2017/4/27
実写版ジョジョのPVを見た。
これはダメだろう……そう思った。
理由を端的に言うなら、スタンドが全然出てこなかったからというところにつきる。
映画の予告編、PVというものにはセールスポイントが集約されている。その映像にスタンドが出てこないという意味は二通りほど考えられると思う。
一つは、堂々と売りにできるようなクオリティではないという説。これは単純な考え方だ。普通にダメな映画だから見どころはない、という予想。
もう一つは、ジョジョの売りはスタンドではないと制作側が考えているのではないか…という説だ。考え過ぎのオタクが陥りがちな、「ジョジョはただの能力バトルじゃなくてキャラクタ同士の理念のぶつかり合いが…」的な腸捻転を制作側が起こしているという可能性がなんとなく頭をよぎった。
ジョジョシリーズは確かに能力バトル者としては異色なところもあると思う。しかし3部で承太郎が花京院に宣言したように、人間社会の軛から解き放たれ、一個人として世界に立つ超人同士のぶつかり合いがジョジョの本質というのが個人的な見解だ。能力バトルは大前提であり、将棋の盤のようなもの。盤を用意せず駒だけ玩味するような真似は変である。
だいたい、ジョジョ好きな人間が「お前のジョジョを作れ(スタンド入りで)」って言われて完成させたら、まず最初に見せたいのはスタンドだと思う。既存でもオリジナルでも、スタンドを見てほしいと思うはずだ。ジョジョが好きなら。それは中学生の妄想でもプロ作家の公式小説でも変わらないところだと信じる。それだけに、仕事だし人気漫画だからとりあえず作ったのではないか?という疑念が生じるのだ。
だから、俺がジョジョに求める要素は映画内には存在せず、制作側的にちゃんとできたと思っているにしろいないにしろ、実写版ジョジョを見て喜ぶことはないんだろうな……と早くも確信してしまった次第である。
あ、世の中的にどうかは知らないよ?
「虐殺器官」みたいに、俺は最低のクソだと思ったのに世の中的には普通に評価されてるみたいなパターンもある。原作付きだと、自分の感じ取っている良さが反映されていないとどうしてもしっくり来ないので、世の中との評価は乖離しやすい傾向にある。
イケメンを画面内でうろうろさせてれば結構うまく行っちゃうのかもしれないし。この記事を書こうと思った理由も、「俺は公開前からちゃんと公的に否定してました、公開後にみんなが叩くから便乗したわけではありません」っていう証跡にしたいからだし……。
何事も、ちょうどいい深度で考えを止めとくのがいいということかもしれない。