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【弓道教歌】射と弓具の関連(3)★

射と弓具の関係の3回目になります。
これまでの2回分は以下よりご覧いただけます。



1134 武経射学秘授攻瑕

強弓(ごうきゅう)は 骨もつかれて 甲斐はなき弱き弓にて 数をいさせよ


(歌意)
自分の体力技倆に合わない強弓を使うことは徒らに体力を消耗するのみで利点はないので、初心のうちは、弱い弓を使って、できるだけ多く練習させるのが得策である、との意。

(感想)
体力とても使うんですよね。引くことで精一杯って感じです。その瞬間の利点は感じてません。
はじめのうちは弱い弓で矢数をかけるのは賛成です。
慣れてきたら1日のなかで数射ずつちょっとだけ強い弓を使っていくのはどうでしょうか?


1135 小笠原

強弓(ごうきゅう)は 骨もつかれて 甲斐ぞなき
弱き弓にて 数をいさせよ

(歌意)
同上



1136 中用秘術弓要集

手にあはぬ 射にくき弓は 射べからず
一期の稽古 考に人は見る

(歌意)
自分の体力や腕前に合わないような強い弓を射るのは無理なことで、種々の病癖を生ずる原因となるから慎めよ、稽古は一生である、との意。

(感想)
無理やり力で引いたり、手の内頑張っちゃったり、数射なら戻せるでしょうが、定着しちゃうと良くない結果になるでしょう。
癖ってあるのでそういうことだと思います。
かくいう自分は同じ弓を引かないので、癖が抜けないし付かないし、、進歩はしていません!



1137 本多

軟弓(なんきゅう)は 中りに徳ぞ 多かりき
深き理 知るよしはなし

(歌意)
自分の体力と技能に比し、少し弱い弓を用いたほうが的中に有利である。それは理屈ぬきでわかりきっている、との意味である。


射抜んと 思ふ心ぞ うらめしき
弱き弓にて 強く離れよ

1138 竹林

(歌意)
弓の力は自分に合った弓を用いるのがよいと云う事を歌ったものである。
弱き弓とは我に似合わぬ強い弓を好むな、との意。強くはなれよとは、弓にまけぬ意味であり、骨法の強を専らにせよと云う事である。

(感想)



1139 日置、雪荷、道雪、大蔵、印西

引(ひき)かぬる 弓はあしげの 馬の髪
巻藁は只 よはきにて射よ

(歌意)
引きかねる様な手に合わない強弓は悪い。巻藁は射形を直す為に射るのであるから弱弓で射よ、との意味である。引かぬる弓とは強弓の意。あしげは葦毛を悪気にかけた話。



1140 日置、雪荷、道雪、大蔵、印西

弓はたゝ 細くぞ強き 好ましき
     太く弱きは 稽古する時

(歌意)
弓は弾力に富むのがよいということを詠んだものである。細い割合に強い弓は放たれたときの弾力が鋭いので矢飛びが早く、太い割合に弱い弓は矢飛びが悪い。依って稽古の時は太い割合に弱い弓を使うのはよいが、晴の場では細く強い弓を使うのがよい、との意味である。

(感想)
弾力に富む、いわゆる反発力の強い弓ということでしょう。これは自分も大好きな弓です。ここで重量の話をすると長くなるので割愛して、、晴れの場で細く強い弓というのは、どんな理由からでしょうか?強さが同じならば太くても良い気がします。強い弓は見応えはありますからね。
ここでの比較はあくまでも太く弱い弓でふわっとした矢飛びにするくらいなら、細い弓のほうが良いということだと推測します。
「あんなに太いのみ、矢飛びダメじゃん」ってなるのは残念な気持ちになりますね。
今の弓で、細くて強い弓って少なくなったと思いませんか?
たまたま古い弓を入手すると、「この細さと軽さでその強さ!?」ってなります。今の弓ではなかなか見ないです。何故でしょうか、、、
技術の差なのか、材料の差なのか、、軽さは枯れてるからでしょうけど、強さへの影響、、、。


1141 竹林

弓はたゝ つよく細きぞ このましき
     太く弱きは 稽古する時

(歌意)
同上


以上、弓道教歌の紹介でした。
マガジン(有料)にするといって、全然準備ができていないですね。
というより、需要自体があるんでしょうか?

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