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白い素肌のままでいて

 ある二十代の女性、佳奈さんから、友人にまつわるこんな話を伺った。友人の名前は美咲さんというそうだ。

 夜、美咲さんの枕元に男が現れるようになったのは半年ほど前から。タンクトップ、ハーフパンツの若い男。部屋が暗いせいなのかもしれないが、肌は焼けているように見えたそうだ。物欲しそうに美咲さんを見下ろしているのだが、特に何をするでもない。それが週に一度くらいの頻度で続いていた。
 それが一ヶ月前から、手を伸ばして美咲さんの顔に触れようとするようになったという。触れようとするのだが、しばらく考えて手を引っ込める。それを繰り返すという。
 美咲さん、さすがにこれは放っておけないと、霊媒師を探して相談しに行った。いま住んでいるアパートの住所を伝えると、過去にも同じように何かに憑かれている相談者がいたという。やはり男の霊に取り憑かれていたと。その男は肌がこんがり焼けている女性が好みで、女性はどちらかというと色黒だったとのこと。
「その女性はどうなったんですか」と訊くと、霊媒師は「さあね」と言葉を濁した。
 美咲さんは幸い色白だった。佳奈さんも羨むほどの白く綺麗な肌をしていた。
「その男、あなたに惹かれているものの、肌だけは好みじゃないんで躊躇してるんだね」
 霊媒師はそう言った。除霊の提案もされたが、金額が高かったため、とりあえずは様子を見ることにした。
「これから日差しが強くなるから日焼けには気をつけてね」
 美咲さんの帰り際に霊媒師はそう言った。

 八月、夏真っ盛り。佳奈さんは美咲さんを海水浴に誘った。この時、佳奈さんはれいの話を知っていた。霊媒師の忠告は気になったが、毎年恒例になっている海水浴はなんとしても行きたかった。日焼け対策をしっかりすれば大丈夫だろうと二人の意見は一致した。
 佳奈さんの車で現地に着いた。
 日焼け止めをベタベタに塗りまくった。寝そべっている時は全身にタオルを掛けた。
 ただ、せっかく海に来たのだから水にからないということはない。短い時間ではあったが二人は水着姿で波とたわむれた。
 日が落ちて、渋滞に巻き込まれることもなく帰路につき、アパートの前で美咲さんを降ろした。
「ああ、楽しかった。来年も行こうね」
 そう言って美咲さんは手を振った。

 その晩、美咲さんは興奮状態でなかなか寝付けなかった。三時をまわった頃だろうか。ウトウトしていると例の男が姿を現したという。いつものように美咲さんを見下ろし、いつものように顔に手を伸ばす。このまま黙っていればいつものように去っていくだろう。美咲さんはそう思って目をつぶっていた。
 と、突然激痛が走った。顔のあたり、どこかわからないが今まで経験したことのない強い痛みに美咲さんは気を失った。
 しばらくして美咲さんは意識を取り戻した。窓の外は少し明るくなっているようだ。激痛は続いている。上体を起こすと枕が真っ赤に染まっている。何が起こったのか、美咲さんは初めて理解した。スマートフォンに手を伸ばし、自分で救急車を呼んだ。

 佳奈さんが知らせを受けて病院に着いたのは六時ごろだった。ひっそりとした待合室を見回す。隅っこに一人、ぽつんとベンチに座っている女性がいる。美咲さんだ。佳奈さんは急いで駆けていった。
 美咲さんの頭にはグルグルと包帯が巻かれていた。
「どうしたの」
 弾む声で訊く佳奈さんに、美咲さんはこう答えた。
「日焼け止め……耳だけ塗り忘れちゃったみたい」

——了——

(この話はフィクションかもしれません)

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