Newsletter【旅先案内人 vol.2】奥深い発酵の世界に挑む、森の中のパン職人
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こんにちは。ホテルや旅館を運営する、温故知新です。
昨年より、私たちの宿に関わる人々に焦点をあてたストーリーをお届けするニュースレター「旅先案内人」を発行致しました。
普段、私たちの運営施設にご宿泊くださったお客さまなどを対象に、ニュースレターをお届けしております。
noteではバックナンバーを掲載しています。ここからは【11月06日 配信 旅先案内人 vol.2】の内容をご覧ください。
個性あふれる旅先案内人たちのエピソードで、みなさまをまだ見ぬ旅へとお連れできれば幸いです。
(温故知新 運営ホテル:瀬戸内リトリート青凪・海里村上・箱根リトリートföre &villa 1/f 等)
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【11月06日 配信】
旅先案内人 vol.2
奥深い発酵の世界に挑む、森の中のパン職人。
箱根 仙石原の森の中。大きい道路を脇に逸れて森の中へと続く坂道を登っていくと、自然の中に溶け込む、シンプルモダンな建物が姿を現します。ここが、私達が運営するホテル、「箱根リトリート före」です。
今回は、そんな森の中でパンを『育てる』、ホテル併設のベーカリー「före bakery(フォーレ ベーカリー)」のパン職人の高橋さんのストーリーをお届けします。
森が寝静まっている間に。夜明け前からはじまる、パン職人の一日。
午前4時半、真っ暗闇の箱根の森。インタビューを行った当日は、雨がしとしと降り続く音だけが耳に届き、秋本番の箱根の空気はひんやりと感じました。
お客様に朝からできたてのパンを召し上がっていただくために、草木も眠りについている夜明け前から、ひっそりとパン職人の1日がはじまります。
海生まれ、山育ちの自家製天然酵母で作る、優しい味わいのパン。
före bakeryで作っているパンは、国産小麦粉を使い、自家製の天然酵母を使用しています。じっくりと長時間発酵させることで、素材本来の自然な甘さを引き出すように作っているのが特徴です。砂糖は控えめなのに、噛めば噛むほど甘みを感じられます。
使用する天然酵母は、鎌倉のパンの名店「パラダイスアレイ」と同じ酵母菌を使用しており、逗子の海から定期的にその酵母菌を持ってきて、森に囲まれた箱根で育てています。いわば、「海生まれ、山育ちの天然酵母」です。
はじめは、鎌倉のお店と同じようにパン作りをしていたのですが、中々思うような味になってくれません。酵母菌は同じでも、鎌倉と箱根では、その土地の環境が全く異なります。日々の気温、湿度によってパンの出来も変わってきます。なぜなら、酵母は「生き物」だからです。
美味しいパンを作るためには、発酵させる温度や時間などをその土地に合わせて変えていくことが必要だったのです。高橋さんは試行錯誤を重ね、ここでしか味わえない、仙石原で育てた天然酵母を生み出していきます。
「人類皆菌類」、難しい"酵母パン"にこだわる理由。
före bakeryが使っている酵母菌を育てる、鎌倉のパン屋さん、パラダイスアレイ代表の勝見淳平さんの発酵の考え方に『人類皆菌類』という言葉があると、高橋さんは教えてくれました。
人間の身体は菌に大きな影響を受けながら生きており、無数の菌と共生関係にある。つまり、人間とは巨大な菌の集合体である、という考え方だそう。だからこそ、良い菌を食べて、美味しく幸せに生きよう、というメッセージが込められた言葉です。
身体に良い働きをする菌を積極的に食から取り入れられるという利点から、近年注目を集める発酵食ですが、パンもその仲間の一つといえます。
善玉菌など、目には見えない世界で、実は私達が日々生きるために重要な動きをしてくれる「菌」たち。パンを作る時にも、何億という菌が作用して、パンが美味しくなる手助けをしてくれます。そんな発酵の世界に触れてみると、今まで意識していなかった見えない世界こそ、実はとても大事なのではないかということに、気付かせてくれます。
保育士から、箱根で働くパン職人へ。
知れば知るほど奥深い、パン作りや発酵の世界。高橋さんが、そんな世界へ足を踏み入れたきっかけは何だったのでしょうか?
「たまたま、知り合いがパン職人の求人を見つけたのがきっかけでこの仕事に出会いました。それまでは17年間、東京の調布で保育士の仕事をしていました。もともとパンが好きで、5年ほど前から自宅で天然酵母のパンを作っていたんです。思えば、小さい頃からパンは好きでした。なので、こうして好きな食べ物を作ることが仕事なのは、とても楽しいですね。」
趣味で作っていたパンがきっかけで、箱根の森の中でパン職人になり、自分の”好き”が仕事になっていったのでした。
パンは「作る」のではなく、「育てる」もの。
高橋さんは毎日、「酵母さん今日の調子はどうですか?」と、酵母の様子に耳を傾け、ていねいに育てていくのだそう。
「パンに、自分が寄り添っていく、という感覚ですかね。触りすぎても、放置しすぎてもダメ。まるで恋人みたいですね(笑)」
生き物である、”酵母"を使ったパンは、毎日ご機嫌でいてくれるとは限りません。微妙な発酵の変化を注意深く観察し、パンと対話を繰り返します。
同じ酵母を使っても、場所や環境によってもガラリと味わいが変わる。その土地で育てた酵母で焼き上げた、その土地ならではの酵母パンは、究極の地産地消アイテムなのかも知れません。
終わりのない、"おいしい"への道のり。
「最近調子が良いなと思うと、失敗してしまう。常に気が抜けないんですよね。」
毎日、同じ味に近づける事はできますが、同じ味にはできません。今日の”おいしい"は、明日の”おいしい"ではなくなってしまうかもしれない。パン作りは、そんな見えないゴールを、パンと寄り添い二人三脚で目指しているのだと知りました。
「僕が好きな言葉で『世界を変えたいなら、目の前の食べ物をかえなさい。』という言葉があるんです。おいしい!と日々思えるものを食べていれば、きっと人って喧嘩しないと思うんですよね。僕は、そういうパンを作っていけたらいいな、と思っています。」
毎日の”おいしい”が、幸せにつながることを信じて、自分のできることをしよう。高橋さんの言葉からはそんな決意と暖かい意志を感じます。
昨日より今日、今日より明日がおいしくなるように・・・。日々試行錯誤を繰り返して続ける、”おいしい"の探求。
私もたまには、「酵母さん調子はどう?」なんて、話しかけてみたいなと思いました。
インタビュー協力:【före bakery パン職人 高橋弘太】
<före bakery (フォーレ ベーカリー)>
所在地 :神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1286-116 箱根リトリート före (フォーレ)内併設
電話番号 :0460-83-9090(10:00~19:00)
営業時間:6時~23時 テイクアウト、イートイン可能
※ホテル宿泊者以外の方も、ご利用いただけます。
編集後記
豊かさに気づけるということ
インタビューを行った当日、箱根には、かなり強い雨が降っていました。「箱根の森の中にいると、雨も素敵だなと思えるんですよ。草木がみずみずしくて。雨上がりなんか、光がもいつもよりきれいに見えるしね。」と、普通はうんざりしてしまう雨の日も、高橋さんの目にはそうやって映っているのか、とハッとしました。
そうやって、日常のちょっとした豊かさに気づける高橋さんだからこそ、難しい性格の「酵母さん」とも、楽しく付き合っていけるのだろうなあと感じています。
文・編集担当 小林 未歩
(温故知新の旅好き社員。普段は、ホテルの企画プランナーや新規ホテルプロデュースを担当。)
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