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大企業30代経営者の挑戦【ONE JAPAN CONFERENCE 2020レポート:CULTURE③】

日本の国際競争力を高めるためには、スタートアップと大企業の両方の成長が必要不可欠だ。なかでも大企業で若手経営者、つまりは子会社社長を増やすことは喫緊の課題である。そのサポートをするデロイトトーマツベンチャーサポートの斎藤祐馬さんをモデレーターに、JR東日本でジョイントベンチャーを立ち上げたTOUCH TO GO社長の阿久津智紀さん、大企業グループ会社である日本IBMデジタルサービス社長の井上裕美さん、パナソニック執行役員で新規事業の創出をリードする馬場渉さんが、挑戦の軌跡について話した。
【登壇者】
■TOUCH TO GO 社長(JR東日本スタートアップ) 阿久津智紀さん
■日本IBMデジタルサービス社長 井上裕美さん
■パナソニック コーポレートイノベーション担当参与 馬場渉さん
【モデレーター】
■デロイトトーマツベンチャーサポート 社長 斎藤祐馬さん

OJC2020グラレコ-CULTURE3-斉藤


■ジョイントベンチャーを立ち上げた2つの問題意識

【斎藤】阿久津さん、30代社長になるまでの挑戦の軌跡についてお話しください。

【阿久津】JR東日本で20代から自動販売機の会社の再編やお酒の醸造ビジネスなどの新規事業で新しい会社を作って運営してきました。2019年にTOUCH TO GOというジョイントベンチャーを立ち上げ、社長を務めています。

その大元にあったのが、ずっと抱き続けていた2つの問題意識です。1つは、大企業では新規事業を立ち上げても実際にビジネスとして始動するまでに3、4年かかります。これまでの経験からこの遅さを何とかしたいと思っていました。もう1つは、多くのスタートアップはリソースやアセット不足に悩んでいます。そのため、すごくいいサービスをもっているのに途中で潰れたり失敗するスタートアップをたくさん見てきました。ならば大企業が元々もっている潤沢な資金や優れた人材などのリソースをスタートアップに提供すれば、ビジネスとして成功できるし、スケールもできるのにとずっと思っていました。

そんなある日、たまたまドイツに出張に行った際、ドイツバーンという鉄道会社がオープンイノベーションのプログラムを実施して成功していることを知り、日本でも同じようなことをやりたいと思いました。それで、2017年にJR東日本スタートアップ株式会社というコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を立ち上げたんです。そして、サインポストという金融のコンサルがメインですが、サブドメインとして画像認識技術を開発しているスタートアップと組んで無人店舗の開発を始め、複数回の実証実験を重ねました。

CVCは実業をやらない部隊なのである程度うまくいったら出資だけして身を引くのですが、私は実業が好きなので、自分でもう1度会社を作りたいという気持ちがむくむくと湧き上がってきました。

それと、大企業は最終的に自社のビジネスにつなげたり、自社のサービスをより改善する方向にもっていきたがります。なので、会社にスタートアップとジョイントベンチャーを作ってビジネスをやる方が得策だと提案して、2019年にJR東日本とサインポストに半分ずつ出資してもらい、TOUCH TO GOというジョイントベンチャーを設立し、社長に就任したというわけです。

現在、TOUCH TO GOとして取り組んでいるのが無人決済システムの開発と運営、および販売です。具体的には人の追跡や商品の認識、無人決済を組み合わせたもので、店に入って商品を取って決済してあとは店を出るだけという非常にシンプルなシステムを開発しています。僕らはこの省人化を実現する無人決済システムで小売り店や飲食店が抱える人手不足という社会課題の解決に挑戦しようと思っていて、実際に2020年3月から高輪ゲートウェイ駅でTOUCH TO GOという無人決済店舗を運営しているほか、10月から初めてJRグループ以外の外部の会社として紀伊国屋にこのシステムを導入しています。

今後は、4年以内にこのシステムを100店舗に導入することで、上場を目指しています。将来的にはモノタロウやアスクルなどと同じように親会社より大きくするという野望をもっています。

【斎藤】阿久津さんは外向けの顔は自分のやりたいようにやっているスタートアップの社長ですが、社内ではきちんと押さえるところは押さえて根回しできる社員でもあります。この「両利き」がベンチャーの社長でも大企業の社員でもない、これから活躍できる第3のタイプだと思います。阿久津さんのような人が300人くらいいれば社会は変わるので、ぜひONE JAPANのメンバーもそうなることを目指してほしいです。

■デジタル化に前向きなシニアの声を拾う

【斎藤】井上さんが30代の社長をやってみて変わったことは?

【井上】代表取締役社長になると、コンタクトをくださる人も増えて、繋がる人の幅が圧倒的に広がりました。お互いに夢を語り合うことで学べたことも多いです。

社会をよくするためには当然若手や中堅の声はこれまで以上に聞く一方で、今の時代、デジタル変革に前向きなシニアの方も大勢いてエネルギッシュです。皆さんの話を傾聴して、共感できるポイントを探るうちに、自分自身の考え方もすごく変わりました。ロールモデルは1つである必要はないので、いろいろな人の突き進み方に共感しながら自分らしさを出すことが大事。その過程で自分の視座は変わったとも思うので、社長というポジションはありがたいです。

■100人のリーダーより、社員5人の社長になれ

【斎藤】今の経済団体に加盟している会社の社長はほぼ60歳以上です。社会を変えるには若い社長をたくさん生み出さなければならないと思っているのですが、どうすれば若手社長を増やせるのでしょうか。大企業の経営者視点から馬場さん、お答えください。

【馬場】パナソニックで言うと、松下幸之助が事業部制を編み出した目的は2つあります。1つは自主責任経営。他に依存関係がなく明確な責任ですべてを仕切る。もう1つは人材育成。若くても一国一城の主にすえて自主責任経営をやらせると大きく育ちます。

しかし、今のほとんどの日本企業が採用している事業部制はこの2つの目的に寄与しているとは言えません。結局事業部として独立していないから自主責任経営ができていないし、人材育成の意味でも事業部長を手厚く支援する体制が整っていて、一国一城の主として修羅場を経験していません。

だから大企業は30代社員を100人規模のプロジェクトリーダーにするよりも、社員5人くらいの小さい会社を用意して、社長に据えて全権限をもたせて経営させればいいんです。その方が責任は重いので、経営者として覚醒、成長すると思います。


【阿久津】大企業に商談しに行くと、10人くらい出てきてもその場で誰も何も決められないで、結局「持ち帰って検討します」と言われることが多いんです。これはいつもスタートアップの人にバカにされるし、僕自身も呆れます。このように、大企業では30代でも何も権限を与えられていないとか任せてもらえない人も多いので、責任感も使命感もスキルも育ちません。

ポイントは組織の存亡は自分にかかっていると思えるかどうかです。55歳や60歳で社長になると、失うものや守るものが多すぎて、自分は会社が潰れるかどうかの最後の砦なんだという発想や覚悟がもてないし、危機への対応能力も弱くなります。だからこそ小規模な会社でいいので、社長にしてすべての責任を負わせることが非常に重要ですね。

■「30代だから○○」を取り払うのに苦労した

【斎藤】これまでの挑戦の過程で苦労したことは?

【井上】キャリアにおける苦労は、20代、30代のいろんなリーダー経験の中で、女性だから◯◯、お母さんだから◯◯、子どもがいるから◯◯、30代だから◯◯、のような形で、マジョリティが思い描くリーダーに対するイメージやステレオタイプ像ではない場合に、同じビジョンをもってゴールまで一緒に頑張りましょうというところまでもっていくのに苦労しました

【斎藤】子育てしつつ社長としての仕事をしなければならないので、毎日ものすごく忙しいと思います。時間のやりくりはどうしているのですか?

【井上】確かに子どもができると、仕事に当てる時間を減らさざるをえなくなります。でも減った時間でどう生産性を上げるかを常に考えていました。また、仕事や家事育児も私以外でもできることはアウトソースして、ほかの人に任せることでうまくやりくりしています。

■「予算を取る」ではなく「出資してもらう」

【斎藤】視聴者からの質問です。「ベンチャーを立ち上げる時、社内に後ろ盾になってくれる人はいますか? 付き合い方のコツは?」という質問が挙がっていますが、みなさんいかがでしょう?

【阿久津】特定の人はいません。例えばDeNAの社員は新しくやりたい事業があって会議に臨む時「予算を取りに行く」じゃなくて「出資してもらいに行く」と言うそうなんです。それはその新規事業の筋がよければみんなが応援してくれるということ。JR東日本も同じなので、あまり特定の人だけに頼ろうという発想はないです。

【馬場】確かに会議を予算獲得の場として認識するか、出資を引き出す場と認識するかはすごく重要です。大企業の場合、事業化するといっても、実際には3年後とか5年後になります。すごく先にあるというイメージで、その間にPoC(Proof of Concept)もやるし、予算も組むし、リソースも準備するから、事業化する頃には何十人かの立派な組織になっています。大企業の社内プロジェクトではこういう運営の仕方をやるから、スタートアップのように早く進まない。だから予算化なんて思わず、明日から事業化すればいいんですよ。

会社を投資家として認識するところからスタートして小規模でもいいから全責任を追う立場を与えれば若手社長はたくさん生まれます。最初から大企業の社長を目指すよりは社員5人から始めて、50人、500人、5000人と大きくしていく方がいいと思います。予算化という言葉を使わないだけでもマインドは変わると思いました。

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■大企業は他の人が嫌がる仕事にチャンスがある

【斎藤】最後に若手に伝えたいことをお願いします。

【阿久津】大企業でやりたいことをやるためには、ほかの人がやりたがらない嫌なことを率先してやることが必要です。みなさんメインストリームに憧れますが、誰も見向きもしないようなところに意外と面白い仕事が転がっているものです。視点を変えると仕事や働き方が面白くなって毎日楽しくなるので、それを心掛けるといいと思います。

【井上】人とつながり続けてこそ生まれるシナジー効果やコラボレーション力が重要です。リーダーの良さは、ひたすら前に進んでいろんなことを成し遂げたいという気持ちから生まれます。最近はあまり社長になりたがらない若手も多いようですが、実際の若手社長はみんな楽しそうに仕事をしている。私自身もみなさんにとって夢のある社長であればいいと思います。

【馬場】阿久津さんと井上さんのお話を聞いて、このお二人のような社長が生まれる会社を作っていきたいと改めて勇気づけられました。ありがとうございました。

【斎藤】30代の若手経営者をもっと増やすことが失われた30年を打破するために最も重要だと考えています。そのために、20、30代のみなさんもぜひ社内ベンチャーを立ち上げて社長になることにチャレンジしてほしい。私もそのサポートをしているので、一緒に社会を変えていきましょう。


構成:山下猛久
デザイン: McCANN MILLENNIALS
グラレコ:斉藤 久美子

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