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不要不急なんて糞喰らえ 15食のライナーノーツ

私は食に関わる仕事をしている。コロナ禍で「不要不急」を振りかざしあらゆるエンターテインメントが制限され毎日がとんでもなく味気なくなる中、「食べる」という本能的な楽しみは誰にも奪えない最後の砦のように思えた。自粛期間中、美味しいものを食べたときの喜びがもたらす幸せをあらためて実感したし、私の仕事がもしかしたらどこかの誰かを少し幸せにしているのかもしれないと思うと、ちょっと頑張ることができた。食に携わってきてよかったな、とも思った。

そんな中、3年ぶりに発売された大好きなクリープハイプの待望のアルバム。1曲目は「料理」ということで、尾崎世界観は初めて「食」をテーマにしたという。しかも発売日の12月8日は私の誕生日。これもきっと何かの縁なのかも。いつも私に幸せをくれるクリープハイプに感謝を込めて、15曲を食に絡めて語ります。不要不急を決めるのはお前じゃない。私自身だ。

 クリープハイプ「夜にしがみついて、朝で溶かして」ライナノーツ

01.料理

「冷蔵庫にあった野菜と豚肉をぽいぽい入れたスタミナ炒め」

普段何気なく作っている料理。そのとき冷蔵庫にある野菜によって具がちょっと変わったりもするけれど、にんにくの効いた食べ慣れた味はなんだか落ち着く。決まったレシピがあるわけじゃないけど、いつもなんとなく美味しくて限りなく日常的な料理。少し濃いめでクセのある味付けはご飯がついつい進んじゃって、しっかりお腹が膨れる。メロディも歌詞もボリューム満点、クリープハイプ節たっぷり具沢山、そんな曲。

02.ポリコ

「カラフルな包み紙にくるまれたちょっと溶けかかったキャンディ」

見た目が可愛くて値段も手ごろ、なんとなく買ってしまう可愛い包み紙のキャンディ。自分で買うこともあるけど、居酒屋でもらったり、待合室に置いてあったり、大して仲良くない人がくれたり、人からもらうことも結構ある。その時食べたら美味しいキャンディも、気が付くとポケットやカバンの奥に転がっていて、溶けかかっているのを見つけるとうんざり。見た目は綺麗で可愛くても、中を開けたら本当はベトベトでぐずぐず。一見無害なおせっかいも実は中身は悪意に満ちていたり、可愛らしく着飾っても中身は変えられない、そんな曲。

03.二人の間

「町中華のカウンターで二人横に並んで啜るラーメン」

町の中華料理屋のラーメンには、ラーメン専門店にはない良さがある。味も美味しいし、サイドメニューが充実していたり、女将さんが優しかったり。カウンターでラーメンを食べるのは会話がなくても心地よい関係性の2人。「コショー取って」とか最低限の会話でラーメンをずるずる。店を出たら「案外美味しかったね」「そだね」ってちょっとだけ感想を言い合う。言葉じゃなくて、ムードでお互いが安心できる。そんな曲。

04.四季

「しょっちゅう食べてるココイチの豚しゃぶカレー」

カレーには欧風カレーやインドカレー、家庭のカレー、ココイチのカレー、とにかく色々あるけれど、それぞれに個性があって気分や季節で食べたいカレーは変わったりする。けどなんだか定期的に食べたくなるし、どれも美味しくてピリ辛な思い出がつまってる。何を食べようか迷ったときも、カレーを食べるとなんだかんだ結局安心してしまう。スプーン一本でがつがつと食べられて、子供も大好き、大人も大好き。カレーの前ではみんなちょっとピュアで童心に帰ってしまう、四季問わずいつも美味しい、そんな曲。

05.愛す

「青春真っ只中、優しい炭酸のカルピスソーダ」

ここはシンプルに「月見そば」といいたいところだけど、ぐっと我慢。この曲の主人公は健全に捻くれていて、好きな人に上手に「好き」と伝えられなくて、ちゃんと恋愛をしているように思う。カルピスは恋の味。だけどカルピスじゃちょっと物足りないから炭酸のきいたカルピスソーダ。カルピスソーダの炭酸はコーラや三ツ矢サイダーよりもずっと優しくて淡い。甘酸っぱく不器用に青春するのに年齢も関係ないよね、そんな曲。

06.しょうもな

「高速でミキサーをぶん回したけどバナナがごろっと残っているバナナジュース」

とにかく何かをぶん投げている。相手にも、自分自身にも。さすがに食べ物をぶん投げるわけにいかないけど、とにかく荒ぶったスピード感なんだよな、と思ったときに浮かんだバナナジュース。ミキサーが高速で回転して、さっきまであったバナナの形があっというまに潰されて回されてジュースになる。「だから言葉とは遊びだって言ってるじゃん」そんなこと言っても、何もかもを振り切るスピードでミキサーを回しても、尾崎世界観の歌詞とバナナの塊は絶対残ってる、ごろっと芯のあるそんな曲。

07.一生に一度愛してるよ

「ケチャップで大きなハートを書いた黄色いオムライス」

はじめて彼氏にオムライス出すとき、きっとみんな卵の上にメッセージとかハートを書くんじゃないだろうか。ふわふわの卵に包まれた優しい関係。それなのにいつのまにか他に気になる人ができたり、2人の関係がマンネリ化したりしてきて、オムライスの卵も雑な焼き方でメッセージなんて書けなくなってしまう。だけど本当は好きなんだ。なんだかんだ言って、やっぱり君のこと考えてる。言葉にするのはちょっと恥ずかしいし悔しいから、今日はケチャップで少し乱暴にハートを描いて出す。そんな曲。

08.ニガツノナミダ

「義理、と大きくプリントされたハートのチョコ」

バレンタインにしか使えないどうしようもないお菓子。義理チョコほど面倒なものはないけれど、大人同士の挨拶だと思えば仕方ないかと思ってとりあえず毎年チョコを買う。ハートの形にしばられるバレンタイン。だけど溶かせば同じチョコレート、2月14日を過ぎてもチョコは甘くておいしい。義理チョコをあげたらホワイトデーにお返しも期待できるから、それはそれで悪くない。そんな曲。

09.ナイトオンザプラネット

「眠れなくて夜に取り残された日のぬるいミルクティー」

なんだか寂しい、切ない、誰も私のことなんてわかってくれない、何のために頑張ってるのかもうよくわからない、そんな風に思ってしまう夜があるけれど、だからと言って誰かと話したいわけじゃない。強いて言うなら、夜にしがみついたまま自分の中の自分と話したいのかもしれない。自分が何かから取り残されたような、でもそれが何かは分からない漠然とした不安。2人のことを歌っている歌だけど、1人で布団にくるまってミルクティーをすすりながらひっそりと聞いて、優しくミルクで溶かして欲しい。少し覚めてぬるくなって

しまっても温めなおしたりなんかせず、そのままここにずるずると浸かっていたい、そんな曲。

10.しらす

「一人きりで向き合うしらすごはんとかつおぶし」

これはもうどう足掻いても、しらすごはんしか出てこない。あつあつのご飯の上に無数の命とその倍の数の目玉が光るしらすごはんと、猫が好きそうなかつおぶし。しらす1匹じゃ私のお腹はちっとも満たせないけど、お米に乗っかったしらすを見ているとあまりの命の多さに、「命を頂いている」という感覚がバグを起こしてしまう。お腹が膨れるという当たり前の幸せをきちんと噛みしめて、せめて自分が伝えられる相手には「ごちそうさま」をきちんと伝えよう、私は食べることで日々生きている。そんな曲。

11.なんか出てきちゃってる

「もりもりと色んな具がはいっている茶碗蒸し」

私は銀杏が苦手だ。母が作る茶わん蒸しには、日によって銀杏がランダムで入っていたり、入っていなかったりした。この「ランダム」が怖いところで、「今日の茶わん蒸しは大丈夫だな」と思って安心して食べていたら、器の底から銀杏が出てきちゃったりする。ある、ってわかっていたら身構えたり食べるタイミングをコントロールできるのに、ランダムだから怖い。人間関係も、第一印象がいい人でも実は悪意に満ちた人もいたりする。ねじがゆるんじゃった人に出会うのも偶然、ランダムだから選べなくて怖い。世の中に「せーの」は案外少ない、そんな曲。

12.キケンナアソビ

「深夜のコンビニで買うペラペラのポテトチップス」

ポテトチップスは美味しい。身体によくないと分かっているのについつい手を出して食べてしまう。毎日食べるのはキツイけど、お酒を飲んだときとか、ストレスで自暴自棄になってるときとか、なぜか分からないけど一気に一袋食べてしまってあとから自己嫌悪に陥る。あと一枚、ああやっぱりあともう一枚だけ。ダメだ、って理性で分かっているのにどうしようもないこともあって、ペラペラのポテトチップスの向こうに妙に自分の本能を感じたりする夜、そんな曲。

13.モノマネ

「ちょっと奮発して食べに行く高級焼肉」

焼き肉に行くと、お肉にの焼き加減にうるさい人がいたり、タレが何種類もあって混乱したり、話に夢中になってお肉が焦げたり、結構色んなドラマがある。本当はよく焼いたお肉が好きなんだけど、「レアのほうが美味しいから」と言われて仕方なくレアで食べる。できればもうちょっと焼いてから食べたかったな、と思うけど何となく言えない。相手のことを思って言わなかったのか、自分が嫌われたくないから言えなかったのか、今となってはもう分からない。なんであの時ちゃんと向き合わなかったんだろう。モノマネも焼き肉も1人じゃつまんない。そんな曲。

14.幽霊失格

「大量につくった、具のサイズがやたら大きいクリームシチュー」

私が社会人で彼がまだ学生だった頃、私の仕事中に彼が家に来て、サプライズでクリームシチューを作ってくれたことがあった。帰宅したら彼といい香りの部屋が待っていてとても幸せだったのに、くだらない喧嘩をして結局彼はシチューを食べずに帰ってしまった。彼はどんな気持ちでシチューを作ったんだろう、私はなんであんなことを言ってしまったんだろう、それにしても人参も玉ねぎも大きすぎる。そんなことを思いながら大量の作り置きを一人残された部屋で後悔と少しの懺悔とともに食べる。誰かと食べるはずだった食事をひとりで食べるのは、虚しくてすごく頼りない。そんな曲。

15.こんなに悲しいのに腹が鳴る

「あらゆる具を出汁でやさしく包み込む、おでんのつゆ」

大根、たまご、牛すじ、ちくわぶ、こんにゃく、たこ、はんぺん・・・おでんはめちゃくちゃ懐が深い。野菜だろうがお肉だろうが魚介だろうが関係なく、おでんのスープに浸かれば全部おでんになる。あらゆる具のおいしい出汁をしっかりを受け継いだおでんのつゆは最後にスープとして飲み干すと、からだがじーんと温まって、美味しい余韻が続く。どの具が欠けてもきっとこの味は出ない。たらふく食べたあとに、あともうちょっと飲みたい、優しい余韻を何度も楽しみたくておかわりしたくなる、そんな曲。

15曲、15食。エンタメが不要不急だと言われようが、食べることと音楽を聴くことは私にとっては幸せに直結するもの。毎日何かを食べるのと同じレベルで、私はクリープハイプを日々摂取して今日も生きている。自分に必要なものは自分で決めたいし、誰かの必要なものにも敬意を示せる人でありたい。大人になっても好きなものがあるって幸せだ。待ちに待っていた3年ぶりのアルバムをこれからもまだまだ咀嚼して味わい尽くします。


#ことばのおべんきょう


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