(三) しょせん、犬は犬
ついに東京で面会したNさんは新進気鋭のベンチャー会社の社長らしからぬ朴訥とした印象の人物で、風貌も柔道界のレジェンド山下泰裕に似ている。年齢も確か同級生か僕より一つ上の同世代で話も合った。バブル崩壊の影響をモロに受けて厳しい就職難を経験している僕らはロスジェネ世代と呼ばれ、あまり他人を信用せず、独立心も強いと言われている。だが、実際は現実の大きな壁に阻まれ、同じ考えを共有していると思ってきた仲間たちが、それまで忌み嫌ってきた仕事をしないバブル世代の上司へこびへつらうようになっていく様をイヤというほど見てきた。
言葉の端々からNさんもまだあっち側にいってない同志なんだという勇気のような安心感のようなものを感じた。
会社は最初3人の仲間で始めたらしいが、今はバラバラになってしまっている。事業も広がりを見せてきていて自分だけでは管理が難しくなってきているので片腕になってくれる人物を探している。ゆくゆくは株の分配を前提に会社に参画して欲しいというのが先方の主旨だった。後述談で他人に語るにはとても良いストーリーが出来ている。
そこまで言うなら、給料は半分でいいから3年間で事業を軌道に乗せたら保有株式の20%を分けてくれと打診してみた。相手は一瞬フッと驚いた表情を見せた後、最初からそんなリスクを冒す必要はないからまずは社員として参画してくれないかとの返答。
心の奥底でザワザワと囁きがこだまする。僕を試したいというなら、こちらの提案は向こうにとっても都合が良いはずだ。契約社員だから気に食わなきゃテキトーな理由を付けて切り捨てれば良い。
僕は涼しい顔で答えた
「僕が給与にこだわらないのはお金そのものよりもお金を作る仕組みが欲しいからです。一般の転職という事であれば、大企業からベンチャーに鞍替えする立場になるので、現在貰っている額より〇〇〇万円ほど上げていただかないと割に合わないです」
Nさんは 「わかりました。すぐ検討します」と即答した。流石のスピード感。お手並み拝見。
それから2日ほど経過して条件の提案がメールで送付されてきた。内容は基本の額面についてはこちらの要求通りだったものの、その内○○○万円についてはボーナスの査定によるというただし書きが付いていた。
あらかじめ出来レースで給与の減額を示唆してきたのか、はたまたこちらにも主導権はあるんだぞという沽券に関わる主張なのか表情が透けて見える。
「ご連絡ありがとうございます。もし私が本気で自分の右腕になる人物を探しているならこの手にひっかかる人を採用しません。」
とだけ書いて返信ボタンを押した。一週間後、とても慌てた文面が再びメールボックスで開示された。
「大変失礼しました。他の役員の了承を取るのに時間を要しました。野田さんの条件を全面的に受諾するので再考頂けませんか?」
むなしいというか、この人多分モテないだろうな~という全く別の感情が沸き起こる。
「こうゆう展開になった以上、お互いにとって良い始まりにも終わりにもならないと思いますのでこの度の機会は見送らせて頂きます。」
これが自分からの最後のメッセージになった。その後もラインなどで2~3回コンタクトがあったが無視した。なんか女みたいだな、俺。
この事がきっかけで大きな教訓を得つつあった。能力や実績を人は評価していると思いがちだが、これは勘違いで人間は自分にとっての都合しか見ていない。つまりその実績や能力がその人にとってどう有利に機能するかの方がはるかに重要なのだ。性格の良し悪しやバカさ加減もケースバイケースで武器にもなるし毒にもなる。
僕の場合は認められようとしたからナメられたのだ。いい加減気付かないといけない。自分でいたいなら、誰かに寄りかかってはいけない。いつも心にどこかにあった独立がようやく蜃気楼を抜けて自分の前に立ちはだかろうとしていた。
逃げ道はないし、結局これも無意識の自分が選んでここまで運んでくれたんだ。はぁ~、ダリぃけどまたひと勝負しないといけないのか。
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