[日々鑑賞した映画の感想を書く]『SAYONARA AMERICA』(2021年 佐渡岳利監督)(2021/10/7記)
細野晴臣の2019年アメリカ・ツアーの模様を収めたドキュメンタリー。試写にて鑑賞。同監督による前作ドキュメンタリー『NO SMOKING』(2019)は見てない。
細野さんの音楽やそのパフォーマンス、バンドの演奏の素晴らしさについては何も言うことはない。ただステージにいる細野さんを見ているだけで豊かな気分になれる。インタビューや本人コメントは最小限、オフショットも少なめで、ニューヨークとLAのライヴに於ける観客のコメントはちょっと長めの尺をとっている。これがなかなか面白い。
細野さんはステージで「今回のライヴは、自分がいかにアメリカの音楽が好きで、影響を受けてきたか、伝えるためにやっている」というような意味のことを言う。ここで細野さんが言う「アメリカの音楽」とは、ロックンロール登場以前の、ルイ・ジョーダンとかホーギー・カーマイケルとか、そういう古い音楽。そんな古い曲のカヴァーを、アメリカの観客相手に楽しそうに披露する。大半が細野さんよりもはるかに若いであろうアメリカの観客は「僕は今日初めて、本当のアメリカ音楽を聴いた気がする」というようなことを言う。当のアメリカ人の大半が忘れ、顧みられることも滅多にない古いアメリカ音楽に影響を受け、今日に至るまで豊かで深くて幅広い音楽を作ってきた細野さんが、2019年の今、アメリカの若い観客にアメリカ音楽の伝統を伝えている。「自分の役割は先人から伝統を受け継ぎ、次の世代に渡していくことだ」と言ったのはキース・リチャーズだが、細野さんもキース・リチャーズも、自分が伝統を受け継ぎ、次の世代に渡していく「繋ぎ」なのだと自覚している。日本人である細野さんを介して、1940~50年代の古いアメリカ音楽の伝統が若いアメリカ人に伝えられる。とても素敵な文化の継承だと思う。
映画としては、コロナ前のライヴ風景を描いた作品ということで“In Memories of No-Masking World”というコピーと共に、もう帰ってこないかも知れないコロナ以前の幸福なライヴ風景を懐かしむ、というような意匠が軽く施され、細野さんやバンドメンバーたちがそれらしいコメントを発したりする。だがこれはいかにも中途半端な感じで、はっきり言って不要だったと思う。そんなことは観客の側が一番実感していることだからだ。そんなことなら「今回のライヴは、自分がいかにアメリカの音楽が好きで、影響を受けてきたか、伝えるためにやっている」という細野さんの思いをもっと掘り下げたほうが良かった。でも瑕疵らしい瑕疵はそれぐらい。素敵な音楽映画でした。11/12公開。(2021/10/7記)