「生理の話は、人生に関わること」 伊藤華英さんが伝えたい「月経教育」の大切さ
多くの女性が「隠れ我慢」を抱えているといわれています。
「隠れ我慢」とは、不調を我慢して仕事や家事をしてしまうこと。ツムラが実施した調査では、全国20~50代女性の約8割が「隠れ我慢」を抱えながら日々過ごしていることが分かりました。
元競泳選手として、現在は「アスリート×生理」の情報を発信する伊藤華英さんは、生理で自身のパフォーマンスを発揮できなかった経験から、世代を超えて知見を共有する場を提供しています。
生理痛は「我慢して当たり前」と思っていた
──競泳選手時代、生理が重なってパフォーマンスが発揮できなかった
ご経験があるそうですね。
現役時代はそもそも生理の知識がまったくなくて、いい成績をとるために
「休む」感覚がありませんでした。生理だからと特別なことはなく、普通にトレーニングをしていました。アスリートである以上は練習をし続けなければならない、と。
国際大会を前に生理をずらすため中用量ピルを処方され、飲んでみたら体重が4〜5キロ増えて、常におなかが張ってしまい……。本番まであと3カ月という、トレーニング期間として最も重要な時期でした。ただでさえ緊張感が高まる中、体重が増えれば身体感覚も変わるので
パフォーマンスも下がり、精神的にも影響が出てしまったんです。
でもこれはピルが悪いのではなく、副作用のことや、その期間がどれくらいかなどの知識がなかったことが問題でした。ピルが合わないならあえてそのまま生理がくる方を選んだかもしれないし、他の対処ができたかもしれない。生理にまつわる知識をもっと自分で把握できていれば、大事な期間を無駄にしなかったのではないか、と。
選択肢はいろいろあっても、自分の知識がなくて正しい判断ができなかったというのが、一番の後悔ですね。
──競泳選手となると、日頃の練習もハードですよね。
そうですね。だから自分にとっての生理は「結果を出したいのに、その気持ちを邪魔するもの。毎月くる余計なもの」でしかなかったんです。
生理や女性特有の体の機能は生きていく上で大事なことで、将来の自分の体に関わることだとは気付いていませんでした。生理の症状として月経過多や月経困難症が起きたら大事に至るという知識も、まったくなかった。
──厳しい練習で無月経になる人も少なくはなさそうです。
アスリートは特に、生理の知識の差があると思います。世界的な大舞台に人生を懸けて、今の試合結果がよければいいという選手もいます。無月経でもあまり気にせず、医療機関で症状を確かめることまではしない人も。
でも、いくら人生を懸けても、その後も生活は続いていきます。引退後に「あの時、病院に行っておけばよかった」と悩んでいる元アスリートはとても多いですし、30歳過ぎても婦人科に行ったことがない、妊娠しなければ行く所じゃないと思っている人もたくさんいます。
今スポーツを指導している現場の方からは、そうした認識を変えるために
どうすればいいのか、という相談は多くありますね。私自身、元アスリートという当事者としても、そうした考えの齟齬(そご)を変えていきたいんです。
10代の教育から変える必要がある
──まさに伊藤さんは、女性アスリートの生理の課題に対して専門的知見の情報発信をする「1252プロジェクト」を実施しています。
1252とは、52週(1年間)のうち約12週は月経とそれに伴う体調不良が訪れることを意味しています。スポーツの現場で本当に悩んでいる人たちの声が吸い上げられていないと思い、生理について男女問わず対話する機会を設けています。
──受講した学生からはどんなフィードバックがありますか?
実際に学校で授業などをすると、中学生や高校生から「生理について、こんなに明るくオープンに話していいんだ」という声が上がります。
本プログラムは男女共に受講するのですが、最初は恥ずかしがっていた男子学生も、最後には「生理ってこんなに大変なんだ」と言ったり、女子学生からも「部活内でももっと生理について話し合える場をつくりたい」という声が上がったり。まだ若い世代なので未来のことまではイメージしづらいかもしれませんが、知識がインプットされることで自分の体を大事にしようというメンタリティになっていきます。話せる場所があるだけで全然違いますよね。
──そうしたプロジェクトを介して、新たに気付いたことはありますか?
やはり10代からの教育が大事だなと、改めて思いますね。身体的な差異を含めた性差について学ぶ機会が少な過ぎると思います。生理=女性だけの話題と思っている男性も多く、彼らからすると、理解は示したいと思いつつまだまだ介入しづらい話題です。
でも、当事者だけでは解決できないことも多い。生理の話だからといって
女性たちだけが嘆いていては前向きな解決につながりません。みんなで最善の道を探るためにも、男女共に性差を学び、互いの体の違いを理解することが大切だと思います。そのための月経教育であると思って、授業をしています。
あとは先生や大人たちが正しい知識を持って若い世代と接することも大切ですよね。特に部活などで、先生と生徒の間でまだまだ生理に関してコミュニケーションが難しい場面もあります。例えば間接的にコンディションを伝えられるような仕組みを作ったり、対話の機会を設けたりするようになれるといいですよね。また、アスリートに限らず、10代からの生理をはじめとした性教育はとても大切です。
多様な価値観を認めるために「自分の幸せ」を知る
──アスリートだけでなく、多くの女性が自分自身の体調にもっと自覚的にならないといけませんね。
「頑張り過ぎているから休もう、リフレッシュしよう」と言っても、それができるかどうかは本人のスキルなんですよね。
多くの人は、休めなかったり我慢してしまったりすることを「こういう性格だから」と言ってしまいがち。でも、そういう発想は後天的に身に付いてしまっている場合もあります。もっとリラックスできる方法はあるし、自分のメンタリティはコントロールできるもの。心をストレッチする感覚というか。そういうことを知る機会や場所がもっと増えてほしいな、とも思います。
そして、多様性が尊重される時代において、一人ひとりの価値観が重視されるためにも、まずは自分なりの幸せな状態を見つけられるといいですよね。そのためにも、小さなことから主体的な選択を重ねることが大切だと思います。
働き方も休み方も、自分の軸を持って選択していく主体性を持てば、さらなる向上心が生まれると思います。そういう考えを軸にすれば、思い悩むことも減るんじゃないかな。
伊藤華英・競泳元日本代表
1985年1月18日生まれ。埼玉県出身。AB型。
2000年日本選手権に15歳で初めて出場。競泳選手として、2001年世界選手権から女子背泳ぎ/自由形の選手として活躍。2008年北京オリンピック100m背泳ぎ8位、200m背泳ぎ12位、2012年ロンドンオリンピック400mフリーリレー7位、800mフリーリレー8位など、輝かしい成績を残して引退。
引退後はピラティス講師の資格を取得し、水泳とピラティスの素晴らしさを伝えるのと同時にスポーツの発展・価値向上のために活動中。
これがわたしの#OneMoreChoice
「プライオリティ(優先順位)は自分で決める」です。
情報量が多くて、取捨選択を迫られる時代、「自分で決める」ことの重要性が増していると思います。自分にとって何が一番大事なのかを問いながら、自分なりにプライオリティを決めて、精いっぱいやり切る。そのためにも、自分の体調に耳を傾けて、体を大切にしてほしいですね。
取材・文=川口あい 撮影=Shin Ishikawa
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