死神246
おれの名前は死神246。
人はおれたちの仕事を誤解している。
おれたちはあくまで「死を見届ける」ことが仕事なだけで、人の命を奪うことではない。正直、そんなに派手な仕事ではないし、それほど有意義な仕事ではないかもしれない。
でも、仕事ってそんなものだろ?
おれは昨日までずっと寝たきり老人の死を待っていた。そして、今日の明け方、ようやくそのじいさんは事切れた。それほど苦しんだ様子もなかったし、80歳を過ぎていたので大往生ってやつだ。
たいていの場合は1週間か10日かそこらで死ぬ予定の人間の周りをうろつき、予定通りにきちんと死が訪れるか見届けるのが決まりだ。だが、そのじいさんのときはなぜかなかなか死が訪れず、おれはやきもきした。
原因はじいさんの孫だ。
娘夫婦とずっと同居していたじいさんは孫を可愛がり、その孫もじいさんに随分と懐いていた。人の気持ちってやつは厄介なものだ。その孫がじいさんを思う気持ちが強すぎて、じいさんもなかなか死ねなかったわけだ。
最後にはようやく穏やかな死が訪れたが、随分と骨を折った。今日はさしずめ夜勤あがりみたいなものだ。おれたちは寝ることはないが、それでも体を休める必要はある。
だから、今日は1日ゆっくりする予定だった。
それがこの男のせいで予定が狂った。
朝7時、まばゆいばかりの朝日が差し込む公園で、この男は事もあろうに首吊り自殺をしようとしている。この公園は公園と呼ぶにはちょっと巨大なしろもので、木が鬱蒼と茂っており、そのせいで死角が多いので確かに首吊りにはうってつけといえる。
数十年前にもたしか男が一人、首吊りをしたことがあるが・・・・あれはたしかおれの担当ではなかったはずだ。
ふだんのおれならば、きっとこの男のことは無視しただろう。関係のない人間の死なんて興味はない。
おれにとって、死は2種類しか存在しない。
おれが担当の死か、そうではないかだ。
でも、おれのなかでこの男のなにかが引っかかった。たぶん、じいさんの孫の強烈な想念にずっと触れていたせいで、感化されたのかもしれない。この男に死んでほしくないとまでは思わなかったが、今日だけは無駄な死を見たくなかった。
「よう、おまえ死ぬのか?」
「あ、あんただれ?いつのまにここに?」
おれたち死神は人の気配を消すことが得意だ。自慢にもならない特技だが、このときは役に立った。
「おれはただの通りすがりの人間だけどな、朝っぱらから死ぬことはないだろう」
「関係ないだろ、ほっておいてくれ」
たしかにそうだとは思ったし、そうあるべきだったはずだ。だが、この日のおれは、たぶんやはりじいさんの孫の感情に当てられ、どうかしていた。
「生きて!死なないで!」
シンプルだし、普通に生きている人間なんてこんな感情とは無縁だろう。でも、じいさんの孫は起きているときも寝ているときもただひたすらじいさんのことを思い、生きることを願った。
願いは叶う?
そんなわけはないが、それでもどこかやはりおれの心を打ったのはたしかだ。
「おまえの死を願っていないやつはいるはずだろ?どうして、その人たちのために生きない?」
「ばかか、おまえは?そんなやつはいないよ。おれは誰からも必要とされない・・・・そんな人生を生きて来た。だから、いまさら後悔はない」
おれはこの男の人生をスキャンした。
事細かにこの男が生まれてから今までの人生の出来事を見たが、この男の生を願っている人間はたしかにいなかった。
おれは理解した。
こいつはおれで、おれはこいつだ。
おれは死神246。
人はおれたちの仕事を誤解している。そしておれたち死神も自分たちの本当の仕事を理解していなかったらしい。おれたちはさしずめ「生きる」ために死神をやっているのかもしれない。
じいさんの孫のように、自分の人生を引き換えにしてでも、誰かの命を助けたいと思う願い。そんな思いをおれらは理解する必要があり、また誰かにそのように思われる人生を送る人間をつぶさに観察し、理解する必要がある。
そして、いずれはそんな人間として今度は生きる意味がある。
死神247もおれがどうして、あいつをあの公園で死神としてスカウトしたか理解するときが来るだろう。だが、まあ自分の仕事の本来の意味なんて誰もわかってはいない。
でも、仕事ってそんなもんだろう?