ト長調なのにハ長調っぽい、でもハ長調じゃない(教会旋法)
ト長調の曲なのに、なんかやたらとFisにナチュラルが付いていて、臨時記号でハ長調に転調してるように見えるけど、最後はきれいにGで終わっているような曲に出会ったことはないだろうか。もしかしたらそれは教会旋法かもしれない。
教会旋法の説明をする前に、少し音階というものを整理しておきたいと思う。まず、ピアノの鍵盤を思い浮かべて欲しい。黒いのと白いのが並んでいて、黒いのは二つ山・三つ山が交互に規則正しく並んでいる。この、山と山の間の平野になっているところで切ると、白黒まとめて数えて5個・7個の鍵盤がある。合わせて12個の鍵盤が規則正しく繰り返されている。そして、二つのお山の左手前がCという音なのであった。
本当は「鍵」(key)を数えるのだが、「かぎ」だか「けん」だか分からんようになるので、ここでは「鍵盤」(本来はkeyboard)で通すことにする。
ある鍵盤から、12個先の、つまり山に対して同じ位置にある鍵盤を弾くと、なんか同じ音に聞こえる。これを1オクターブ(完全8度)という。そして、この1オクターブの12個の鍵盤の中から好きな数だけ鍵盤を選んで、音の高さ順に並べたものを音階という。
選んでくる音の数は近代の西洋音楽では7個であることが多いが、伝統的な日本の音楽では5個のことが多い。別に8個や4個でもいい。ただし、一度鍵盤を選んだら、次のオクターブも同じ鍵盤を並べなければならない。鍵盤の選び方によって音階が変わるから、音階の種類は意外と多いということだ。
数ある音階のうち、白い鍵盤をすべて選んだ音階を全音階という。英語ではdiatonic scale(ダイアトニックスケール)と言う。似たような言葉で全音音階というのがあるが、これは全音間隔で6個の音を選んだ音階で、英語ではwhole tone scaleであり、まったく別物である。
以前、黒鍵と白鍵を入れ替えて移動ドのピアノを作る話をした。もし、黒鍵と白鍵を入れ替えて白鍵だけの音階にできるなら、それも全音階である。移動ドピアノは一種の移調楽器と考えられるが、12種類の移調ピアノを作った時に、どれかひとつでも、白鍵だけで今作った音階を弾けるなら、それも全音階ということである。お山の形から、全音と半音の配置が肝であることが分かるだろう。いわゆる、全全半全全全半、というやつである。
さて、この段階ではまだドレミが出てきていない。長調も短調も出てきていない。移調して白鍵だけになった各音に名前を付けよう。お察しの通り、二つのお山の左手前からド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ、と名付ける。念のためにもう一度いっておくと、移調して白鍵だけになった音階に名前をつけているので、これは移動ドである。
そして、全音階をドから弾いた音階を長音階、ラから弾いた音階を(自然)短音階という。もし、移調してドがEsになっているピアノのドから、白鍵だけを弾いた音階だったなら、Es dur(変ホ長調)と言うわけだ。
…あれ? なんで「ド」と「ラ」なの? そんなに偉いの?
実はドやラから始めなければいけない理由はない。実際にドやラ以外の音から始めた音階にも名前が付いている。
レから始めた音階: ドリア旋法
ミから始めた音階: フリギア旋法
ファから始めた音階: リディア旋法
ソから始めた音階: ミクソリディア旋法
シから始めた音階: ロクリア旋法
実はドとラから始まる音階にも別名が付いている。
ドから始めた音階=長音階: イオニア旋法
ラから始めた音階=短音階: エオリア旋法
これらをまとめて教会旋法という。いきなり七つ出てきて覚えるのが大変に見えるが、イオニア・エオリアは長調・短調で、ロクリアはほとんど使われず、ミクソリディアはリディアに接頭語が付いただけなので、実用上、覚えるのは3個だけである。
タイトルになっている調はミクソリディア旋法である。ソから始まる音階を長音階にしようと思うと、ファをシャープにしなければならない。しかし、ミクソリディアのファにはシャープが付いておらず、長音階に比べて半音低いわけだ。
ドシドミレド
という旋律をそのままソからに移すと、
ソファソシラソ
になるが、ちょっと味のある感じで旋律が成立していて、なおかつソの音が主音になっていることが分かるだろう。
ソが主音でファが半音低くなった結果なのだから、主音がドになるように移調するとシにフラットが付いて
ドシ♭ドミレド
になる。臨時記号が調号を使えば、ちゃんとドを主音にすることもできるわけだ。