33:遺書
※登場人物は全て仮名です。また一部詳細を変えています。
遺書とはどの様なものだろう、想像した事はある。
あさのますみさんの著書【逝ってしまった君へ】を読んだ時
作中に、遺書という物の存在を具体的に表現されているのを読んで、遺書というものがどんな物なのか、自分の想像とやや違う事を知り、そしてエミちゃんの遺書はどんな物だったんだろう?と想像した。
とても細かいところまで気を配るエミちゃん、とても字が綺麗だったエミちゃん、恐らくは何枚かの便箋の様なものに謝罪と感謝を綴っていたんだろうな。
そして、そんなものを用意していたんだから、やっぱり前から決めていたんだろうな、と思った。
それが違った事を知ったのは11月も終わりに差し掛かった今というタイミングだった。
この夜、ナオさんのBarでユミコさんのバースデイイベントが開かれていた。
オレは別に自分が主催する会合とタイミングが被ってしまったのもあり、ナオさんのBarに顔を出せたのは、あと10分するかしないかで0時をまわる様な時間帯だった。"1杯だけ"のつもりで顔を出した。
実は去年のユミコさんのバースデイイベントも、同様に自分が主催しているものと日程が被ってしまい、同じ様な行動を取った。
去年は別口で行くつもりだと言っていたエミちゃんと連絡を取りながら、タイミングが合えば一緒に飲もうと言う話をしていたのだが、イベントが大盛況で混雑していた事もあり、エミちゃんも1杯だけで出てしまった様で、オレが到着する30分前にはエミちゃんから、先に帰るねと連絡があった。
今年はオレが到着する頃には混雑も引けており、まったりしていた。
既にカウンターから出て客席で飲んでいたユミコさんの隣に座ると、ユミコさんはすぐに"主語の無い会話"を始めた。
"主語の無い会話"、もちろんエミちゃんの事である。
早いよね、今週末で11回目、来月でもう1年だよ、という、話題の切り出し方としてはド定番な感じに始まった会話、オレが夏にエミちゃんの"元親友"であったヨシノさんと偶然出会った事、未だお墓の場所も教えて貰えてない事など、思い付いた順に小声で話しあった。
え、来る早々その話題?と思いつつ、警察から一番に連絡を受けたユミコさんと、そのユミコさんから一番に連絡を受けたオレの会話なんだから、まぁそうなるよなと思っていた。
が、実はユミコさんは意図的にその話を始めた事が後からわかった。
"そう言えば、遺書があった話は聞いている?"
それが本題だったんだろう。
もちろん遺書があった事は聞き及んでる。しかし詳細は知らない。
"便箋とかに清書してあったんじゃなくて、ホワイトボードみたいな物に書き殴ってあったみたいだよ。部屋の遺品整理をした時に見付かったものを、渉さんが実際に見たんだって"
渉さん、エミちゃんが情熱を注いでいたイベント業の関係者だ。
彼女が所属していたイベント製作チームのリーダーである渉さん、もちろんオレも面識がある。
そして、あのエミちゃんがホワイトボードに書き殴ったんだとしたら、それは本当に苦しみに耐え切れなくなった最後の最後に、ギリギリのところで書いたものだったんだろう。
エミちゃんはあの日に命を絶つと心に決めていた訳ではなかったんだ…耐え切れない苦しみに襲われてしまったんだ…。
ユミコさん曰く、遺書には恨みつらみの類は一切書かれていなくて、感謝の言葉だけだったらしい。
少しの間を置いたユミコさんは、その遺書には3人の名前が書かれていたみたいと言った。
遺書に書かれた感謝の言葉を宛てたであろうその名前は、渉さん、渉さんと同じくイベントの関係者でエミちゃんが定期的に携わっていたイベントの主催者の隆さん、そしてオレ、だった。
それを聞いた時、オレの中で大きく動く感情は特に無かった様に思う。
あってもそれを出さないくらいの術は大人として身に付いているんだろうし、それくらいの時間は経過しているという事だろう。
実はユミコさんは、その事をエミちゃんが亡くなってそれほど経たないうちから知っていたらしいが、落ち着く頃まで伏せていてくれたらしい。
何ヶ月かして、会えたタイミングで直接伝えようと決めて、10ヶ月もの間伏せていたんだそうだ。
オレに宛てられたメッセージの内容はわからない。
個々にメッセージが書かれていたのか、名前を連ねて一括りに感謝が書かれていたのかも、今のオレは知らない。
いつかどこかのタイミングで知る日が来るかも知れないが、今は…。
エミちゃんが人生の最後に思い出した3人のうちの1人になれたんだ…という事。
最後の最後までオレの名前を忘れないでいてくれてありがとう。