約一・二キログラム、女性は一・六キログラムほどという。患者さんは普通二―三週間滞在し、原則として隔日に坑道療法を受ける。
主な適応症は強直性脊椎炎、関節リウマチ、多発性関節炎、呼吸器疾患で、付属の病院にかかりながら治療を受ける。年間約三〇〇〇人が訪れるとのことである。
バード・ガスタインの坑道療法では、ラドンガス吸入と温熱療法を同時に行うことになる。病院で一般的なリハビリテーションを行った人たちに比べて、坑道療法をリハビリに加えた人たちの方が、ADL(日常生活活動)の改善が明らかに見られる。
また、リウマチ疾患や強直性脊椎炎では、鎮痛効果は三―五週間の療法後数か月間続くことが報告されている。
五二人の強直性脊椎炎の患者さんに対して坑道療法を少なくとも六回行った例では、多くの人たちで関節の痛みが軽減した。関節の可動性が増進し、療養が終わってから一―二か月後に最もよくなった。その後、痛みの軽減は六―九か月続いた、という結果が報告されている。
以前は、ヨーロッパでも盛んに飲泉が処方されていたものの、現在では鎮痛効果を期待した放射能泉での温泉療法が主流のようです。
放射能泉とは
日本の三朝温泉の話に戻ります。
鳥取県の三朝温泉は世界トップクラス、世界有数のラジウム濃度を誇る放射能泉というお話をずっとさせていただいていました。
では、放射能泉はどのように地表に温泉として湧き上がってくるのでしょうか。
温泉療法とは、少しジャンルが違いますが、先ほどの坑道療法についてご納得いただけると思いますので、ここで詳しくご説明させていただきます。4)
温泉水が地表に湧き出てくる途中で、放射線のウランやナトリウムを多く含む岩石を通過すると、これらの物質に由来するラジウムやラドン(これらも放射線元素)を溶かし込んで放射能泉となる。
日本には放射能泉は少ない。その大部分は、泉温が三〇度以下の低温で、PHが中性から弱アルカリ性であり、ラジウムよりもラドンの量が多い。
ラジウムは地下深いところにある粘土鉱物や沈殿物に吸着して濃度が高くなっているが、次第にラドンに代わっていく。このラドンを含んだ地下水が岩盤中の長い距離をゆっくりと時間をかけて流れていくことから、地上に湧き出るときには水温も下がり、低温の放射能泉が多くなる。
また、ラドンの半減期は約四日と短いため、長い距離を移動している間にラドンがどんどん減り、地表近くに湧き出るときには単純温泉になってしまう可能性もある。
日本の放射能泉には、二股(北海道)、玉川(秋田)、飯豊(山形)、増富(山梨)、有馬(神戸市)、三朝(鳥取)、二丈(福岡)などがある。
三朝温泉の公衆浴場と足湯、飲泉場の源泉掛け流しは、普通に入浴できる限界くらいの高温45-46℃付近でした。
51-55℃での表示もあるので、もしかしたら、加水しているのか、冷めてきているのか…ひとまず、高温です。
三朝温泉地域一帯は空気中にもラジウムが漂っているので、歩いているだけでも効果が出ます。
三朝の人は長寿という研究報告もありますが、空気中のラジウムが原因かもしれません。
源泉もエリアにいくつもあり、温泉宿が独自に管理しているものもあるので、一概には言えないことをご了承ください。
温泉施設により、放射能がほとんど含まれていないのではないかと思う温泉もよくみかけます。
地域の公衆浴場が源泉掛け流しのことが多いようですが、中には源泉掛け流しの温泉宿のはずが、加水・加温・循環ろ過など、そうではなかったということもあるので、なかなか事前に全て知ることは難しいというのが感想です。
できるだけ、本物の放射能泉に巡り合うためには、口コミや粘り強い訪問回数、リサーチ能力、しつこい温泉愛が必要な気がします。
そういった意味で、ありがたみはマニアの方々にしか享受できない、なかなか理解されるのが難しいといったイメージがある放射能泉です。
※効能は万人に対してその効果を保証するものではありません。
これからも、温泉療法医としての目線で、健康づくりに役立つ様々な温泉医学情報をご紹介していきたいと思います。
セルフメディケーションの時代、ぜひ、日常にお役立ていただけましたら幸いです。
本日はご訪問・ご拝読頂き、誠にありがとうございました。
今後とも、よろしくお願い致します。
1)温泉と健康(2009)阿岸 佑幸 p.122-123
2)二重盲検法 Wikipedia
3)温泉と健康(2009)阿岸 佑幸 p.124-127
4)同上 p.115-116
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