[書評] 『デイヴ・グロール自伝 THE STORYTELLER』
『デイヴ・グロール自伝 THE STORYTELLER 音楽と人生ーーニルヴァーナ、そしてフー・ファイターズ』(デイヴ・グロール著 中村明美訳)
480ページもある本だがすらすら読めたのは著者の軽妙で機知に富んだ筆致とこなれた訳文と、なにより内容が面白いから。タイトル通り、大したストーリーテラーぶりだ。20年も30年も前のことを今さっき体験したかのように臨場感たっぷりに描く。なんだか優れた講談師の芸を見せられてるようでもある。ニルヴァーナは好きでもフー・ファイターズはそんなに詳しくない私も楽しく読めました。
読了して気づくのは、人の悪口がほとんど(あるいは全く)書かれてないこと。だから読み口が非常に爽やかなのだが、それはたぶん敵を作らない彼の人柄から来るのだろう。
もちろん人間だから嫌いな奴もウマが合わない奴もいるだろうし、不愉快な思いもするし怒りもするだろうが、そういうことは一切書かない、と決めたんじゃないか。それは彼の3人の娘が読むことを念頭に置いたからかもしれない。
嫌なことや嫌いな奴のことは書きたくない。多くの人が期待するであろうニルヴァーナ時代の記述が思いの外少ないのは、そういうことだと思う。全ての思い出がカート・コベインの死に結びついてしまいつらいから、ということもあるだろう。もちろんカートについては多くの言葉が費やされるが、それはほとんど彼を亡くした悲しみについてであって、彼との思い出や彼の人柄についてはあまり語られない。ニルヴァーナ時代の知られざるエピソードもほとんど語られない。クリス・ノヴォゼリックについてはほんの二言三言しか触れられないし、コートニー・ラヴに至ってはコートニーのコの字も出てこないのである。
フー・ファイターズ時代以降も、バンドそのものについての記述は案外少なく、憧れのロックスターに会ったとか、娘のこととか、印象的だったライヴとか、そんな話題が多い。そのどれもがデイヴの人柄を表すような筆致で描かれるが、ビジネスや人間関係が絡むバンド内部のことは彼にとって愉快でないことも多く、あまり書きたくなかったのだろう。彼にとって良かったこと、愉快だったこと、楽しかったこと(正確に言えば「読者が楽しいと感じるであろうこと)しか書いてない。だから読む人によってはキレイごとばかりのように感じるかも。でもそれをキレイごとに思わせないようなデイヴの「いい奴モード」が全開なのである。
だからこの本が一番面白いのは、ニルヴァーナに加入する前の話だ。どんなミュージシャンであれバンドであれ、無名の駆け出し時代の話が一番面白いし、本人たちにとっても楽しく懐かしい思い出なのだ。なんのしがらみもない無名時代、パンクに出会った時の話、スクリームに加入した時の話、ツアーバンでアメリカ中を旅した時のこと、イギーポップのバックを務めた時のこと。どれもワクワクするほど楽しい。きっとニルヴァーナも、結成当時から参加していれば、こんな無邪気な思い出と共にふりかえることができたのかもしれない。
もちろんデイヴ・グロールのファンは必読。グランジブーム以前のアメリカのアンダーグラウンドなパンク/ハードコアシーンに興味ある人も読んだ方がいい。でもニルヴァーナやフー・ファイターズについての暴露話やインサイトストーリーを知りたい人は物足りないかも。なによりデイヴ・グロールの「いい奴」ぶりが印象に残る。これはそんな本だ。
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