[日々鑑賞した映画の感想を書く]『MINAMATA -ミナマタ-』(2020年 アンドリュー・レヴィタス監督)(2021/9/23記)
見る前はいろいろ懸念があったし、実際に見て映画として欠点もなくはないと思ったけど、でもとりあえずこうして作られて、公開されたことに大きな意義がある。重く暗い映画だが、美しく、そして見る者に力を与える作品でもある。欠点もあるが、絶対に見られるべき傑作だ。
1970年、過去の栄光にすがりながら写真家としてのモチベーションを失い酒におぼれる報道写真家ユージン・スミスが水俣病のことを知り、後に夫人となるアイリーンと共に水俣に渡り、さまざまな妨害に遭いながら現地の惨状を撮影する様子を描く。映画は水俣病事件の全貌を描くものではなく、あくまでもユージンの目に映ったものだけを描く。なのでこの作品は、水俣病という被写体を得てユージンが写真家としてのモチベーションを取り戻し再生していく物語でもある。それがこの作品のいいところでもあり、また限界でもある。たとえば被害者代表としてチッソと交渉するリーダー格の男(真田広之)は出番も多いし重要な役だが、彼の内面はほとんど掘り下げられず、彼の怒りは伝わっても苦悩や葛藤など人間的な側面はあまり伝わってこない。敵役であるチッソの社長(國村隼)でさえ、その苦悩する内面や葛藤はある程度伝わってきたのに。つまり観客が真田らの闘いを共有しきれない。そこをもう少し掘り下げれば、物語はもっと厚みを増したはず。
映画は1973年の熊本水俣病第一次訴訟に於ける原告勝訴の判決がクライマックスだが、勝訴の喜びや達成感や高揚感など微塵もなく、これからもずっと長く苦しい闘いが続くことを示唆して映画は終わる。そしてその後に続く長いタイトルバックこそがこの映画の価値であり、もっとも伝えたかったことだと思う。つまりこの映画は単に過去の事件を描いたものではなく、今もなお続く現在進行形の問題であるということだ。どうぞ最後まで席を立たず、画面を凝視していただきたい。そして、この映画を見て報道写真家を目指す若者が増えてくれたらいいと思う。
映画の冒頭にはテン・イヤーズ・アフターのこの曲が流れる。
サビの歌詞はだいたいこんな感じ。なるほど映画のテーマを表していると思う。
I'd love to change the world
But I don't know what to do
So I'll leave it up to you
僕は世界を変えたいと思ってる
でも何をするべきなのかわからないんだ
だからあとは君に委ねるよ
つまり、これから世界を変えていくのはこの映画を見ている貴方たちなのだ、ということだ。(2021/9/23記)