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俺の推しの話


いよいよ明日から始まる春のG1、NJC。

それに先立ち、推しに対する自分の想いをここで吐き出してみたいと思う。

そういう気持ちになった経緯は、正直なところ自分でもよくわからない。

自分が推しを推すことになった、始まりの備忘録。強いて言えばそういうことなのだろう。

最初に断っておくと、これから記すこの文章を読むことで何らかの知見を広げようだとか日々に役立つライフハックに繋げようだとか、そう思われている方にはおすすめしない。

ひとりの男の、ひとりのプロレスラーに対する解釈。

ただのそんな妄言としてだけ受け止めていただけたら嬉しい。




恐らく誰も興味のない、極個人的な昔話から話を始めることを許してほしい。

僕が元々プロレスにハマり始めたきっかけは、深夜に地上波で放送されていた新日本プロレスの試合をたまたま見たことがきっかけだった。

プロレスラーの肌と肌がぶつかり合う音、闘争心に溢れた表情、隆起する鍛え抜かれた筋肉、倒されても何度でも起き上がる反骨心。

何気なく過ぎていくだけの日常の中では到底触れることの出来ないその非日常が、陰キャという言葉すらまだない当時の、人との関係を築くことに極度の恐怖心を抱いていた少年の心を掴むのに時間はかからなかった。




それからは毎週のワールドプロレスリングを楽しみに生きていた。

親に怒られようが兄に煙たがられようが、土曜の深夜の30分、僕は無敵だった。

学校にプロレスのことを話せる相手はひとりとしていなかったが、それでも何か生きる活力を得たような。そんな日々だった。




そんな些細なプロレスライフを送る僕の前に姿を現したのが、ヨシハシだった。

社会人になってからも突出した曲線を描くこともなく、うだつの上がらない人生を送る僕にとってのプロレスラーは、平べったい人生に刺激をもたらしてくれるヒーローだった。

そんな中で、ヨシハシに関してだけはどうも勝手が違うように思えた。




対戦相手からも、先輩からも、後輩からも、あまつさえファンからも小馬鹿にされながら、地面を這いつくばる姿。

日常の後ろ暗さを忘れるために非日常に救いの手を伸ばしているはずなのに、ヨシハシの試合を見ているときは、どうも日常に戻されてしまうようなバツの悪さを感じていた。




ただそれでも、どうしても目が離せなかった。

ヨシハシが負けるサマは本当に痛々しく映ったし、コメントが空回りしている姿には目を覆いたくなったし、酷評されるときは自分のことのように胸が痛んだ。

それでもヨシハシから目を背けることは、自分自身に背くことのように本能的に感じていた。

上手くいかないことが、失敗することが、特に取りざたされることもなく。当たり前の風景として、日常として処理されていく姿。

そう。いつのまにか僕は、エースでもカリスマでも超人でもないヨシハシに、自分自身を重ねていた。




それに気づいてからは、まさに一瞬だった。

持たざる者の代弁者としての責務を押し付け、「仇を取ってくれ」なんて勝手な願いを込めて。

自分が成し得なかった諸々の夢をヨシハシに重ねることで、自分が救われるんだと思い込むように。

僕は狂信者になった。




程なくして未曽有の大災厄、コロナ禍がマット界を襲った頃から、少しづつ潮目が変わった。

ヨシハシの試合は日に日に人の目を奪うようになり、選手、解説者、そしてファンから。あれだけ非難を受けていたヨシハシは、世界から評価されるようになった。

もがき続けたひとりのプロレスラーが、努力と結果で地位を確立していく姿。本当に眩しかった。




そして、曲がりくねったヨシハシのプロレスラーとしての旅路にひとつの答えが出る。

NEVER6人タッグ王座戴冠。

海外遠征のときにも巻けなかった、文字通りプロレスラー人生初となるベルトを、ヨシハシは遂に手中に収めた。




その瞬間僕の胸に去来したものは、喜びと感動。そして喪失感だった。

僕という細やかな力が背中を押さなくても、もうヨシハシは羽ばたける。

「ああ、そうか。この旅はここで終わりなんだな」

本当にそう思った。




どこか虚無の心で僕が見つめる、その栄光のリング上でヨシハシは、マイクを取ってこう語った。




「物事は一瞬だって言い続けて来たけど、まったく変わらなかった。でも、中々上手くいかないから、すごく楽しいと思うんだ。

あなた達も、何かつまづいていることがあっても、明日何か大きく変わることを、俺は願ってるよ。何か物事が変わるとき、そうそれは、一瞬だ!」




誤解を恐れずに言わせてもらえば、例えば同じことを他の選手が言っても、僕の心に深く刺さることはきっとなかったと思う。

エースでもカリスマでも超人でもないからこそ、寄り添える感情。

本当の意味での持たざる者など、この世にひとりもいない。持っていないからこそ表現できる悔しさ、悲しさ。そして喜びが確かにあるのだ。

勲章を手にしたヨシハシはそれまでと変わることなく、僕のヒーローのままだった。




NEVER6人タッグ王座の防衛記録の樹立、IWGPタッグベルトの奪取。順調にステップアップしていくヨシハシが次に目指すのは、もちろんシングルの勲章。

その足掛かりとなるNJCが、遂に明日から開幕する。




物事を変えるためには、積み重ねる時間が必要なことは理解している。人生がそんなに甘くないことは僕自身、この身をもって体験している。きっと誰もがそうだろう。

それでも勝利の3カウントが入る瞬間というものは、思いがけないほど、あっけないほどに刹那的に訪れるものだとも思う。

だからこそ、そのために、今この一瞬があるのだ。




今は信じてくれなくても構わない。

ただこんな駄文を最後まで読んで下さったあなたがこれからヨシハシを見るときに、この文章が少しでもあなたを熱くしてくれる一助となれたのなら。

書き手としてはこれ以上ない、至上の喜びである。




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