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003

「……ん?」

 ふと気が付くと、広い倉庫のような場所にいた。

 ずっとこの場所で呆然としていたような、少し前まで別のことをしていたような奇妙な感覚が残っているが視界に入るものすべてに見覚えが無い。
 真っ白な壁と床が広がっており、大型の無人機が10機ぐらいは収容できる大きさだが無人機どころか何も置かれておらず何処か遠くでエンジンのモーター音が聞こえる以外は静まり返っている。

(こんなに静かなのもいつぶりかな――)

 周囲を見渡しながら、自分の記憶を辿ろうとして辿ることができないことに気が付いた。

「……んんっ?」

 ほんの僅かな違和感だったものが強い違和感に変わっていくのを感じる。記憶を辿ろうにも自分の名前も含めて思い出すことができない。
 身に着けているアーマーはメガコーポ製の中距離戦闘特化型でそれなりに値の張る装備だがどこで手に入れたのか思い出せない。装備の情報はすらすらと思い浮かぶのに記憶に霞がかかったかのように、どのようにしてその情報を知ったのかがわからない。特に自分の名前が出てこないことに違和感と焦燥感が混ざったような気持ちになる。
 何とか自分が知っていることから思い出そうと頭を抱えて唸っていると、背後に気配を感じて飛び退くように振り返りながら下がり、いつもアーマーの背中に固定しているはずのアサルトライフルを取ろうとして取れず、同時に自分が丸腰なことに気が付いた。銃どころか、アーマーに収納されているはずのナイフやスタングレネードも無くなっている。

「おや、自分探しはもう良いのかい?」

 目の前には少し驚いたような表情の少女が立っていた。……どことなくその顔に見覚えがあるような気がするが思い出せない。

「足音を消して近づいたのに気付かれるとは、やはり君は中々の手練れだな」

「ああ……いや…」

 やや仰々しく拍手してくる相手に面食らい曖昧な返事をしてしまったが、こちらの反応を気にすることなく近くにあるドアに向かいながらその少女は話を続けてくる。

「今、此処にいる君が自分のことについて思い出せないのは正常な状態だ。思い出す方法があるから少し遠いが付いて来てくれ、我々も君に思い出してもらった方が何かと都合がいい。そうだ、折角だし名乗っておこうか」

 歩きながらこちらに振り向く少女の翠色の瞳が微かに点滅しているように見える。

「――バエルだ。改めてよろしく」


 バエルと名乗った少女に案内され、複雑な通路を迷いなく進んでいく。目的の場所は遠いらしく、道すがら今居る場所について説明を受けたのだがほとんど理解できなかった。
 ここは『ごえてぃあ』という名前の探査船で、『れめげとん』と呼ばれる本の海を進む5隻の巨大な船の1隻だという。現在、『れめげとん』にて大きな問題が発生したため探査を中断、座標を固定して待機中なのだという。

「本の…海?」

「人類文明とともに発生した未知の領域だ。深淵などと呼ばれることもあるな」

「?」

「…ふむ、これはあれだな。説明すればするほど知らない単語が出てきて混乱する流れだな?要するに……おや、あれは」

 少し遠くの曲がり角から小柄な人影が姿を現し、こちらに近づいてくるのに気付いた。

「やっほー、バエル」

「バラム、王に会いに来ていたのか?」

「うん、探査が中断されてから暇そうだったし。それに…あれ、んんん?名前が消えてる!?」

 その少女は気怠げな様子から一転して驚愕の表情でこちらに駆け寄ってきた。およそ人間が出せる速度とは思えない速さで目の前に一瞬で現れたように見えたため本能的に身構えてしまったが、こちらの様子など気にすることなくどうやら俺の名前を呼ぼうとして出来ずに驚いているようだった。

「ねぇバエル、これってあの子の能力だよね?」

「根本的な部分は同じかもしれないが、別の原因だな。だいたい、『生身の人間』が何のリスクもなくこの場所に来れる道理はないだろう?」

「…それもそっかぁ」

 バラムと呼ばれたその少女はバエルの言葉で納得したらしく、しかしずっとこちらを見つめ続けている。その顔は表情の違いこそあれバエルと瓜二つだった。

「じゃあ、再会のアイサツは名前を取り戻してからだね!またねっ!」

 言葉を言い終わるころにはバラムの姿は遠くの通路を曲がって消えていくところだった。

「やれやれ、相変わらずせっかちな性分だな。さて、この通路を曲がった先にこの船の艦橋があってね、君の記憶を戻せる者がいるんだ」

 通路を曲がった先には艦橋の出入り口というよりは厳重に何かを閉じ込めているかのような、鎖で幾重にも塞がれた特殊な形状の大きなドアがあった。バエルがドアに張り巡らされた鎖に触れると大きな音を立てながら無数の鎖が何かに引っ張られるように消えていく。

「邪魔するぞ、ソロモン王」

 その場所は大きなホールになっており、中央に円形の機械が設置され奥の椅子に誰かが座ってるようだった。

「…あら?あらあら!久しぶりねバエル。今日は訪ねて来てくれる人が多くて嬉しいわ」

 豪華な装飾で飾られた、玉座の様な椅子から無数に伸びている大小様々な大きさのケーブルに繋がれている女性と目が合った。

「……シバ、まさか貴方と再び会えるなんて」

 その言葉を、名前を聞いた瞬間、空回りし続けていた歯車がピッタリとかみ合うようにあやふやになっていた記憶が戻ってきた。

 ――そうだ、俺はシバ。シバ・ニカウル。

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