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#08 - お客様からの突然の問いかけ

システムズエンジニアとして自分の仕事の仕方が確立し始めていた頃、そう、主任になった頃でチームリーダーみたいな役割を担っている頃だった。数人のメンバーで、お客様のITインフラの構築支援などを懸命に実施していた。

メインフレームのインフラの導入支援、データベースの導入や定義の支援、オンラインシステムの導入や定義の支援、本番システムに障害が起こらないようにする保守の支援、障害が起こった時の復旧支援、システムのデザインに対する相談窓口など実施している内容をあげればキリがないが、一言で言うと、ITに関してお客様からの相談やお客様を支援する総合窓口みたいな仕事だった。

全ての作業において、「支援」と付けているのは、その仕事の責任がお客様にあるということである。小難しい契約の話で言えば、「準委任契約」による作業の提供だ。この契約形態は、信頼関係ができているサービス提供者とお客様の間であれば、最も有効でコストパフォーマンスのいい契約形態だと思う。成果物責任を負わない契約形態であるため、サービス提供側はほとんどリスクを取る必要がなくなり、サービス料金を下げることができる。しかし、いい加減な仕事では品質が悪くなり、次の仕事は無くなってしまう。よって、強い信頼関係があり、品質も任せて安心なサービス提供者との間の契約は、「準委任契約」がお得だと私は思う。一方、「請負契約」の場合は、成果物責任を追うことになるので瑕疵期間を設けることになる。いわゆる無料で修正する保証期間である。そうなると当然、サービス料金は高くなる傾向にある。発注側としては、完全に任せてしまうような大きな案件には逆にこちらの方がいいかも知れない。

準委任契約に基づいたサービスをお客様に提供しているときのことである。お客様のIT部門の課長さんから飲みの誘いが私の上司に対して入った。すると、上司から「一緒に参加するか?」と言われ、一度も一緒に飲みに行ったことがなかったお客様だったので、二つ返事で「行きます」と返事した。

待ち合わせ場所は、小さな小料理屋さん風の居酒屋のカウンターだった。待ち合わせ時間のちょっと前について待っていようと思い、お店に入ったら既にお客様はカウンターに座っていた。まだ、私の上司は来ていない。私の上司のお客様は長い付き合いなので気心が知れているようだった。お客様から「こっちへどうぞ」と言われ、お客様右側の席に座った。私の上司が来たら一番端っこのお客様の左側の席に座るようだ。お通しとお箸がセットされていた。

私は、席につきながら挨拶した。

「失礼します。お邪魔ではありませんでしたか」
「あなたの上司とはいつも飲んでるからたまには若いSEさんと話したかったんですよ。だから私の方からお願いしたんです。気楽に話しましょう」
「ありがとうございます。」

カウンター越しにおしぼりが来たので、受け取っているとお客様から切り出された。

「酔っ払う前に聞いておきたいことがあるんですよ」
「はい、なんでしょう」
「SEという仕事にとって大切なことはなんだと感じてますか?」

お酒を飲む前にしては重たい質問である。まるで面接を受けているようだった。
しかし、常々思っていることはあったのですかさず回答した。

「私は、センスだと思います」
「ん、センス? 予想外の回答ですね。どういうことですか?」
「はい、私たちの仕事は、お客様の業務システムを如何に安定稼働し続けるように全力でサポートすることですが、それでもトラブルは発生してしまいます」
「うん、そうですね。頭が痛いことに時々ダウンしますね」
「はい、そんな時にSEのセンスが表れてくるのだと思っています」
「ほう、トラブった時に? 大抵は問題の箇所を追求するんじゃないの?」
「はい、もちろん一時切り分けとして問題の箇所の把握は大切なのですが、最も大切なことは、業務の復旧ですよね。なので、その時に3つ程度の復旧案を示すことができて、お客様に選択肢を示せることがSEとしてのセンスだと思っているんです。もちろんそこで出した選択肢を決定するためにはお客様と一緒になって考えることもさせてもらいます。その時の選択肢の中は、IT的な解決策だけではなく、業務部門に再度入力依頼をするとか、しばらくは紙の伝票で処理をして後からシステムに入力するなどの人力による復旧策を含めて考え出せるかということだと思います。どんな手段でもいいから業務復旧を最優先に考えて対策を出せるかということだと思っています」
「なるほど。一理ありますね。我々としては業務停止を最小限にしたいので」

そこに上司が表れて、お客様の左隣に着席した。

「なんの話で盛り上がっていたんですか?」
「いやいや、若いSEさんに教えを請うていたんですよ。ねっ」
「あ、いえ。教えだなんて。自分のモットーというか思っていることを話しただけです」

そこへちょうど日本酒の熱燗が出てきた。私の上司は熱燗しか飲まないのである。きっとお客様が手配しておいたのではと思った。あまりにも熱燗が出されるタイミングが良すぎたので。それからは、ひとしきり、人の育成は難しいとか、課長のことなんて考えてるやつが少ないとかという話で盛り上がっていた。

後になって上司からの話では、当時お客様の課長さんは、自分の部下であるSEさん達をどのように育てればいいのか、どんな目標設定をさせるべきなのかということで悩んでいたのだということと、私との時間を作るためにちょっと遅れて到着するようにお店に行ったということを聞かされた。それであんな質問がいきなり出てきたのかと納得すると同時に、今までは自分自身のこととしてしか考えていなかったことが、「そうか、人の上に立つということはこんなことも悩んで道筋を作る努力をしなければならないんだ」ということを感じ取った瞬間だった。

この後、チームで仕事をしていてトラブルが発生した時は、まず何をすべきかということをチームメンバーに問いかけ、問題を切り分ける担当、ITとして代替策を検討する担当、業務内容を確認して業務として代替策を検討する担当というふうに役割分担をして動くように変わった。もちろん、この担当にはお客様のSEさんも加わってもらった。こうして私自身にSEの育て方の基本が身についていった。

あの時のお客様の問いかけは、若かった私にとって自分のことから周りのことも同時に考えるという思考回路に切り替えてくれたのである。

考えてみれば、「SEとって大切なのはセンスだ」と言ってもその後の説明がなければなんのことかわからない。自分自身に言い聞かせる分にはいいのだが、自分のチームや部下にメッセージする時には、一考の余地がある。後にこのことは、自分で部門を引っ張るようになった時に、部門のスローガン、目標と施策という形でその内容に盛り込むように変わっていったのである。


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松浦 照葉 (てりは)
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