食用油と健康の逆説 X:健康とコレステロールその①
前回は飽和脂肪酸が悪玉なのかどうか、考察、検証しました。
脂肪といえば、コレステロールを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
昔から健康情報では、コレステロールが病気に及ぼす影響が言われています。
悪玉コレステロールって本当?その問題点とは?
世間一般では、悪玉コレステロールと呼ばれているものがあります。
それがLDLコレステロールです。
LDLコレステロールは、細胞や細胞小器官の基礎となり、シグナル伝達物質であり、ビタミンD、ホルモン、胆汁酸、その他物質を生成するのに必要な糖(アセチルCoA)や脂肪からできる物質です。 [1]
身体をつくる上で大切な役割があるので、本来なら悪玉とはとても言えないものです。
コレステロールは飽和脂肪酸と共に脂肪ラフトを形成し、細胞内のタンパク質を適切な位置に配置することで細胞の機能が保たれます。
特に脳内では全身の25%ものコレステロールが占めています。
体内ではメバロン酸経路によって肝臓で生成されますが、肉、卵、鶏肉、乳製品などの動物性食品からも摂取できます。
食事からコレステロールを摂取すると、肝臓でのコレステロールの生産量が減少します。ただしこれは、正常な代謝を持つ人の場合です。
糖尿病などの代謝性疾患や遺伝的疾患のある人は、このメカニズムが働かないことがあります。
コレステロールは主に食事から摂った糖や油から作られますが、LDLコレステロールにはある問題点があります。
LDLコレステロールの問題点
LDLコレステロールの問題点とは、酸化して酸化LDLコレステロール(Ox-LDL)になってしまうことです。[2][3]
Ox-LDLは、コレステロールに炭素が二重結合した脂肪酸(多価不飽和脂肪酸:PUFA)が多いほど酸化されやすくなります。
実際にOx-LDLからは、平均して21〜32%が酸化したPUFA(C18:2)が検出されています。[4]
(他には20:4や22:6も検出されている。◯◯:2や:4、:6は炭素の二重結合の数を表す。)
PUFAが酸化すると、毒性の強いマロンジアルデヒドや4-ハイドロキシノネナールなどのアルデヒドを形成します。これらがOx-LDLに検出されており、アルデヒドを処理する免疫細胞(マクロファージ)の働きを弱めてしまうことが明らかとなっています。[5]
高温調理されたPUFAは食品中ですでに酸化されており、それがOx-LDLに悪影響を与えることが懸念されています。[6]
なおOx-LDLは日本でも研究用の検査キットが販売されています。[7]
丁寧に仕組みまで解説されています。
健康情報ではあまり一般的ではありませんが、一部の人はOx-LDLを認識しているということです。それもそのはず、世界の文献を公開しているPubMedでOx-LDLを検索すると1万1千件以上もの文献がヒットします。
一方でコレステロールそのものは酸化に強く、コレステロールが過酸化脂質を運んでしまう研究が近年見受けられます。(原因と結果の違いがあると思われる。)[8][9]
このことから、Ox-LDLはコレステロールが酸化したもの(結果)ではなく、過酸化脂質を帯びたコレステロール(原因)である可能性があります。
こうしたOx-LDLは、ヒトの血液、アテローム性動脈硬化病変、炎症を起こした肺、多発性硬化症の脳、リウマチ性関節にも確認されています。[10]
心疾患患者ではOx-LDLの血中濃度が高くなっているのが確認されています。[11][12][13][14]
実際に62人を対象にアテローム性動脈硬化を調査した結果では、正常血管の患者と比べると頸動脈内膜が50%厚く、Ox-LDLとLDLの比が41%高かったことが報告されていて、脂質の酸化がアテローム性動脈硬化の発症に関与していることが指摘されています。[15]
1998年から99年にフィンランドで行われた高齢者1,260人(男性533人、女性727人)の調査では、Ox-LDL濃度の高さが全死亡の危険因子として際立っていたと報告されています。
しかも年齢、性別、肥満度、喫煙、血圧、糖尿病とは無関係でした。[16]
パーキンソン病患者ではOx-LDL濃度が健常者と比べて高いのが確認されています。[17]
Ox-LDLががんの発症、増殖、転移に関連していたことが報告されています。[18]
糖尿病性腎臓病(DKD)患者では、Ox-LDLの腎臓への異常な沈着や過酸化脂質が上昇しているのが確認されています。[19][20]
Ox-LDLはマクロファージが処理しようとしますが、Ox-LDLに含まれているアルデヒドによって死滅し、泡沫細胞になり、血管壁に堆積していきます。
実際にOx-LDLによってマクロファージのオートファジー(細胞のリサイクル機能)が阻害されるのが確認されています。[21]
進行すると血管は、カルシウム、平滑筋細胞、コラーゲン、泡沫細胞を取り込んでプラークを形成していきます。
これによってアテローム性動脈硬化へと発展し、血管を詰まらせる要因となっていきます。[22][23]
ウサギに高脂肪食を2週間与えると、泡沫細胞やアテロームが形成されているのが顕微鏡写真からも確認できます。[24]
最新の文献では、アテローム性動脈硬化とPUFAと鉄の反応で起こるフェロトーシスとの相関が示唆されています。[25]
アテローム性動脈硬化性心血管疾患(CVD)は、Ox-LDL輸送との間に強い関連があることが指摘されています。
Ox-LDLは血管細胞増殖因子として機能していることが示唆されています。アテローム性動脈硬化症やがんなどの血管細胞増殖関連疾患の診断において、Ox-LDLや脂質酸化産物の測定が重要であることを指摘しています。[26]
Ox-LDLで処理したヒトのへその緒の静脈内皮細胞のNORADという遺伝子を無効にした実験では、Ox-LDLが誘発した活性酸素種、過酸化脂質、NF-κβ(炎症や免疫反応に関わる核内因子でストレスなどで活性化)が上昇しました。[27]
また、Ox-LDLはHDLコレステロールによって毒物と同じような速さで回収されることも明らかとなっています。[28]
HDLコレステロールには使い終わったコレステロールを回収し、肝臓まで運ぶ役割があります。
HDLコレステロールによってOx-LDLが回収されるスピードは、酸化していないLDLコレステロールの9倍、肝臓が取り込む速度は、40倍速くなりました。
HDLコレステロールは善玉コレステロールと呼ばれています。HDLコレステロールが高値であるほど病気とのリスクが減るとされていますが、必ずしもそうではありません。
近年の研究では、HDLコレステロールがいかに早く処理され排出されるかが、病気のリスクと低下していると示唆されています。[29][30]
そのHDLコレステロールの排出に一役買っているのがマクロファージです。
その重要な役割を持つマクロファージがOx-LDLで死滅してしまうのですから、PUFAの酸化はとても厄介なものになります。
HDLコレステロールはこのようにOx-LDLに対する抗酸化や保護的役割をしています。
なお、非虚血性の進行性心不全患者40名にオメガ3を一日1gまたは一日4g投与した無作為化二重盲検プラセボ対照試験では、投与したオメガ3の用量が増えるほど、HDLコレステロールが低下してしまいました。[31]
シリーズIIIでも紹介したように、身体の中で酸化するのは不飽和脂肪酸だけです。
PUFAの摂取量増加と病気の増加は偶然でもなく、PUFAが酸化してできるアルデヒドに毒性があるからに他ならないと考えられます。
また動物実験では、コレステロールそのものが酸化した脂肪(脂質酸化産物(LOP))を運んでしまうことが明かとなっています。
無脂肪食を与えたラットのコレステロール内での酸化脂質濃度が非常に低く、エサに酸化脂質を加えたところ、コレステロール内での酸化脂質濃度が5倍に増加しました。
また糖尿病にした動物に酸化脂質をエサに加えたところ、コレステロール内での酸化脂質濃度が16倍まで増加しました。[32]
このことから、脂肪が酸化してしまうかどうか、コレステロールは酸化するかしないか、酸化した脂肪をコレステロールが運んでしまうかどうかで大きく役割が変わってきます。
つまり悪玉コレステロールと言われる所以は、酸化するかどうかに関わってくると考えられます。
牛肉のランプステーキをフライパンで調理したものと、低温調理したものを健常者に食べさせた実験では、フライパンで調理したものの方が酸化脂質が多くなりました。
そのうちの15もの酸化脂質が血中から検出されており、HDLの酸化脂質からの保護作用が働いていたことも明らかとなりました。[33]
PUFAが少ない牛肉ですら身体ではこういった反応が起こりますので、揚げ物やドレッシングなどではより強い反応が起こることが考えられます。
食事から極力PUFAを排除していくことをオススメします。
つづいてもコレステロールに関する文献を読み解きながら、解説していきます。
つづく
【関連記事】
【参考文献】
[1]Dietary cholesterol: From physiology to cadiovascular risk.
Br. J. Nutr. 2011;106:6–14.
[2]Disease Stage-Dependent Accumulation of Lipid and Protein Oxidation Products in Human Atherosclerosis.
Am J Pathol. 2002 Feb; 160(2): 701–710.
[3]Oxidized Low-Density Lipoprotein.
Methods Mol Biol. 2010; 610: 403–417.
[4] Electrospray MS/MS reveals extensive and nonspecific oxidation of cholesterol esters in human peripheral vascular lesions.
J Lipid Res. 2011 Nov; 52(11): 2070–2083.
[5] Correlation of antiphospholipid antibody recognition with the structure of synthetic oxidized phospholipids. Importance of Schiff base formation and aldol condensation.
J Biol Chem . 2002 Mar 1;277(9):7010-20.
[6] Oxidation of Polyunsaturated Fatty Acids and its Impact on Food Quality and Human Health.
Advances in Food Technology and Nutritional Sciences - Open Journal. 2015;1(6):135–142.
[7]日本老化制御研究所
酸化LDL測定キット
[8]Lipoprotein-specific transport of circulating lipid peroxides.
Ann Med . 2010 Oct;42(7):521-9.
[9]High density lipoprotein level is negatively associated with the increase of oxidized low density lipoprotein lipids after a fatty meal.
Lipids . 2014 Dec;49(12):1225-32.
[10]Context-dependent role of oxidized lipids and lipoproteins in inflammation.
Metab. 2017;28:143–152.
[11]Elevated levels of oxidized low density lipoprotein show a positive relationship with the severity of acute coronary syndromes.
Circulation . 2001 Apr 17;103(15):1955-60.
[12]Oxidized low density lipoprotein is a prognostic marker of transplant-associated coronary artery disease.
Arterioscler Thromb Vasc Biol . 2000 Mar;20(3):698-702.
[13]Temporal increases in plasma markers of oxidized low-density lipoprotein strongly reflect the presence of acute coronary syndromes.
J Am Coll Cardiol . 2003 Feb 5;41(3):360-70.
[14]Persistent high levels of plasma oxidized low-density lipoprotein after acute myocardial infarction predict stent restenosis.
Arterioscler Thromb Vasc Biol . 2006 Apr;26(4):877-83.
[15]Oxidized LDL and thickness of carotid intima-media are associated with coronary atherosclerosis in middle-aged men: lower levels of oxidized LDL with statin therapy.
Atherosclerosis . 2001 Apr;155(2):403-12.
[16]Circulating oxidised LDL lipids, when proportioned to HDL-c, emerged as a risk factor of all-cause mortality in a population-based survival study.
Age Ageing . 2013 Jan;42(1):110-3.
[17]Plasma oxidative and inflammatory markers in patients with idiopathic Parkinson's disease.
Acta Neurol Belg . 2012 Jun;112(2):155-9.
[18]Involvement of LDL and ox-LDL in Cancer Development and Its Therapeutical Potential.
Front Oncol . 2022 Feb 16:12:803473.
[19]Oxidized LDL is associated with eGFR decline in proteinuric diabetic kidney disease: a cohort study. Oxid Med Cell Longev. 2021 doi: 10.1155/2021/2968869.
[20]Role of urinary H2O2, 8-iso-PGF2α, and serum oxLDL/β2GP1 complex in the diabetic kidney disease. PLoS ONE. 2022;17(4):e0263113.
[21]Gypenoside inhibits ox-LDL uptake and foam cell formation through enhancing Sirt1-FOXO1 mediated autophagy flux restoration.
Life Sci . 2021 Jan 1:264:118721.
[22] The LDL modification hypothesis of atherogenesis: an update.
J Lipid Res. 2009 Apr; 50(Suppl): S376–S381.
[23] Atherosclerosis. the road ahead.
Cell . 2001 Feb 23;104(4):503-16.
[24]Atherosclerosis.
Nature. 2000 Sep 14; 407(6801): 233–241.
[25]The mechanisms of ferroptosis and its role in atherosclerosis
Biomed Pharmacother . 2024 Feb:171:116112.
[26]Oxidized Lipoprotein as a Major Vessel Cell Proliferator in Oxidized Human Serum.
PLoS ONE. 2016;11:e0160530.
[27]Downregulation of LncRNA NORAD promotes Ox-LDL-induced vascular endothelial cell injury and atherosclerosis.
Aging (Albany NY) . 2020 Apr 8;12(7):6385-6400.
[28] Increased selective uptake in vivo and in vitro of oxidized cholesteryl esters from high-density lipoprotein by rat liver parenchymal cells.
Biochem J . 1996 Oct 15;319 ( Pt 2)(Pt 2):471-6.
[29]High-Density Lipoprotein Revisited: Biological Functions and Clinical Relevance.
Eur. Heart J. 2023;44:1394–1407.
[30]Cholesterol Efflux Capacity, High-Density Lipoprotein Function, and Atherosclerosis.
N. Engl. J. Med. 2011;364:127–135.
[31]Polyunsaturated fatty acids supplementation impairs anti-oxidant high-density lipoprotein function in heart failure.
Eur J Clin Invest . 2018 Sep;48(9):e12998.
[32]The effect of oxidized lipids in the diet on serum lipoprotein peroxides in control and diabetic rats.
J Clin Invest. 1993 Aug;92(2):638–643.
[33]The impact of beef steak thermal processing on lipid oxidation and postprandial inflammation related responses.
Food Chem . 2015 Oct 1:184:57-64.