私はそれを、洗濯機の前で言った。
「何でそんなにひねくれてるの?」
私がお兄ちゃんに投げた言葉。
「じゃあお前は何でそんなに真っ直ぐなの?」
お兄ちゃんが返した言葉。
それからしばらくして、
お兄ちゃんが久しぶりに家に帰ってきた。
夜ご飯の後、お母さんと私と3人で飲んでた時、
お兄ちゃんは自分の過去の事を話し始めた。
小学校で何年もいじめられていた時のこと、
加害者側が泣いて謝ってしまえば解決した空気なり結局何も変わらずまた明日が始まること、
助けて欲しかったこと、
それを親に理解されなかったこと、
一方的な父からの抑圧、
私に対しての劣等感。
私とお兄ちゃんは同じ小学校・中学校・高校、そして同じ家庭で育った。
同じ世界で生きてきたと思っていた。
私はいじめられたことは無い。
多分学校内の女子社会では珍しく、友人関係に苦労したことやイザコザに巻き込まれたことも無い。
忙しい母の手伝いをしては褒められ、
父が言ってきそうな事には予め答えを用意しておき、抑えつけられること無く交わしてきた。
お兄ちゃんは自分の話をしながら、
泣いていた。
お兄ちゃんの泣いている姿を見たのは何年ぶりだっただろう。
酔っていたからっていうのもあると思う。
でも、その時付いたキズは、少しずつ深くなっていったキズは、確実にまだ残っているのだと知った。
お兄ちゃんは言った。
「俺にとってお前は光だった」って。
兄妹でどうしてこうも違うんだろうな、
お前が光るほど闇を実感する、って。
でもそのエネルギーを創作にするんだって。
するしかないだろって。
俺は幸せにならなきゃいけないだろって。
お兄ちゃんは演劇に出会ってから変わった。
高校の途中から学校に行かなくなり引きこもっていたお兄ちゃんが、
色々な本を読み漁り、
毎週舞台を見に会場へ足を運び、
仲間と共に表現することに命を削る。
私は変わっていくその姿を見ていて、
羨ましいと思った。
私にはそのエネルギーは無いと思った。
家庭は兄妹2人が私立に通い、一軒家に暮らしていられるくらいには裕福だということ。
母には学校であったことを毎日のように話していたし、とても信頼されていて、
父とはそれなりの距離感を保ちながらも、愛されている事は知っていて、
お兄ちゃんとは一緒にサッカーしたりカラオケに行ったり、焼肉食べ放題に行くくらいには仲が良かった。
中学の全校行事で、
全校投票の選挙により選ばれるブロックのリーダーの1人をやっていたこと。
成績優秀且つそこまで苦手なことが無かった故に、行事の時や勉強面で先生や友達に頼って貰えたこと。
高校に入ってからも常に周りに友達はいてくれたし、
学校に行かなかった時期があっても、それを否定したり何かを強制してくるような人が1人もいなかったこと。
でも「来いよ」って電話をかけてくれたやつがいたこと。
人を好きになったり、恋愛に一喜一憂したり、
「青春」と言える思い出がささやかに鮮やかに残っていること。
ピースボートに行くと決めた時も周りにいた皆が背中を押して応援してくれ、
大切な仲間が沢山できたこと。
そして、小学校の時からずっと今まで、
ほんの一瞬も疑うこと無く確信出来るしん友がいること。
確かに、全てに恵まれていて光り輝くような人生だと思った。
「あぁ、自分は恵まれているんだ」と、知った。
そんなことすら知らなかったことを恥ずかしいと思った。
そして、その時初めて、
私がお兄ちゃんに投げた言葉はどれだけ残酷だったのだろうと気づいた。
「何でそんなにひねくれてるの?」
「じゃあお前は何でそんなに真っ直ぐなの?」
ある人が、
「それを恵まれていると思えるかどうかは人によると思うよ」
ある人が、
「貴方が素敵だから周りの人もそうあってくれたんだよ」
ある人が、
「恵まれていることに気づいてるだけでいいんじゃない?」
でもやっぱり、
私が掴みに行った幸せより、与えられたものの方があまりにも大きくて沢山だと思う。
私の真っ直ぐは私の力で手に入れたものじゃないし、
お兄ちゃんがひねくれたのはお兄ちゃんが悪いからじゃない。
やっぱり、私はそう思う。
そして、この文を書き始めたはいいものの、
別に伝えたい何かがある訳じゃない。
今まで私に沢山のものを与えてくれた人、
自分の過去やキズを見せてくれた人、
今も尚、私の周りにいてくれる人、
その人たちへの感謝は言葉にして、"それなりの満足"をしたくないから、
ずっと持っておこうと思う。
キズ付けたことに気づくのは多分難しい。
そして、無意識のうちにキズ付けた事を謝るのは自己満足でしかないんじゃないかとも思う。
その人が抱えているキズを理解しようと思うことは出来ても、
やっぱり理解することは出来ない。
一つだけ言えるとしたら、
何故と疑問を持つほど真っ直ぐに育ってこれた私に対し、劣等感を感じていても、
「お前が死んだら泣くし、お前には幸せになって欲しいと思うよ」
って言ってくれるお兄ちゃんが、
私は大好きなんだと思う。
綺麗で在ろうとしない、必死に生きているお兄ちゃんが、
カッコよくて、大好きで、憧れなんだと思う。
これはお兄ちゃんが見ないと分かっているから書いているものだけど、
お兄ちゃんに向けて書いた訳じゃなくて。
真っ直ぐでいたいと思う気持ちと、
伝えることや信じることへの諦めや虚しさをほんの少し知ってしまって、
自分がどう在りたいのか、どう在れるのか、の葛藤の中で出てきた文書です。
答えは出なかったけど、
何が書きたかったのかよく分からないけど、
書きながら色んな人が頭に浮かび上がって来て、
だから、まぁいいやって思う。
長いのに、読んでくれてありがとう。
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