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「すべての人に重要なライフがある」 小室淑恵さんが重要視する多様な働き方とは

 多くの女性が「隠れ我慢」を抱えているといわれています。
 「隠れ我慢」とは、不調を我慢して仕事や家事をしてしまうこと。ツムラが実施した調査では、全国20~50代女性の約8割が「隠れ我慢」を抱えながら日々過ごしていることが分かりました。
 株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんは、完璧主義で責任感の強い女性が「新たな我慢層になっている」と言います。

すべての人に重要なライフがある

──小室さんご自身は「隠れ我慢」をしたこと、ありますか?

 産後3週間で復帰して起業したので、その時期は我慢しっぱなしで本当に大変でした。2時間おきに授乳し、フラフラになりながら日中は経営者として振る舞い、睡眠不足でメンタルの状態が悪化して……。少しのことで深く傷ついたり、口調が厳しくなったりもしました。自分が大変だとうまく伝えられなかったため周囲も事情が分からず、その結果また自分が傷つくといった悪循環が起きていましたね。

──その状況を、どう打破しましたか?

 なるべく早い段階で周囲に状況の共有をするようになりました。それと同時に、会社のメンバーとの日常の会話量を増やしていきました。自分がつらいことや大変なことって、普段の会話量が少ない中で言うのはハードルが高くなりますよね。いつでも何でも話せる関係になれるように、普段から何げない会話をしながら「お子さんは大丈夫?」「今日は体調つらくない?」など、ちょっとでもつらいことや大変そうなことがあればどんどん聞くようにしていったんです。

 そうした経験から生まれたのが、私たちが提供するソリューションの一つ「朝メールドットコム」というアプリです。朝イチで上司や同僚に一日の業務報告をする仕組みなのですが、そこにコメント欄がついていて、「今日はちょっと頭痛です」「もしかしたら午後くらいに保育園からお熱コールが来るかもしれません」といった普段の何げない状況も共有できるんです。そうすると、周囲も急にメールの返事が来なくなっても「体調悪化したのかも」「お熱コールが来ちゃったのかも」と気付けるようになります。

 これまでは直接顔を見て「体調が悪そう」「大変そう」と理解できていたのがリモートワークで見えなくなりましたよね。そうした課題にも適応できる利点もあり、コロナ禍でこのアプリの導入が7倍に増えました。

──その他にも取り入れている仕組みや制度はありますか?

 さまざま取り入れていますが特に大事にしているのは「理由を言わずに取れる休み」です。休む理由を全く言わなくていいお休みとして15分単位で使え、弊社ではこれが有給休暇の他に年間36日間分あります。体調が悪い日の当日の朝にもすぐ使ったりできますし、例えば介護をしている人は朝夜と施設への送り迎えの時間として30分ずつ使ったり。あとは不妊治療をしている人は理由が言いづらいこともあるので、こうした休みは使いやすいです。また、この休みをまとめて使ってアメリカ横断旅行に行った人もいました。

──「理由を言わなくていい」からこそ自分にとって大事なことに使えますね。

 はい。その上で大切なのは「すべての人にライフがある」と理解することです。育児と介護だけではなく、すべての人にそれぞれにとって大事なライフがあります。例えば「資格を取りたい」も、当事者のライフにとっては重要な出来事です。でも「ライフ感の格差」みたいなのができてしまって、育児と介護だけが優遇されているように思われてしまう。ですので、こういう休みがあれば、誰でも自分のライフを大事にすることができます。

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 これまでは組織の中で、事情を言い出せる人から言い出せない人に仕事を水平移動させてしまい、しこりになってしまっていました。なので、すべての人のライフが平等に扱われるために新しい制度を入れると考えるようにすれば、組織も円滑に運営されて生産性向上にもつながります。

 また、これからの日本では育児や介護などさまざまな事情を抱えながら働く人が多数派になります。「1億総我慢国」とも言えるほど、みんな何かに我慢をするのが当たり前。だからこそ、「自分の我慢は特殊じゃない」と思うことが大切です。本当は誰の我慢も特殊じゃないのに、みんなで隠し合ってしまう。でも、つらいときのタイミングが違うだけで、みんな何かしらの我慢をしています。そう理解するとお互いの相互理解も進むのではないかと思います。

── 仕組み化で解決できることもありますよね。一方で、ツール導入をしてもカルチャーやトップが変わらないと変化が浸透しないといった壁もあります。

 そうですね。だからこそ、私は自分から率先して周囲に声を掛けにいきます。私自身、自分がつらかったときに「そもそも私はこれまで、他の人たちの我慢やつらさにも気付いていなかったかもしれない」といった危機感を抱きました。それで、マネジメント側から風土をつくっていかなければと思ったんです。

 また私もそうなのですが、女性でリーダーになるタイプの方は、自分のつらさを我慢できてしまう「我慢上手」な人が多く、得てして他人の我慢やつらさにも少し気付きづらい傾向があります。だからこそ、率先して周囲にどんどん聞いていかないといけないな、と。

新しい「我慢層」は「任せベタ」が多い

──小室さんは多くの会社を見ていらっしゃると思うのですが、職場において「隠れ我慢」しがちなタイプの人はどんな特徴があると思いますか?

 最近は女性リーダー層の「隠れ我慢」が増えてきていると思います。完璧主義で、人を信じて任せるのが苦手。「メンバーに無理をさせるわけにはいかないから自分がやるしかない」と考え、メンバーに任せられそうな仕事も自分でやってしまう「任せベタ」な方が我慢しがちです。女性でリーダーになる人が増えるのと同時に、こうした「新しい我慢層」も増えています。

 当人たちは、後進の女性たちのために踏ん張っているんですけど、下から見ると「リーダーはそんなに我慢しなきゃいけないのか…」と思われていて、「その我慢、実っていません!」「後輩のためになっていません!」という(笑)、切ない感じになってしまっていますよね。

──そういう女性たちには、どういうアドバイスをされるんですか?

 長期思考で、チーム全体の戦闘力を上げるメソッドをお伝えしています。自分だけで仕事を抱えて、いつまでもメンバーそれぞれができるレベル感の仕事だけを振り分けていると、チーム全体としては成長しません。例えば戦闘力が10と8と2のメンバーがいたとして、チーム戦闘力は20ですが、来年25を目指すには個々の現在の戦闘力を上げる必要があります。

 じゃあ、今戦闘力2のメンバーが戦闘力4になるには、どんな仕事なら渡せるか。いきなり戦闘力7を目指すのではなく、渡せるものを少しずつ渡し、少なくとも今年のうちに3か4にはなるように育てる。無理のない、でもちょっとチャレンジングな仕事を託して成長してもらい、チーム全体の戦闘力を上げていく。短期的に考えると「まだこの仕事は渡せない」となってしまいますが、長期思考で考えて判断し、戦略的に仕事を割り振っていくことが大事だとお伝えしています。

 リーダーが仕事を抱え過ぎないことこそが、メンバーから見たときに「リーダーになりたい」と思わせる新しいマネジメントをすることになりますから。

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人口オーナス期には「多様な人」の力が必要

──まさに、女性が我慢する理由に「周りに負担をかけたくない」といった回答傾向があります。

 コロナ禍で変わってきましたが、それ以前では「ちょっとくらい体調が悪くても会社に行くべきだ」「欠席しないことが大事」といった発想がありました。それがまさに、日本の生産性を下げていたんです。

 これを「プレゼンティズム」といいます。その場にはいるけれど体調が
悪い状態でいるので生産性が低く、成果が落ちている状態です。「アブセンティズム(プレゼンティズムの反対。欠席・いないことで生産性が落ちる)」よりも「プレゼンティズム」が与えているコストの方が、日本では圧倒的に多かった。「出席していることが大事だ」という価値観が、「休んで
周囲に負担をかけてはいけない」というプレッシャーになっていたと思います。

 一方でこの傾向も、新型コロナ感染拡大の前後では変化しました。コロナ前までは「休みたいけど休めない」と答える人は36%いましたが、現在は24%まで減りました。「ちょっとした体調不良でも他人にうつす可能性がある。職場のためにも休んだ方がいい」という考え方が浸透した影響もあると
思いますし、リモートワークの普及で会社に行かなくても資料やデータにアクセスできる基盤ができたことも大きいですよね。

──少しずつ変化している最中ですが、これからもっと「隠れ我慢」をしなくていい社会になるために、何が必要だと思いますか?

 今の日本の労働を巡る状況に沿ったマインドセットを持つことです。日本が長時間労働で画一的に働き成果を出していた60年代から90年代を「人口ボーナス期」といいます。若い働き手も多く、均一な商品を大量生産して海外に輸出するビジネスモデルでした。この時代に必死に働いた人たちのおかげでこの国は成長したことは事実です。その上で、労働人口が減っていくこれからの時代はどうするべきか。今は「人口オーナス期」といって育児や介護をしながら働くのは当たり前、若い働き手は減っていく一方です。だからこそ、今世界で勝っていくためには「多様な人の手」が必要なんです。

 意思決定をする層にいろんな考えの人、多様なタイプの人がいると、当たり前だったことを見直すきっかけが生まれます。するとイノベーションが起こりやすくなります。日本でイノベーションが起きづらかったのは、いつも同じ価値観の人たちが最後の意思決定をしていたから。これからは育児や介護、病気療養をしながらマネジメントをする人たちがもっと増えていきます。すると多様な価値観が化学反応を起こすことでイノベーションが生まれ、働き方もどんどん多様化されて生産性が高まっていくはずです。

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小室淑恵
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
1000社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げるコンサルティング手法に定評があり、残業削減した企業では業績と出生率が向上している。「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を歴任。2児の母。

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これがわたしの#OneMoreChoice

 「今日の心と身体に合わせた働き方を選ぶ。それが生産性アップの秘訣(ひけつ)。」

 「今日、朝起きたときの体調」で、どういう働き方がいいのかを選択できる社会になると、もっともっとパフォーマンスは上がります。例えば子どもの体調不良などは、朝になってわかることが多いですよね。朝起きたら貧血がひどい、という時もあると思います。そういう状況で手段がないとき、無理やり出社するのではなく、子どもの状況や自分の体調に対応しながら働ける選択肢が持てるようになればな、と。

 その一日を無理したことで、かえってその後も数日、数週間にかけて影響が出る場合がありますよね。「今日」のコンディションに合わせて働き方を決められることが増えれば、それが長期的に見たら生産性アップにも繋がるはず。あらゆる選択肢があり、柔軟に「今日、決められる」判断をできるようになることが大事だと思います。

取材・文=川口あい 撮影=Shin Ishikawa

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