38:彼女の本音

※登場人物は全て仮名です。また一部詳細を変えています。

エミちゃんのイベント業仲間である渉さんとサシ飲みをする機会に恵まれた。

イベント制作チームを自ら率いているだけあって、まっすぐな強い信念を持った方だ。

出会いについてはお互いに記憶にない程、些細な事だったのだろうが、ここまでSNSなどで何となくつながっている程度の関係性でしかなかった。

自分としてはサシのみはおろか、きちんと場を設けて会話をした事があるのかどうかすら怪しい程度の希薄な関係性だった。

ただ、エミちゃんの件があってから、それは少しずつ変わっていったのかも知れない。

渉さんはエミちゃんの遺書を直接見た、数少ない人だ。

この日のサシ飲みでも、エミちゃんについての話題が色々あった。
例えどんなに近しい人の言葉であっても、それが本人の言葉ではない以上、どうしても私情と憶測が混じってしまうものなので、渉さんが言った100%に同意する事は出来なかったが、それでも知らなかった事や様々な事を聞く事が出来た。

エミちゃんの元親友であったヨシノさんの話も出てきた。
彼女も元は渉さんのチームのメンバーだったそうである。

渉さんはオレが後にヨシノさんと面識を持ち、直接会ってエミちゃんについて話をしていた事に驚き、どこにそんな機会があったの?と、半ば問いただす様な勢いで聞いてきたので例のバーベキューの時の話をした。

この時の話から、ヨシノさんは皆が言う程悪い人ではないのかも知れないと感じた、という話をしたが、聞くとヨシノさんはエミちゃんの四十九日を最後に渉さんの元を去ったのだそうで、渉さん自身がヨシノさんに良い感情を持っていない事がわかった。

なにか後ろめたい気持ちがあるからこういう事するんだろ、というのが渉さんの弁。
また、エミちゃんが亡くなってから、あちらこちらでエミちゃんの悪口を吹聴して回っていたというのも耳に届いているとか。

本人が居ない場で聞いた話は半分程度で受け取る様にしているが、それでも渉さんから聞いたヨシノさんの話には驚いた。

オレが直に会って直に感じた"ヨシノさん"という人物像が、ひょっとしたら繕いなのか?と感じた程、その話をする時の渉さんの語気は強かった。

そして渉さんは、自らのスマホに写真として保存されたエミちゃんの遺書を見せてくれた。

過去に連絡をし、せめて自分宛てに何と書いてあったかだけでも教えて欲しいと頼み込んで断られた事だったが、直に会って酒を共にして、お互いの言葉をぶつけ合い、そしてやっと見せてくれた。

その遺書は、人伝手にオレの耳に届いていたものと全く違っていた。

あの日、ユミコさんから聞いた「遺書」

ホワイトボードに殴り書きだった

3人の名前があった

そのうちの一人が、お前だった

渉さんから話を聞いた人が教えてくれた。

オレの耳に入った情報はそれだけだから、情報としては限りなく不完全だが、それでも「殴り書き」の一言だけでそれがどんな悲惨な物かを想像するには十分な説得力があるだろう。

ところが実際に渉さんから見せてもらった「遺書の写真」は、どんなに酷いものだろうと想像していたイメージを静かに壊した。

何故これが「殴り書き」と表現されたのか理解に苦しむ程、綺麗な字で丁寧に書かれていた。それはホワイトボードなのかどうかはわからないが、恐らく文字が擦れて消えない様にだろうが、きちんと保護されていた。

色を何色か使い、それはまるで寄せ書きであるかの様な見た目の印象。

自分のご両親に宛てたメッセージを中心に、名前があったとされた3人への個別のメッセージ、そしてこの決断をした理由が書かれていた。

エミちゃんが付けてくれて、いつしか一部の人も使う様になっていたオレのあだ名を添えて、オレ宛に書かれたメッセージは、友達として当たり前の事だった。

あまりに当たり前過ぎて逆に違和感を感じる程だった。

え、むしろそうじゃない"友達"って、友達っていうのか?という疑問すら浮かぶほど当たり前の事に対して"ありがとう"と書かれていた。

そして、もしそれがエミちゃんにとって「当たり前では無い事」だったとしたら、どれだけ身の回りに気を許せる人がいなかったんだろう…どれだけ「友達」がいなかったんだろう…なんだか悲しくなってくる様な言葉だった。

それ相当の時間を掛けて書かれたのがわかる"遺書"が、エミちゃんの今回の行動が「鬱によるもの」や「衝動的なもの」ではない事を物語っていた。

半ば予想していた事だが、理由としてそこに書かれた言葉から状況はより深刻だった事がわかった。

エミちゃんがキャパオーバーになっているのが伝わってきた…エミちゃんが亡くなる2週間くらい前には感じていた事だったが、実態はキャパオーバーどころの話ではなかった。

エミちゃんの私生活はボロボロに荒廃していたのが伝わってきた。

本来、生活する上でやらなければいけない事すらする時間がないという旨の事が書かれていたその文章に、疲れ切った表情のエミちゃん、遊びに対して後ろ向きな発言をしていたエミちゃん、イベント帰りに酒場に行くのを断り「今日はもう帰ろう」と言っていたエミちゃん、それでもバイバイの直前に考えを改めて酒場まで付き合ってくれたエミちゃん。

色々なエミちゃんを思い出した。

オレも、エミちゃんの生活を壊したひとりだったのは明確だ…。

そこに書かれていた"理由"は、いつも相手の事を優先に考えていたエミちゃんが、最後の最後に本音を聞かせてくれた、そんな気がした。

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