記憶のなかの台湾旅〜台北植物園と屋台メシ〜
※これは2019年に一か月かけてゆっくり台湾を一周したひとり旅を振り返ったエッセイです。
まるでジャングル、台北植物園
珍袖博物館に行ってからというもの、私は「園」や「館」といった名前が入ったスポットに異様に信頼を置くようになっていた。何も観光ルートを考えていない旅人にとって、何も準備せずに見るだけで楽しめるようになっている施設は時間つぶしにとても重宝する。そしてその考えはこの旅の終盤まで継続するのだった。
台北植物園にしてもそうだ。以前ツイッターで見かけて気になっていたものの、行けたら行くか~程度に思っていたが、俄然興味が湧いてきた。行ってみたらそれなりに楽しいだろうし、入場料も無料ということなので、三日目の昼にひょっこり遊びに行ってみた。
地下鉄駅から程近い場所に、まるでジャングルのような鬱蒼とした森林が広がっている。恐る恐る中に入ってみるとその巨大さがよくわかった。植物園というよりは公園に近いのだが、通路には馬鹿みたいに背の高いヤシの木(若しくは檳榔の木?)が生えていたり、まるでジャングルグローブのような沼があったりで、日本とは明らかに植物の生態系が異なることが一目でよくわかる。当たり前だ。ここは沖縄より遥か南の島国。いくら近くて日本に文化が似通っていても異国であり、常夏の南国なのだ。
規模の大きな亜熱帯植物を見て散歩をするのは楽しかったが、とにかく日差しが強くて暑くて仕方がない。日陰を探して大きな木のある遊歩道を歩いていると、旅行者と思われるおばさんがバナナの木(仮)の前でiPadを持って立ち往生していた。私を見ると何か話しかけてくる。どうやら自分とバナナの木(仮)の写真を撮って欲しいらしい。
快諾してiPadを受け取ると、おばさんはまるで相棒と肩を組むかのようにバナナの木(仮)と仲良さげなポーズをとった。パシャリ。うむ、なかなかいい写真が撮れたぞ。これでいいかとおばさんにiPadを渡すと神妙な顔をして首を振られる。どうやら気に入らなかったらしい。
「これじゃダメ、もっと根元まで映すのよ」とのおばさんの要望通りにもう一度引きの姿勢で写真を撮る。これを繰り返すこと四~五回。パシャリ。ふう、これでいいだろう。
写真映えに異様に厳しいおばさんにiPadを返して、私もバナナの木(仮)と写真を一枚だけ撮ってもらった。写真を撮られるのはあまり好きではないが、自分の姿を残しておくのもたまにはいい。シェイシェイ~と礼を言って、進もうとすると、腕を引き留められた。おばさんはiPadを差し出した。
どうやらまだお気に召した写真は撮れなかったらしい。
台北夜市のオキニ飯
台北に泊まった三日間では二つの夜市に遊びにいった。
宿から程近い遼寧街夜市は屋台が道路の両脇に並んだ小規模な夜市で、観光客向けというよりは地元の人間の為のちょっとした食堂という印象だ。ここで私はこの先一か月ヘビロテしていく食べ物に早くも出会うことになる。
一つ目は果物屋さんのフルーツジュース。台湾の夜市に行けば大体どこにでもあるのだが、指定した果物をその場でミキサーにかけて生フルーツジュースを作ってくれるお店がある。(勿論カットしてそのまま食べることもできる)一杯大体五十元(百七十円)ぐらい。メニューやたら多く、フルーツ名を英語で言っても通じないので、看板を指さして注文する。(大体屋台の内側からだとこちらの指している文字が見えないので、店のおじさんが外に出てきてどれを指しているのか見てくれたりする)
私のお気に入りは西瓜汁(スイカジュース)だ。日本ではあまり見かけないイメージだが、これがまた甘すぎずさっぱりしていて喉越しさわやか、意外と飲みやすいのだ。相場も三十元からと普通の果物よりも安くていい。これにハマってからはどんなにお腹がいっぱいでもお腹を壊していても、夜市で果物の屋台を見かけたらとりあえず西瓜汁を買うことが習慣となった。
二つ目は(ルーローハン)だ。これも大体どこの料理屋に入ってもメニューに並んでいるであろう台湾のローカルフードの代表料理である。甘辛く煮込んである肉を白米にかけただけ、というシンプルな料理だが、これまた甘辛いもの好きの日本人の口に合って旨いのだ。ほろほろの肉と白米の組み合わせが絶妙で、何度食べてもその完璧な相性に舌を唸らせてしまう。
サイズも大体の店で大小を選べて、小サイズだと小ぶりなお椀一杯だが二十元(約六十八円)から注文できたりする。日本のチェーン店の牛丼よりもはるかに安くて手軽だ。私はこの台湾の夜市の手軽さが大好きだ。お店に入ることへの気負いが一切なく、好きなものを好きなだけ好きなように食べる、それだけのための場所。そんな場所だから純粋に食を楽しむことが出来たのかもしれない。
台北最大の規模を誇るという士林夜市にも行ってみたが、こちらは遼寧街夜市とは異なり、おびただしいほどの観光客でごった返していた。
人の波に慄いているうちに、気づいたら入口付近の果物屋のおばちゃんに捕まり、芒果とパイナップルと二百元で売りつけられた。台湾に来て三日ほどの私でもわかる、二百元はちょっと高すぎる。ちょっとこれボラれてるんじゃ…と心の中で思っても、果物の入ったビニール袋を渡されて何も言えなくなってしまいとりあえず二百元払った。
しょんぼりビニール袋に入ったマンゴーをつまみながら、地下の食べ物屋台が並ぶ通りへやってきた。客引きの声が重なり喧騒となる中で、ひときわ賑わってみえる屋台に入ってみる。相席の椅子に座ってルーローハンと臭豆腐を注文した。
臭豆腐。言ってしまえばその名の通り、臭い豆腐である。台湾の夜市にやってきたら、そのかぐわしい臭いに嫌でも存在を意識してしまう料理だ。実は私には今回の旅で臭豆腐を食べてみるという小さな目標があった。納豆しかり、ニンニクしかり、臭いものは美味しいという決まりがあるのだ。きっとこの料理もグルメ通の台湾人の心を離さない何かがあるに違いない…。待たずにテーブルに運ばれてきた臭豆腐に生唾を飲み込み、まず一口、ぱくり。
「…なんていうか…普通だな…」
ちなみに旅の終盤にもう一度チャレンジしたのだが(それも今度は高級店で)どうも臭豆腐と私はあまり相性が良くないようだ。それでも店のチョイスがいまいちだったのかもしれない、と性懲りなくまた台湾に行った際にはチャレンジしようと思っている私がいる。