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茜さすアパートの窓辺

彼に拾われてから2週間が経つ。

築40年はゆうに超えている古ぼけたアパートの一室、私はこの簡素な黒いパイプが軋むシングルベッドで一日の大半を過ごしている。日焼けした壁紙とは対照的な白い清潔なシーツの上にあぐらをかき、やわらかな薄黄色のブランケットを手繰り寄せてため息をついた。

あれは雨の降る肌寒い夜だった。
どれくらいの時間が経ったかも考えられないくらいに歩いて歩いて、もう歩くのにもいい加減飽きた頃、たまたま見つけた公園のベンチに腰掛けた。今更ながらこれから先のあてを頭の中で必死に手繰り寄せようとしたが、どんなに頑張ってもないものはない。手元には携帯、財布、タバコ、あとは圧倒的な孤独。それだけだった。
涙すら出ない。乾いた笑いをこぼしても一人。だったのだけれど。

「ねぇ、一人なの?よかったらうち来る?」
隣から若い男の声がした。茶髪の直毛、細長い体で上下スウェット姿の彼は静かに佇んでいた。街灯の光が彼の差すビニール傘に乗る水滴に当たって乱反射し、辺りにまだらな光が散った。心臓が飛び出るかと思った。
普通なら、怪しすぎて絶対について行かないだろう。何をされるかわかったもんじゃない。しかし私はついて行くと決めた。だって普通じゃなかったから。もうどうなってもいい、そんなやけな気持ちだったのもある。でも、彼は下心を全く感じさせない、むしろ私に興味を持ってすらいないように見えたのだ。

この予感は的中していた。
彼の家に招かれ、簡単に部屋の案内を受けた。といっても狭い1Kなので、キッチン、ユニットバス、リビング兼寝室、で終わり。私はベッドで寝るようにと指示された。彼はというと、部屋に似つかわしくない大きなダイニングテーブルの奥、壁際に設置されたベンチに猫のように縮こまって寝ていた。いつ襲われるか警戒する気持ちも、柔らかい布団に包まれているうちに溶けてしまった。だってとても疲れていたのだ。
大きな窓から差す朝日が眩しくて目を覚ますと、彼はいなかった。

自分の家のくせに、猫のように気まぐれに帰ってきたり出て行ったり。しかし日が経つにつれ帰ってくる頻度は落ちている。私が来てから彼の寝床と化したベンチにはどんどん衣類が積み上がり、今にも崩れそうな勢いだ。
あんなに警戒していたのに、実際ほとんど話したこともないのに、彼が帰らないと思うのを寂しいと思う自分がいる。これは恋なのだろうか

…という夢を見た。


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