マグロをシンデレラに変えた氷の魔法【マグロの日】
冷蔵技術とマグロのシンデレラストーリー
本日、10月10日は「マグロの日」です。
これは漁業関係者で構成される、日本鰹鮪漁業協同組合連合会が1986年に制定したものです。
由来は遠い昔、726年の10月10日、聖武天皇にお供していた山部赤人という人物が「鮪釣ると海人船散動ぎ…」という歌を詠んだことが、万葉集に収められていることからです。
このように古来から食べられていたマグロ、今ではすっかり高級魚の印象ですが、長い歴史から見るとマグロはむしろ大衆魚だったことはご存知でしょうか?
冷凍冷蔵技術が普及する以前の時代では、あらゆる生鮮食品がそうですが、その中でもとりわけ水産物は保存する方法が極めて限られていました。
例えば、あまり沿岸では取れないマグロはかつて、常温で放置すると血液が酸化して真っ黒になることから「真黒」が由来になった説があるなど、鮮度は保たれていない場合が多く、そのため安価で手に入る庶民の魚でした。
故に利用法は必然的にヅケ(現在の醤油漬けとは異なる、塩と米に漬け込む一種の発酵食品。滋賀土産の鮒ずしに近い。)にするか、加熱して食べるかでした。
中でも特にマグロの部位でもトロは、脂が多すぎてヅケにもできないことから、もっぱら廃棄される部分でした。
ちなみに、今ではネギと鶏肉を交互に挟んだ焼き鳥を「ねぎま」と呼びますが、かつてのねぎまとは、ネギと他に利用法のないトロを醤油で煮込んだ、庶民的な鍋料理のことでした。
しかし1960年頃にもなると、摂氏マイナスにまで冷やした海水などに浸けて瞬間凍結する「ブライン凍結」という方法が魚の保存に用いられるようになりました。(ちなみに、アイス缶製法の氷もじっくりとですが、ブライン凍結に近い方法で凍らせています。)
そして、マグロが鮮度を保ったまま食卓に並ぶことが可能になると、途端にその美味しさから人気の高級魚へ変わっていったのです。
このように、マグロは冷蔵技術の発展によって、安価な庶民の魚から一躍高級魚へと変わった、海産物のシンデレラといえそうです。おかげで絶滅が危惧されるほど獲られることになったマグロからしたら、たまったものではないでしょうが…。
マグロは「氷水」で解凍するとベスト!
前述のような背景からもわかる通り、一般に流通するマグロの多くが「冷凍マグロ」です。
しかしこの冷凍マグロ、解凍がなかなか難しく生食用のものを常温で解凍しようとしたところ、表面はやわらかいのに中身は凍ったままジャリジャリということはよくあるのではないでしょうか?
かといって、長時間常温で解凍すると、マグロの表面が微妙に温くなるというのもありがちです。
ここで活躍するのが「氷」です!
解凍に氷?と疑問に思う方も多いかもしれませんが、実はマグロの解凍は常温よりも氷水の中で行ったほうがうまくいくのです。
方法は簡単、冷凍マグロをジップロックなどに入れて、氷水を入れた容器に沈めておくだけ。取り出してマグロが曲がるようになったら食べ頃です。
氷水での解凍となると常温より時間がかかる気がしますが、室温でマグロを解凍するのに約1時間かかるところ、氷水での解凍なら45分ほどで解凍できます。(一般的な「サク」と呼ばれる16m×5㎝×2.1㎝サイズの場合)
これは氷水の熱伝導性が空気より高いことを利用した方法です。
氷水は、氷が融けきるまでは潜熱として温度変化を抑えるので、安定して1度前後をキープします。
それにより、外側と中側を均等に近く解凍できます。
また、氷の結晶がマグロの細胞を破壊することに起きるドリップ(食品中の組織液)の流出も、常温よりずっと抑えることができます。
水産氷と陸上氷
ちなみに市場で魚を保存するのに使われる氷は、実は飲食店などで用いられているものとは、かなり違うものであることはご存じでしょうか?
氷と一口にいっても、単に固体のH₂Oのものだけを指すのではありません。
例えば、炭素で構成された固体にもダイヤモンドのような頑強なものから、炭のように脆いものがあるように、同じ氷にも目的に応じた様々な製法と状態があります。
水産物の保存に用いる氷は「水産氷」と呼ばれ、それ以外の「陸上氷」とは区別されます。
水産氷は都道府県条例等により陸上氷とは区別され、冷却を主たる目的とするため諸々の品質基準等が異なり、市水や海水をそのまま凍らせて水産氷とすることができます。
また近年では海水氷をシャーベット状にした氷がよく使われています。
塩分濃度が強すぎると魚が半端に凍って内側から損傷したり、すぐに融けきってしまうリスクがあるため濃度は1.5~2%ほどに調整されます。
扱いが難しいところもありますが、船上で作れたり原料コストがあまりかからないといったメリットがあります。
水産氷は、食品の冷却のためだけに使用するものです。
原料が市水であればカルキ等を含んでいるため、急激に冷やして造られた氷は白濁が強くなる傾向があります。
また、水自体の衛生基準に問題がないとしても、設備の衛生基準が食用氷とは異なるため、飲食用の氷には適さないと言えます。
しかし、その分、手軽さと生産性がとても高いです。
港に行くと原料水から製氷、砕氷までを一貫して行うことができる、水産氷の自動販売機まで見かけることができます。
この「水産氷自販機」は、内部に無人の工場を備えているようなものなので 一般的に自動販売機という言葉から想像されるサイズより遥かに大きく、多くの場合は漁港や市場の敷地内などに存在します。
水産事業者専用の設備となっている場合も多いですが、一部の漁港などでは御好意により一般の釣り人などが利用できるところも存在し、手軽に大量の氷が入手可能な場所として、釣り人には大変ありがたいスポットになっています。
しかし、前述のように基本的には水産事業者を対象とした設備ではあるので、是非、釣りに行く際は一般人も利用可能か調べた上で、魚の保存に活用してみてはどうでしょうか?
千葉、九十九里浜の片貝漁港にある水産氷の自動販売機。ここは水産事業者専用でした。
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