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桜田、憤慨す

映画を作ったから何なんだ。偉いのか。自分の頭の中を映像化したから立派なのか。違うだろ。そこにはあるのは自分は映画を作り上げたという身勝手な達成感と極限まで膨れ上がった自己陶酔への溺れだ。そして映画を作れてない人間への圧倒的侮蔑。


桜田は怒りがおさまらなかった。

友人である金田のゴミクズのような映画を観せられたからだ。


否、映画自体を否定するつもりはない。仮に桜田から観てその映画がゴミクズであったとしても生み出された映画そのものには罪はない。


映画に限った話ではないが、何か芸術作品が生まれるのはその作品を生み出したいと願う人間がそれ相応の努力をしたからである。桜田は非常に偏った人間であったが彼女なりのアートに対する敬意は備えていた。


桜田が憤っているのは金田の飲みの席での言動である。


映画を観たあとに(観させられたと桜田は思っている)、関係者だけのささやかな集いがあった。いわゆる単館と呼ばれる小さな映画館での小規模上映会である。「関係者だけ」と特別感を出しているがなんてことはない、全員が関係者である。


監督が同座している飲みの席。しかも全員が知り合い。業界関係者に気に入られる為に参加してる俳優らもいる。そんな空間で本当の言葉など飛び交うはずもなく、誰もがそのゴミクズのような映画を称賛した。


金田はその言葉ひとつひとつを真実の言葉として受け取り、さも自分が達成者と言わんばかりに豪快に笑い大酒を飲んだ。滑稽だ、と桜田はジャスミン茶を片手に思った。


小さな世界の王様として飲み会を楽しんだ金田がその会を終わらせようとしたとき、ある参加者が口を開いた。


「あのシーンが全く理解できなかったです」


時が止まった。関係者が一斉に彼を見た。

桜田は心の中で雄叫びを上げた。いいぞ、言ってやれ。


ポツリと呟いたのは録音部の若い男の子だった。桜田的にはノーマークだったがどうやらこいつは中々センスがあるとみた。


金田が聞こえない振りをしてその場を締めようとしたので桜田はわざと大きな声を出した。


「え?どこ?どのシーン?」

「八百屋のシーンです」


その若い男は本作における八百屋のシーンの不必要性を延々と語った。それは拙い言葉であったが的確な指摘にも聞こえた。桜田としてはもっと他に無駄で無意味なシーンは多々あったが八百屋のシーンもその一部には含まれていた。


「まぁ…まだ気付けないよなぁ」


金田は余計な言葉を喋らず、短い言葉でまるで相手側の理解度に問題があるように思わせる返しをした。


桜田は金田のこういうところが嫌いだった。否、すべてが嫌いだった。


「そういう言い方はないんじゃない?」

思わず桜田は言った。


「そういう言い方って?」

金田が答えた。


「疑問に直接答えず、ただ相手が理解できるレベルに達してないように周りに思わせる嫌味で抽象的な返し」


参加者は皆静まり、金田と桜田を交互に見ていた。嫌な空気にしてしまったと桜田は思った。だがもう後戻りはできない。


金田は分かりやすく溜め息をつき、半笑いで、余裕をチラつかせながら言った。


「お前さ、昔からそうだよね」


卑怯だ。


『お前』と呼ぶことで相手と周りを同時に威圧し、『昔から』という意味深なワードを使うことで、まるで自分が相手(桜田)とかつて特別な関係に有ったかのように思わせる。更に半笑いで言うことで「こいつ、仕方ねぇなぁ」とヤレヤレと自分の上位感を演出する。こいつは生粋の卑怯者だ。

桜田の中で、何かが弾けた。



今、薄暗い部屋で桜田は缶チューハイを飲んでいる。

今日もまた悪なる映画人を成敗したと御満悦だ。

思い付く限りの罵詈雑言を金田に浴びせ、思い付く限りのクソ映画のダメ出しをしてやった。

録音部の若い男の子の肩を叩き、気にすんなよと微笑んだ。


今日もまた、桜田は悪なる映画人を成敗したのだ。


映画を撮りたいな。

桜田はふと思った。


観た人の心に深く残る、味わい深い映画を撮りたい。



桜田は何の努力もしていない。

桜田が今日のように悪なる映画人を成敗してたとき、金田は夜通し脚本を書いていた。


桜田は何の努力もしていない。

桜田が今日のように友人の映画の悪口を連ねているとき、金田は必死で編集の勉強をしていた。


桜田は何の努力もしていない。

桜田が今日のように映画を撮りたいとふと思ったとき、金田は映画を撮っていた。


桜田は今年で40になる。


#小野哲平ストーリー #小説 #ショートショート

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