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「P」の記録_File 1-3

File1 :早起きは徳らしい


 その日の私は早起きだった。ベランダでまだ日が昇り切らない薄暗い空を、ぼうっと眺めていた。おもむろに隣の窓が開きPが現れる。10階のベランダ、静寂に響き渡る放尿音、黄色く滲んでゆく干された衣類たち…

そういえば母親が「何度洗濯をしてもニオイが消えない」と嘆いていたような…

私という一人の目撃者によって彼女――Pの母――は、匂いの消えない衣類のために洗濯機を永久に回し続ける運命を免れた。


File2:冤罪


 Pの凶運は今に始まった事ではない。それゆえか、Pの心の持ちようは凡人のそれとはひと味もふた味も違っていた。

 地元のサッカークラブに所属していたPはある日、練習中に悪質な悪戯をするチームメイトを制した。その日の夕刻には学校とPの自宅に悪戯をしていたチームメイトの父親から電話が入った。常識的に考えれば、これは謝罪か事実確認の電話であるはずである。しかし電話の向こうは開口一番、怒号で挨拶である。翌日Pは担任にひどく怒鳴られたらしい。(ちなみにPの母は練習中の一連の出来事を知らず、それどころか怒り心頭のチームメイトの父からの電話を受けてすぐ、電話口の声を叔父と聞き間違えて「○○君? 久しぶり」などと間の抜けたことを言って余計に相手を怒らせていたのであるそれはさておき、本題に戻ると、)            

Pは、チームメイトを殴ったことになっていたのだ。

 担任は熱血教師と言われ、多くの生徒や保護者から人気だった。(もっとも私は当初から視野の狭い偽善的な態度に不信感を抱いていたが)その熱血は、被害者(仮)両親からの電話一本でPを悪者と確信し、別室に呼びつけて冤罪を主張するPを無視し、謝罪を強要した。

被害者(仮)は事件当日、Pからいじめを受けたと両親に訴えた。悪行を咎められた恨みと、虚言の癖から供述は次第にエスカレートし、終いには「殴られた」と。はた迷惑な親馬鹿があったものだ、即座に担任とPの親にクレームを入れた。

翌日、一日中怒鳴られ、虚構の罪に謝罪することで漸く釈放されたPに被害者(仮)はけろりと言った。
「俺、殴られてないわ」
自宅に帰ったPは一部始終を話し終えると、さも滑稽だというふうで笑いながら言った。
「俺さぁ、こいつカッケェなって思った」



File3:脱毛サロン


2021年6月24日木曜日、午後6時を回った頃、玄関の戸がしまる「ギイィ、ドン」という騒音ののち、ぶっきらぼうに居間の戸を開けPはスクールバッグをソファに放る。Yシャツを脱いだその片腕の違和感を私はすかさず口に出す。
「右腕の毛はどうした」
「知らん」
知らない?Pのやつ、憑依でもされているのか。それとも言いたくない理由でもあるのか。質問を変える。
「腕に何をしたんだ?」
「カッター?」
なぜ、疑問形。なぜ、カッター。
「意味がわからないんだが」
「俺もわからん。気がついたら無くなってた」
とうとう無意識に剃毛するようになったのか、学校で。Pが続ける。

「居眠りしてたらカッターで削られた」

入学したての高校の友人関係は頗る良好の様子である。

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