禄ちゃんのこと。
2023年5月31日午前0時。
禄ちゃんが亡くなりました。
心の整理がつかなくて、
言葉にして、認めたくなくて。
生前可愛がってくれたひとにも何も言えないまま、
あれよあれよと時間が経ってしまいました。
禄ちゃんはまだ一歳半でした。
もう、はやいとかの次元じゃないのよ。
今年の3月頃から体調を崩していて、
私自身、週の半分は実家に帰って一緒に過ごしていました。
最期まで病名は付かず、
禄自身も私たち家族も
ゴールの見えない果てしない持久走を走らされているようで
苦しい場面も多くあったのだけど、
苦しいくらい、わたしは全然、
なんてことなかった。
大変さくらい、背負わせ続けて欲しかった。
大丈夫だよ何てことないよと声をかけ続けたけれど、
禄にとってはきっと苦し過ぎたんだね。
ごめんね。
禄ちゃん、禄ちゃん。
朝目が覚めるたびに、
目をキラキラと輝かせたあなたが
へっへへっへ言いながら部屋に遊びに来て、
私のベッドへ勢いよく飛び乗って来る様子を
ひとり、夢想してしまいます。
ソファでテレビを眺めるたびに、
ふんっと鼻をひとつ鳴らしてから
少し不満そうにぺたんと私の足の甲に顎を乗せる、
あなたのひげの感覚を思い出してしまいます。
どこにもいないお昼寝をするあなたを起こさないように、
鍵を開ける時も歩く時も
極力音を立てずにそろりそろりと移動してしまいます。
ついゲージを見てしまうし、
無意味に呼んでしまうし、
カーテン裏を探してしまうし、
声がした気がして振り向いてしまうし、
エレベーターではペット乗車のボタンを流れで押してしまいます。
もっと一緒にいたかったな。
もっと沢山遊びたかったな。
もっと色んな景色を見せたかったな。
もっと美味しいものを色々食べて欲しかったな。
何よりもっと、
抱きしめたかったな。
禄ちゃんの形や感触や温度や匂いがこの世界にないことがすごく不思議で、
六角形の白い袋に入った骨壷を抱いて外を見せたり、
ベッドで一緒にすごしたり、
紐の結び目を鼻だと言い張って撫でたり、
ひとに見られたらやばいなあと思うことばかり、日々してしまいます。
(やばい自覚があるので、大丈夫です。)
前を向かなくては、とは思うのだけど、
なかなか難しいですね。
いつか向ける日が来るのかなあ。
あんまり想像が、つかないな。
仕事や諸々のタスクをこなしている時間以外は
気が付けばさめざめと泣いていて、
何だか常に空洞を抱えているような感じです。
空洞だから、何にもなくて、
スカスカぽっかり、軽いのです。
その軽さがまた、悲しいのです。
ああ、燃やしたくなかったな。
ずっとそのままで、冷えても腐っても、
側にいて欲しかったな。
今はただただ、
禄ちゃんが生まれてからの時間より、
いなくなってからの時間のほうが長くなる未来が悲しくて仕方がない。はあ、悲しいなあ。
ああ、書いてみたけど
やっぱりまとまらなかったな。
なんでこんな風にまとまらないのにテキストにしたのかと言うと、
甘え下手な私なりの甘えだったのだと思います。
誰にもうまく言えなくて、
こんな折にもにこにこして。
ひとりじゃ頑張りきれなくて、
こっそり言葉に、泣きつきました。
見つけてここまで読んでくれたあなたには、
感謝しかないです。
ありがとう。
そして何よりも。
禄ちゃん。
うちに来てくれてありがとう。
楽しかったかな、
幸せだったかな、
嫌なところは、なかったかな。
私は、出会った日から、
あなたしか考えられなかったよ。
ああ、愛が重かったかなあ。
ずっとずっと大好きだよ。
ずっとずっと大好き。
いつでも戻っておいで。
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