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山下宏明「カッコウの卵は誰のもの」~才能とか素質とか

もう10年ほど前のことになりますが,気のおけない友人たちとの食事の席で,共通の知り合いのお子さんである生徒さんの話になり,
「その子は素質がありそうですか」
と尋ねられたことがあります。

「素質?」

その言葉に私はちょっと思考停止状態になってしまいました。
会話の流れの中での何の気なしの質問で,その場はそのまま流れて行ってしまいましたが,私はその晩ずっとそのことを考えていました。

あの時,なんですぐに
「素質ありますよ!将来が楽しみです♪」
と言えなかったんだろう。
自分はその子のことをどう見ているんだろう。

と,なんだか申し訳ない気持ちになって。

でも考えているうちに気づいたのです。

自分は今まで,生徒たちを見て
「この子は素質があるかどうか」
ということを考えたことがない,ということに。

そしてそもそも自分についてさえ,ピアノを習い始めてからこのかた,
「素質がある」
などと思ったことはただの一度もなく,
むしろ自分には“素質”だの”才能”だのはかけらもない,
と思っていることにも。

そのことに初めて気づいた,というより,ずっとそう思ってきたので,
改めてそのことを尋ねられた時に,とっさに説明できなかったのかもしれません。
自分にとってはあまりに当たり前すぎる考えとかけ離れたことだったから。

”素質”も”才能”もないのにやる意味あるのか,
お金と時間の無駄じゃないのか,
もっと向いていることを探したほうがいいんじゃないか,
と思われるかもしれませんが。

曲がりなりにもピアノ教室を開いているのに
自分には”素質”も”才能”もないなんて無責任かしら…
という気もしつつ。

でもそれが事実なのです。

でも,じゃあなんでピアノを弾いてるの,教えてるの,
と言われたら答えは決まってます。

好きだから。楽しいから。

音楽がくれる喜び。
つたなくても自分で美しい,と思える音が出た時の嬉しさ。
胸がきゅんとなるような曲に出会った時の幸福。

そんな瞬間を味わいたくて,味わってもらいたくてこの仕事をしています。

後悔すべきは,あの時,なんでそう言えなかったんだろう!ということ。
思考をまとめるのが遅すぎる自分にがっかり。

才能より素質より,好きという気持ちを大事にしてきた,というわけですが。(じゃあほかの何かに才能があるのかって言っても思い当たりませんけど)

好きっていう気持ちは不思議です。
思い起こせば小学4年生の時,初めてベートーヴェンの月光第1楽章に惚れて以来,ハマるのはどうも短調の切ない曲が多いです。

今回の曲,
山下宏明さんの「カッコウの卵は誰のもの」メインテーマ も
そんなに複雑なつくりじゃないのですが,それこそ胸がきゅんとする感じで,すごく好き。すごーく好き。

でもyoutubeを見ても演奏動画はほとんどなく。楽譜もなく。
少なくとも流行りの人気の曲ではない。
だけどそんなの関係ない。
自分にとっては久々のヒット!いやホームラン!な出会いなんです。

どうしても弾きたくて,楽譜が見つけられなかったので,耳コピで譜面を起こして練習しました。

この曲がエンディングテーマになっているのは東野圭吾さんの同名小説のドラマです。

原作はサスペンス要素が強かった記憶がありますが,
ドラマではそれこそ才能や素質と,努力とか気持ちとかとのはざまで揺れ動く若いアスリートたちの葛藤がよく描かれていました。

主人公は土屋太鳳さん演じる若手スキーヤー,緋田風美。
プロスキーヤーだった父親に幼い時から育てられ,期待の新星として注目される存在です。

対して全くスキーと関係ない生活をしていたのにもかかわらず,遺伝子情報から素質があると見込まれ,やりたくもないスキー練習に臨む高校生,鳥越 伸吾を高杉真宙さんが演じていました。

二人とも遺伝子的にはものすごく才能が,素質があると言われているわけですが,風美は父の教えもあり,
「スポーツは努力と結果。才能なんて関係ない。私は努力でここまできた」
と言います。

伸吾は本当は音楽が好きで,でも家の事情で仕方なく父親の就職と引き換えにスキーヤーへの道を歩かされ(ほとんど身売り),才能はあってもやる気はなく,全く結果が出ません。

そんな二人が風美の出生の秘密をめぐる事件に巻き込まれる中で,
「どうしてスキーするのか」
ということと向き合って自分の道を見つけていく,というのがサスペンス要素以外の見どころでした。

結局,好きっていう気持ちが一番強いんだなぁ,と思います。

ぜーんぜんやる気を見せなかった子が,弾きたい曲を見つけたとたんにスイッチが入る,ということはよくあります。

そんなに弾けたのか!とこっちがびっくりするくらい。

前述の生徒さんもそのタイプ。10年たった今では10ページくらいある難曲でも弾きたいと言ってどんどん弾いています。
レッスンの課題以外でも自分でいろんな曲にトライして。

それも,同じくピアノを弾く人である私の妹に
「藤井風になれるよ」(←彼女がファン)
と言わしめるくらいの繊細な音色で。
それはそれは美しい音を出してくれます。

弾きたい気持ちがあるか,そして弾くかどうか。どれだけ打ち込むか。
素質も才能も,そんなに関係ないよなぁとやっぱり思うのです。

つまり,「好きこそものの上手なれ」というわけですから,
ことわざというのは全くその通りですね。

というわけで,いつか誰かに言いたいと思っていたことを書けました。
最後までお読みいただき,ありがとうございます。
良ければ演奏も聴いてやってください。
弾きたい方には楽譜も配信していますのでぜひ。


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