フォーカス「悪魔の呪文」シングル盤
今回はマニアックですので覚悟して読んでください。1970年代に世界中で人気を博したオランダのバンド、フォーカス(FOCUS)。今でもメンバーチェンジを経て現存する現役のバンドです。そのフォーカスが1971年に発表したアルバム『FOCUS Ⅱ』(後にインターナショナル版は『MOVING WAVES』と改題)から「悪魔の呪文(Hocus Pocus)」と云う曲がシングルカットされて世界中でヒットした。タイトルも曲調もヒジョーに独特で一度聴いたら忘れられない強烈なインパクトの「悪魔の呪文」。僕はこの曲がヒジョーに好きなのだ。スキスキスーなのだ。
この曲の説明はこちらのリンクから。
シングルバージョンはこちらのリンクから聴けます。
オリジナルアルバムバージョンはこのリンクからどうぞ。
僕が中学一年生の頃、AMラジオでニッポン放送を聞いていたら、番組間のCMで「フォーカス来日」(1975年、2度目の来日前だと思う)のアナウンスと共にこの「悪魔の呪文」のヨーデルっぽいヴォーカルパートが何度も何度も流れてきた。洋楽のスゴさに既に目覚めていた僕はこのヨーデルにハートを鷲掴みにされてしまった。そして「悪魔の呪文」のシングルバージョンを聴いた時には、そのイントロのギターのトーンで更に鷲どころかラドンとかラルゲユウスとかテロチルスとかそう云うのに掴まれた。シビレちゃったのよ。そのギターを弾いていたのはヤン・アッカーマンと云うギタリスト。1972年か73年のイギリスでのギタリスト人気投票で、それまで10年連続1位だったエリック・クラプトンを抜いてトップに輝くなど、当時の評価はスゴイものであった。日本でも僕と同年代以上の方であれば、フォーカスやヤン・アッカーマンの名前をご存じの方も相当数いらっしゃるはずだ。
僕はヤン・アッカーマンのプレイをお手本にギターの練習をした。他にもフランク・マリノやジョニー・ウインターやトミー・ボーリンやデヴィッド・ギルモアなど色々なギタリストをお手本にしたけれど、ヤン・アッカーマンの超絶技巧の早弾き、スケールアウトの奔放さ、そして一転して叙情的な曲で聴かれる最高に美しいメロディーとトーン、その全てに今でも心酔している。話を「悪魔の呪文に」戻そう。
シングル盤のジャケット。なんだか雑である。それはともかく、後年になってアルバム収録のフルバージョンをよくよく聴いた時に衝撃が走ったのだ。シングルバージョンはフルバージョンを短く編集してある。それはまあ良くあることでしょうがないと思う。ところがこの「悪魔の呪文」の場合は曲のパートの順番を入れ替えて、ギターソロ(2度あるうちの2度目)が途中で繋ぎ合わせてあったのだ。僕は弾けないながらもこのシングルバージョンに合わせてコピー練習をしていた。とにかく曲自体は強く頭に入ってしまった。それが実は切って繋げてあったのだと知った時は、お手本がそもそも間違っているのかと唖然とした。まさかそんな落とし穴があったとは。人生落とし穴だらけだ。
2007年にヤン・アッカーマンが自らのバンドと共に来日して、某雑誌のレポートと云う形で僕がインタビューすることが叶った。僕としてはあの憧れのヤン・アッカーマンに会えるのだとウキウキワクワクだった。あまり詳しくは書かないけれど、これが予想以上に頑固で気難しいヨーロッパのオッサンだった。僕の一言の質問に10分近く独りでしゃべりまくるわ、ハウステンボス(オランダの街並みを再現してある)のことは矢鱈にディスるわ、大変だったのだけれど、ようやくシングル盤のギターソロが編集されて繋げられていたこと、それをお手本に僕はギターのコピーをしていたことをヤン・アッカーマンに申し上げることが出来た。一緒に憤慨でもしてくれたら嬉しかったのだけれど、あまり関心がなかったのか「あ、そう」くらいのリアクションしかなかった。なんだよヤン・アッカーマン。ようやく会って話せたのにそれだけかい。まあいいか。そんなもんですよね人生は。
MacやiPadやiPhoneにはGarage Bandと云うアプリが標準でインストールされている。使い方が判らなくて削除してしまっている方も多いが、これが簡単に音楽の編集なども出来る便利なアプリなのだ。このGarage Bandを使って、「悪魔の呪文」のオリジナルバージョンからシングルバージョンにする編集作業が再現出来るかどうかやってみた。
僕もあまりこのGarage Bandを使ったことがなくて手探り状態だったけど、実は1時間くらいで編集を完了することが出来た。呆気ないくらいに簡単に出来てしまった。その昔は曲が録音されたテープ自体を切って繋げると云う、気の遠くなるような作業をしていたはずだけれど、世の中便利になったのだなと実感。そう云えば30年前なんて携帯電話もメールもまだ世の中になかったなんてビックリします。
曲を編集するに当たって、曲の構成を整理しておく。
HOCUS POCUS Album Version
Intro(16bar) -
A1(16bar/band) - a1(4bar/band 4bar/drums) - B1(16bar/yodel1) - A2(16bar/band) - a2(4bar/band 4bar/drums) - B2(16bar/yodel2) -
A3(16bar/guitar solo1) - a3(4bar/band 4bar/drums) - B3(16bar/scat) -
A4(16bar/band) - a4(4bar/band 4bar/drums) - B4(16bar/yodel3) -
A5(16bar/guitar solo2) - a5(4bar/band 4bar/drums) - B5(16bar/flute) -
A6(16bar/band) - a6(4bar/band 4bar/drums) - B6(8bar/whistling) -
A7(16bar/guitar solo3) - a7(4bar/band 4bar/drums) - B7(8bar/yodel4) -
A8(16bar/band) - a8(4bar/band 4bar/drums) - end
HOCUS POCUS Single Version
Intro(16bar) -
A1(16bar/band) - a2(4bar/band 4bar/drums) - B2(16bar/yodel2) -
A3(16bar/guitar solo1) - a5(4bar/band 4bar/drums) - B5(16bar/flute) -
A6(16bar/band) - a6(4bar/band 4bar/drums) - B6(8bar/whistling) -
A7(2bar/guitar solo3) +A5(14bar/guitar solo2) - a8(4bar/band 4bar/drums) - end
問題なのはシングルの2回目のギターソロ、アルバムでは3回目のギターソロの頭(その前の口笛パートから繋がっている)2小節から2回目のギターソロ3小節目以降14小節を繋げてある(A7+A5)。これが自分でGarage Bandでやってみても何ともキレイに繋がるのだ。この繋がりを発見したのは誰なんだろう。アーティストはやらないだろうから、当時のエンジニアか、レコード会社の人間かなのだろうけれど天才的である。僕はもうシングルバージョンを聴きすぎてしまってアルバムバージョンが不自然に思えるくらいなのだ。曲にハサミを入れて編集すると云うのは、無慈悲でビジネスライクで残酷なことにも思えるのだけれど、この場合は何か愛情や尊敬があるような気がしてならない。僕の思い入れが入りすぎて変な袋小路に入ってしまっているかも知れない。僕の編集した「悪魔の呪文」シングルバージョンを皆さんに聴いて欲しいところだが、著作権侵害になりますので自粛致します。それにしても同じ音源を使っているはずなのにトータルの時間がちょっとズレるのはどうしてなんだろう。テープ編集をしているからなのだと思うが同時に音源を走らせてみると前半は如実にスピードが違う。最後の方はテープフランジング効果を起こすくらいにピッタリなのだけれど。突き詰めて行くと謎がどんどん増える。人生謎ばかりだ。
2008年にニューヨークに行った時、宿泊したチェルシーホテルのすぐ近くに楽器店があったので、そこでちょっとギターの試奏をさせてもらったのだが、その時にふと弾いてみたのが「悪魔の呪文」のイントロで、すぐさま店員と客(アメリカ人ね)が数名寄ってきて「Focus!」と笑顔で僕に話しかけてきた。試奏をさせて欲しいと頼んだ時には面倒臭そうな顔をしていた店員が、そこからは急に親切になってこれも弾いてみろこれもオススメだと次々とギターを持ってきた。それで次々に店員が喜びそうなクラシックロックのフレーズを弾くと、ノリノリになって歌い出す始末。音楽って素晴らしいと思ったけれど、人間って現金なものだなとも感じた。ニューヨーク、行けるものならまた行ってみたいなぁ。5年くらいしたら行けるかなぁ。
あと「悪魔の呪文」があまりにも好きで、クレイジーケンバンドのステージで曲の一部を演奏したこともある。2012年のITALIAN GARDENツアーで、DVDにも収録されております。拙曲「マカロニ・イタリアン」の途中で引用する形で、ヨーデルの後のファルセットのハイトーンにも挑戦。上の上のA(ドレミファのラ)まで引っ張らなくてはならないのですが、この時は何とかやりおおせることが出来ました。今はもうそこまで引っ張れないかなぁ。今は引っ張ってEかF(ミかファ)までだなぁ。
うまくまとまらなかったけれど、長年自分の中でバラバラに存在していた「悪魔の呪文」に関することをイッキに書くことが叶った。もう「悪魔の呪文」のリリースから50年が経つ。この曲に出逢って、ここまで導かれて来た。シングル盤の最初のヨーデル(アルバムだと2回目)とハモンドオルガンの響きの向こうから心の中に直接光が照らされたように思ったファーストインパクトを今でも忘れない。そして生涯をかけてその光に手を伸ばし続けるだろう。届くかなぁ。届かないかもなぁ。