越境経験が人を育て、越境人材が未来を作る 【ONE JAPAN COFERENCE 2021 レポート:PEOPLE④】
■コロナ禍で薄れた、越境している感覚
【塩瀬】越境に希望を持ってこのセッションに集まっている人が多いことでしょう。不安や悩みも含めてさまざまな角度から、共有していけたらと思います。越境人材を支援するローンディールの原田さん、企業は越境人材に何を期待していますか。
【原田】組織が成熟してくると、ゼロからアイデアを出して行動したり、正解のない中で考えたりするのが難しくなります。上司に聞けば答えがわかる環境から抜け出し、ベンチャー企業に行って自分で考え、行動する力を身につけて帰ってくる期待感が大きいですね。
【塩瀬】正能さんはセッションが始まる前に、越境は「私であること」から始まるとお話されていました。
【正能】私は自分の組織の枠を越えて地域と関わったり、いろいろな企業と仕事をしたりしています。以前は物理的に場所を変えることで越境する実感がありました。しかし、今はパソコン一台でこのようにイベントにも参加できる。何かを乗り越え境目を越える感が薄れています。まず「私」が存在して、その先に組織や仕事がある感覚が、コロナ禍で強まりました。その結果、「越境している感」が薄れている実感があります。
【井上】たしかに、「私」がいつも真ん中にあって、気が付いたら越境しているという感覚があります。アメリカの大学院に国際関係論で入学しましたが、自分が本当に何を追及したいのか確かめようと、他学部や他大学の授業を受けました。パブリックセクターにビジネスの方法論を持ち込む「パブリック・マネジメント」という新しい分野に興味を持ちましたが、留学先の大学院のコースワークにはその専攻がありませんでした。そこで学部長のところにいって、熱い思いを語り、カリキュラムを書き換えて、彼に担当教員になってもらいました。「私」の体感からくる「これだ」という感覚にしたがって動き、結果的に越境することもありますよね。
■PTAに参加して小さな越境を体験する
【小沼】クロスフィールズでは、ビジネスセクターの人がNPOに行く、海外に渡るというような大きい越境を支援してきました。ただ、私が最近注目しているのはコミュニティで絆を深めるような小さな越境です。地域で今まで会ったことがない人と話をしてみたり、父親としてPTAに参加したりすることで、「自分が多元的になる」のが面白い。大企業でも部署や世代を越えると、物事のとらえ方が異なることもある。大きな越境に夢みるのも大事ですが、身の回りにある異質なものに気づくのにも価値があります。
【原田】今いるところで「はみだす」ことや、「戻ってくる場所がある」というふうに、セーフティネットがあるなかで越えるだけで、自分の軸が何か見えてくる。実は気軽な行為ではないかと思います。
【塩瀬】越境した本人は成長したとしても、活躍できるのか。送り出す側の企業のメリットはいかがでしょうか。
【原田】越境すると、明らかに人が変わるのがわかります。帰ってきてそれをいかせるのかといえば、元の環境にすぐなじむようでしたら、企業側もわざわざ外に行かせることはしないでしょう。むしろ「異分子」になってハレーションを起こすから意味があり、その苦労自体は健全だと思います。
【小沼】「越境者は2度死ぬ」とよく言われます。1回目は越境してすぐ、試練にぶつかり苦しむとき。2回目は自分が成長したと思って、もとの組織に戻ってきて逆カルチャーショックを受けるとき。2回目は本人も組織も苦しいはずなので、一緒に乗り越えようとするのが大事です。
【正能】私はさまざまな組織への出入りがあるので、その出入りをいかに「非日常」から「日常」にするかが大切です。組織も個人も「非日常」はしんどい。日ごろから「正能さんはうちだけではなく、ほかの仕事もしている」というのが当たり前になると、まわりも慣れてきます。大きい越境も「日常」にすることで、ストレスが減るのではないかと思います。
■ボランティアの機会を購入して学び合う
【井上】先ほど小沼さんが、小さな越境について話していましたが、PTAに参加するのは面倒くさい。越境ってしんどさもあるんです。私も留学して味わうみじめさや疎外感なども経験してきました。人間には新しい環境に対する免疫反応があり、変化を嫌がります。でも、それを乗り越えてでもほしい未来があって、必要だから行動する。
私が始めた「ソーシャルベンチャーパートナーズ(SVP)東京」という団体では、ビジネスセクターの人がソーシャルリーダーたちと協働します。資金を出すだけではなく、自分のスキルや強みを役立て、一緒に事業を推進する。大切だとおもう人たちやテーマやのために、ボランティアやプロボノ(ビジネスパーソンが自分の専門知識やスキルを活かしておこなう社会貢献活動)をする機会を「購入」する。そこに導く自分の「体感」とか、パーパスみたいな感覚があるのかな。
面倒くさいけれど、自分とは違う人の話をわざわざ聞きにいく。「パラドックス(逆説)」って、何かを生み出すんですよね。その時のノウハウとして、痛みとの向き合い方があるのか、仲間や支えがあるといいのか。描いている希望やほしい未来があるからできるのか。みなさんに聞いてみたいと思いました。
【正能】令和の越境って、そんなにしんどいのかと、井上さんの話を聞いていて思いました。海を見たいなら県境を越える。美味しいパン屋さんを探して、都内の区をまたぐ。結果としての越境はありますが、しんどいことはしたくない。
【小沼】私は比較的、「苦痛型」「昭和型」越境です。苦痛はあるけれど、乗り越えたときに成長したという感覚があり、それが楽しい。PTAも面倒くさいかもしれないけれど、何らかの学びや肥しがあるはずだから行く。1回目に成功体験が得られるかどうかがとても大事です。自分自身も早い時期にシリアに行って、とてもつらかったけれど、得られるものがあり、越境が自分のスタイルになりました。
【塩瀬】昭和のがんばる「越境」と令和の楽な「えっきょー」っていう風に、昭和のおじさんはそれぞれの印象が違うものだと説明したがりますよね。
【正能】楽なわけではなくて、令和の越境は「心地よい」のです。
【塩瀬】なるほど。昭和型は苦痛の先にある心地よさを狙っているのかわかりませんが、うさぎ跳びみたいに苦痛そのものを美徳だと勝手に思い込んでる節がありますね。
【井上】大事なポイントですね。
【塩瀬】心地よさは、越境しようとする人が、まだ観ていない景色である可能性もありますよね。見えない壁を感じて、しんどいことはやりたくないと思う気持ちもわかりますね。
【井上】越境に対して、心地よさととらえるか、しんどいけれど向かっていく、ととらえるのか。変化への「接続面」の違いもあると思います。トラウマ治療でもいわれますが、強いショックや否定的な経験が体感として残っていて、強い自動的な身体的反応が起きることがある。越境した場合も、例えば、過去に大変なことを経験したのと同じ状況に感じられて、思わず、実際以上に強く否定的に感じられたりする。
変化に対して、受け入れやすいところから入って、広げていく。子どもが親に何かをねだるとき、小さいものから始めて大きいものを頼むこともあるでしょう。大改革より、小さなところから始めるのが、良い進め方だと思います。昭和ド根性アニメ「巨人の星」のように厳しければ厳しいほど成長するんだ!、と固定して考えない方がいいですね。
■越境先を決める前にWillを10時間考える
【塩瀬】「越境する方向をどう決めているのか」という質問が来ています。
【正能】私は、人間は3大欲求しかないと思っています。ハピキラの活動も好きな場所に、好きな人に会いに行った結果として活動が続いて、後から「地域のことが好きで、こういう活動をしている」と言っているだけです。どこにいると心地よいのか、誰と一緒にいたいのか、事前にわいてくる気持ちに素直になり、続けていたら結果として何が残るか、ということだと思います。
【塩瀬】越境にチャレンジする人の心持ちとして何を選ぶか、アドバイスはありますか。
【原田】レンタル移籍では越境する前にまず自分のWill(やりたいこと)は何かを10時間ぐらいかけて考えます。企業にいると、組織のミッションやビジョンに同質化される圧力があり、それさえ自分のWillだと思ってしまいます。なぜこの会社を選んでいるかも含めて一人ひとりにWillがあるはず。そのうえで共感できる経営者や、どんな事業に自分は関わってみたいのかを考える。そこから行き先を個人が選び、企業に送り出してもらいます。
【塩瀬】小沼さんへの質問です。「小越境を増やしてくださいと言っていたけれど、外に飛んでいく大越境の意義はいかがですか?」
【小沼】自分のやりたい方向に行くのは大賛成です。その上でもし、大きい越境ばかりしていて社内との距離が開いている人がいれば、越境の価値は「行って帰ってくること」だと伝えたい。外で刺激を受けるだけなら「越境」ではないかもしれない。越境で得た価値を周囲の人たちと共有できるか。そこまでが越境だと考えると、小さい越境のほうが成功体験になりやすいのでは、と思います。
■「ビュッフェ・キャリア」で心地よさを追求
【塩瀬】正能さん、「心地いいことがいつの間にかしんどくなることはないですか?」という質問です。
【正能】私は「ビュッフェ・キャリア」ととらえていますが、ホテルのビュッフェと一緒で、好きなものを、好きなバランスで、好きな量で食べるのが幸せだと思います。カレーもパスタも食べてもいいし、カレーだけ食べてもいい。明日も明後日も同じものを食べたいと思わないかもしれない。5年後、10年後はもっとわからない。心地よくないと感じたら、変えればいいだけです。
【塩瀬】昭和な考え方で、「幕ノ内弁当じゃないと栄養のバランスが取れないのではないか」と気にしてしまいます。
【正能】毎日ココイチ(のカレー)でも大丈夫です。
【塩瀬】これに勝る言葉はありませんね。最後にみなさんからメッセージをお願いします。
【原田】越境というと、起業などリスクをとらないと経験できないイメージもあったかもしれませんが、グラデーションがあってもいい。少しずつでも変えていくと、いきいきする。自分なりにはみだすことができればいいと思っています。
【小沼】刺激を受けて、越境をしようという気持ちの方もいるかもしれません。その気付きの蓄積を習慣化して、徐々に大きくしていくのが大事です。次に会った人とこういうことをしよう、勉強に参加しようといった気持ちをキャリアプロセスに入れていくと、越境が心地よくなり、楽しくなると思います。組織で越境を得意にしている、私たちのような外部者もいるので、一緒にやっていきましょう。
【井上】日常に越境の小さな火種がたくさんあります。主語を「私」にすると意識すれば、毎日の中に異なるものへの好奇心や接点が見えてくる。また、ウィットネス(目撃者)の存在も大切です。見ていてくれたり、聞いてくれたりする人がいるから、反応や会話から気づくことがあり、そこから、新しい選択肢が生まれたら素敵だと思います。
【正能】このセッションに集まっている人たち、登壇者の私たちも人生をがんばっていると思います。そのなかで、自分が心地よいかどうかを大事にしてほしい。いかに自分という主語を持って、大事にしたいことを守っていくのか。自分の人生を生きていきましょう。
【塩瀬】企業にいる人は「私」より先に考えなければならないことがあるかもしれませんが、「私」からスタートしてもいい。明日まず会社に着いて、「私は」と話し始めたら1日は変わります。今日はありがとうございました。
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構成:猫村 りさ
編集:佐藤 伸剛、岩田 健太
デザイン: McCANN MILLENNIALS
グラレコ:三瓶 聖奈(せな)
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