[書評]「90's ナインティーズ」 西寺郷太著(文藝春秋)
ノーナ・リーヴスの西寺郷太の自伝的小説。ご恵投いただき、いち早く読むことができました。大変に面白く興味深い内容だった。
プロのミュージシャンを目指して京都から上京してきた「ゴータ君」が1994年〜の下北沢のインディ・ロック・シーンに足を踏み入れ、そこで出会った様々な人びととの交流を通じて夢を実現させるべく頑張る、という物語。主人公を始め、さまざまなミュージシャンや関係者、ライヴハウスや喫茶店などがモロに実名でバンバン登場するのがミソで、サニーデイ・サービス、エレクトリック・グラス・バルーン、ピールアウト、プリスクール、トライセラトップスといったバンドのメンバーが次々と登場する。私は当時すでに今の仕事を始めていたが、本作で描かれるような90年代下北のポスト渋谷系ギター・ポップ・シーンについては詳しくないしミュージシャンもほとんど面識がなく、西寺さんともSNSでやりとりしたことがある程度。しかしそんな私でも引き込まれるような臨場感があった。もちろん知ってる人も何人か出てきて、ニヤニヤしながら読むところも。これ読んでるあなたもアナタもきっと出てきますよ!
ここで描かれていることがどこまで真実に近いのかわからないが、実名を出している限りはかなりの部分、事実に即しているだろう。とはいえ当然ノンフィクションではなく小説なので、事実と虚構、現実と想像、実在と架空が入り混じって描かれるわけで、その境目が曖昧なところが面白く巧みなところ。キラキラ輝く90年代の下北沢。いろいろなことを教えてくれ、いろんな景色を見せてくれた先輩への憧れ、ライバルであり仲間である同年代のミュージシャンへの共感と嫉妬、自分を追い越していく後輩たちへの焦りや敗北感なども率直に描かれる。夢と現実、刹那の歓喜と失望、焦りと驕り、成功と挫折。主人公の成長を描く物語であり、かつ青春群像劇でもある。主人公があまりに一途な上昇志向なのが人によってはうっとうしく映って好き嫌いが分かれるかもしれないけど、駆け出しのミュージシャンたちの心理描写などはさすがにリアルで読ませる。特に曽我部恵一=サニーデイサービスから衝撃を受けた場面などは、迫真の筆致だった。
読みやすくてあっという間に読了。あの時代になんらかの思いがあるなら、面白く読めるんじゃないでしょうか。ノーナ・リーヴス知らなくても大丈夫だと思う。