お前は今すぐ松屋に走れ

異常気象だなんだと騒がれるようになって久しい現代ではあるが、
今年の異常度は例年の比ではない。
灼熱の夏が終わったかと思いきや9月を過ぎても暑さは止まず、
どうしたものかと思いきや突然の冬のごとき寒さ。
恐ろしいほどの寒暖差から体調を崩された方もおられよう。
だがそんな未曽有の天災の最中、どうしても読者諸氏に伝えねばならない大事件が起こったのでこうして筆をとった次第だ。
そう……松屋の伝説のメニュー、ネギ塩豚カルビ丼が復活したのだ。

松屋――言わずと知れた大手牛丼チェーン店の一角を占めるファストフード店だ。
いい大人なら贔屓の野球チームやサッカークラブがあるように、お得意の牛丼屋の一つや二つ持っているのが当然だろう。
そしてそういうファン・ボーイたちが群れ集まると当然起こるのが、自分の贔屓の店が一番だという醜い言い争いだ。
口さがのない牛丼ファンたちは他を貶めようと日夜必死に批評を繰り返している。
曰く、吉野家の丼はどれも同じ味。
曰く、すき家はファミリー層に迎合した軟弱もの。
曰く、なか卯で牛丼を食うやつは変態だ――。
勿論俺はそんな愚かしい言い争いには与しない。
どの牛丼チェーンにもそれぞれの良さがある。
吉野家の牛丼は正に王道の美味しさだ。
すき家の選択肢の多さは他を抜きんでている。
そしてなか卯で牛丼を食うやつは変態だ。
だが、そんな多数の牛丼チェーンの中でも、俺はやはり松屋が好きだ。
人の好みは千差万別だ。だが俺はこの上なく松屋が好きなのだ。

俺と松屋の出会いの話をしよう。
俺はド田舎ではないが、かといって栄えているわけでもない、
日本に数多ある所謂地方のさびれた田舎の出身だ。
当然生まれ故郷に松屋はおろか吉野家やすき家のような牛丼屋は存在しなかった。
そんな俺が松屋に出会ったのは若さにまかせて意気軒昂と京都の大学に進んだ時だった。
しがない大学生だった俺は当然祇園や先斗町のような金持ちの街には縁がなかった。
それでもやはり千年王城の魅力は尽きない。
友人たちと街に繰り出し、夜通し遊んだ後に何ともなしに立ち寄った店……それが松屋だった。

街が寝静まった深夜……。
そんな闇の中、煌々と灯が照らす店が、
俺の意識を引き留めてやまなかった。
都会人とかいんちゅたちからしたら何ともない光景だろう。
だが田舎からやってきた俺には住宅街に輝くその光が物珍しく見えた。
「松屋」。当然その名は俺も知っていた。
俺は牛丼初心者だと周囲に舐められないよう、
常連面しながらしごく当然のように入店した。
だが松屋は甘くなかった。真の男と軟弱者をふるい分けるかの如く、俺の前に立ちふさがったのは券売機だった。
券売機。それは人間性を排した恐るべきシステマチック・マシーン。
覚悟無くこの冷酷な機械を前にした軟弱者は己の無力さを思い知りなすすべなく無様に震えることしかできない。
しかし真の男なら券売機に書かれた文字だけの乏しい情報から素早く己の欲するメニューを見つけ出し、容易く目的を達することができるだろう。
もし券売機の前でモタモタしようものなら、後方から容赦ない舌打ちが飛んでくる。ここは生きるか死ぬかの戦場なのだ。
そして俺は研ぎ澄まされた己の野生に導かれるまま、
密林の如きメニューの数々の中から最適解を選び出した。
俺が選んだのは……ネギ塩豚カルビ丼。運命の出会いだった。

衝撃だった。俺の箸は止まらなかった。
ガツンとくる塩の力強さ。
ネギの辛味とニンニクのパンチ。
豚カルビの脂の旨味。
爽やかな柑橘系の後味。
どれをとっても完璧な旨さだった。
たちまち俺は虜になった。
それ以来、俺は幾度となく松屋に通った。
俺にとって松屋は牛丼屋ではなくネギ塩豚カルビ丼屋だった。
だが、俺は慢心していた。
この幸せはいつまでも続くものだと。
永遠などこの世に存在しないと知っていたはずなのに。
その日もいつものように松屋に来た。
券売機からいつものようにネギ塩豚カルビ丼を選ぼうとした。
だが……ネギ塩豚カルビ丼はいなかった。忽然と姿を消していた。
俺の愛したネギ塩豚カルビ丼は、
俺に一言も別れを告げることなくいなくなっていたのだ。
俺は券売機の前で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
その日俺が何を注文したのか、記憶に残っていない。
その日から俺はいなくなったネギ塩豚カルビ丼の影を追い求めて彷徨った。
ぽっかりと空いた穴を埋めるようにネギ塩豚カルビ丼が消えた後に現れた生姜焼き丼を貪った。
生姜焼き丼からはわずかにネギ塩豚カルビ丼の幻が感じられた。
だが、今思えば当時の俺はネギ塩豚カルビ丼の幻影を追い求めるあまり生姜焼き丼の魅力に対して真摯に向かい合えてなかった。
しばらく俺と生姜焼き丼の不誠実な関係が続き……そして俺は京都を去った。故郷へ帰り、松屋とも離れていった。

松屋との記憶も思い出に変わっていた頃、
俺は何の気なしに隣町の松屋に立ち寄った。
そう、隣町には松屋があった。その気になれば車ですぐの距離だ。
だが俺の足は不思議と松屋に向かなかった。
ネギ塩豚カルビ丼を失った悲しみが俺の心に深く刻まれていたのかもしれない。
とにかく、その日松屋に寄ったのはただの気まぐれだった。
そしてまたネギ塩豚カルビ丼の幻影を見ることとなった。

厚切りネギ塩豚焼肉丼。それが久しぶりに再会したやつの名前だった。
俺は一瞬で悟った。お前はネギ塩豚カルビ丼なんだろ。ようやく会えた。
俺は夢中で注文した。
だが……年月はネギ塩豚カルビ丼を変えてしまっていた。
豚カルビは厚切り豚肉に変わってしまっていた。
世の中の人間はなんでも厚切りの方が良いと思い込んでいる。
だがそれは大きな過ちだ。
確かにネギ塩豚カルビ丼の肉はペラペラだ。
だが薄い肉には薄い肉の良さがある。
この食感と食べやすさは唯一無二だ。
そして俺は厚切りより薄い肉の方が好きだ。
チャーシューも厚切りよりも薄切り派だ。
松阪牛や神戸牛を存分に味わいたいなら厚切りの方がいいだろう。
だがここは松屋だ。安さが武器の牛丼チェーンだ。
ハッキリ言っていい肉が食べられるわけではない。
しかしそれで事足りるのだ。
だれも松屋に高級肉を提供しろと要求しない。安い肉でも十分満足できる。
だが……それが厚切りになることで、どうしても肉の品質を意識してしまう。
厚切りネギ塩豚焼肉丼は確かにうまかった。
だがネギ塩豚カルビ丼には及ばなかった。

こうして恋焦がれたネギ塩豚カルビ丼を得られなかった俺は再び松屋を離れただろうか。
答えは否。
年月はネギ塩豚カルビ丼を変えてしまっていたが、俺を成長させていた。
俺はもうネギ塩豚カルビ丼だけを頼る男ではなくなっていた。
松屋の豊富なメニュー……その全てを楽しめる男になっていた。
松屋の定食はどれも旨い。そして時折やってくる期間限定メニューの数々。
松屋は軟弱者や日和見主義を許さない。
次々現れる新商品はどれもガツンとパンチの効いた濃い味。
ヘルシーだとかカロリーオフだとか、そんな惰弱なメニューは存在しない。松屋は俺の期待に答え続けてくれた。

その日も、俺は松屋に来ていた。
目当てはネギ塩牛焼肉丼だ。結局俺はネギ塩豚カルビ丼の幻影を求め続けているんだなと自嘲しながら券売機の前に立った。
そんな俺の目に飛び込んできた文字があった。『ネギ塩豚カルビ丼』
目を疑った。そんなはずがないと何度も見返した。
だがそこには確かにネギ塩豚カルビ丼の八文字が存在していた。
震える指でタッチパネルを押した。出てきた食券の文字を確かめる。
ネギ塩豚カルビ丼。
夢にまで見たネギ塩豚カルビ丼。それが今、目の前にあった。
恐る恐る口に運ぶ。ガツンとくる塩分が舌を突き抜けた。
記憶に違わぬ味だった。
もしこのネギ塩豚カルビ単体ででてきたならば、
しょっぱいと思うかもしれない。
だがこの塩分は白飯と合うように完璧に計算されつくしている。
そして塩味のすぐ後にくる柑橘系の爽やかさによって後味が調和される。
ネギとニンニクの風味も絶妙にマッチしている。
この香ばしさがやみつきになる秘密だ。
そして肉。薄く、脂が乗り、よく焼かれた豚カルビ。
ネギ塩を使ったメニューは他にもある。
だがやはりネギ塩豚カルビ丼は他とは違う。
唯一無二だ。
そしてネギ塩豚カルビ丼を唯一無二たらしめているのは豚カルビなのだ。
俺は夢中で喰らった。あっという間に完食した。
店を出て、俺は走った。知らせなくては。ネギ塩豚カルビ丼の復活を。
かつての王者の帰還を。

こうして俺はこの文章を書き終えた。
俺がお前たちに言いたいことはただ一つ――今すぐ松屋に走れ

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