
魔法使い(短編小説10)
駅前には、小さなパン屋さんがある。
カフェが併設されていて、ちょっと割高なメニューだけど
チェーン店ではなくて、しっかりと店長さんの「好き」が
無理なく詰め込まれた空間になっているから、居心地が良く、人が集まる。
壁側には本棚があり、ちょっとだけマニアックな本が並ぶ代わりに
定期的に入れ替わるから、まるで小さな図書館みたいだ。
壁側の席は少し寒いけれど、暖かな毛布の貸し出しでプラマイゼロ。
店長さん自身も、話したいと思ったら、話し相手にもなってくれるから
人によってはカウンセリングを受けたかのような気持ちにもなれそうだ。
そう考えると、メニューの割高さなんて、気にならなくなる。
奈々は後ろで、店長さんとお客さんが話しているのをのんびり聴き流しながら
自分が頼んだピザがくるのを待っていた。
奈々はとても共感覚が強く、他人との境界線がかなり薄い。
生まれ持った性質だった。
そんな奈々にとって、同じ空間を共有している人は一心同体。
店長さんとお客さんが話している中で、そこにふんわり立ち上がる「楽しい」というエネルギーが、こちらにまでパンの香りのように漂ってくる。
奈々は、自分のお腹が空いてるのも忘れて、
「楽しい」
そんな気持ちを感じていた。
「お待たせしました」
やがてピザが運ばれてきた。
生まれて初めて食べる明太子とポテトサラダのピザだ。
ありがとうございます、とお礼を伝えると、店長さんは颯爽と去って行く。
店長さんの目はいつも、多くのことを語っていて、
奈々はそれを繊細にキャッチする。
ちょっと変わった目の色をした彼女はきっと魔法使いかもしれないし
そんな彼女が奈々の前からは颯爽と去っていくのは、
奈々が1人でいたいのを、しっかり感じてくれたからだ。
ノンバーバルコミュニケーションに感謝を感じながらも
改めてピザに目をやると
想像以上に大きなピザで、奈々は1人で食べ切れるか、心配になった。
だから、目の前のピザに奈々は魔法をかける。
ーお腹に入るように、少しだけ小さくなってねー
そうすると、見た目は変わらなくても、ピザのエネルギー密度が変わり
食べやすくなることを奈々は知っていた。
おかげでとっても美味しく、あっという間にピザを完食する。
ー良かった、食べれたー
ほっと胸を撫で下ろす。
ここは地球。
どれだけ魔法を使えるといっても、必ずどこかで対価が必要とされることも
奈々はわかっていた。
このピザに魔法をかけた分、どこかで影響が自然と出てくるはずだ。
ーでも、食べたかったんだもんー
そんな奈々の欲を、いつも世界は許してくれる。
だからこそ、自然もまた、調整されて動く。
この世は思い通りになるし、決して思い通りだけにはならない。
それさえわかっていれば、大丈夫。
「ごちそうさまでした」
奈々は会計を済ませて、カフェを出る。
ーまた違うピザも食べてみたいなー
そう思うのは、きっと
あの店長さんの魔法のようだ
おしまい