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9月17日 本物の人物を撮る心得

「1日1話,読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」より,写真家の藤森武さんです。

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 今日は写真家の藤森武さん。土門拳の直弟子で,仏像をはじめとする日本の伝統工芸を撮り続けています。そんな藤森さんが魅了された人物が,画家の熊谷守一さん。「モリカズさんと私」(2018年)という共著があります。今日のお話は熊谷守一さんに魅了されて,ポートレートを撮るようになるまでのエピソードです。

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 画家の熊谷守一先生にご自宅で初めてお会いした時,先生は九十四歳,私は三十二歳。先生がパイプを燻らせていたので私も煙草を吸おうとすると,灰皿とマッチをすっと目の前に置いてくださいました。年は親子以上に離れていて,しかも初対面の人間になぜこんなに優しくしてくれるのだろう。そう思ってふと顔を見ると,それがものすごくいい顔だったのです。本当に目が澄んでいて髭もかっこいい,どう見ても普通の顔じゃないーーー。

 藤森さんが熊谷守一先生にまるでひとめぼれしたような瞬間。『何とかして熊谷守一先生の写真を撮りたいという強い欲望に駆られ』て,カメラは持たずに熊谷先生の元を訪ねる日が続きます。
 三か月ほど経ったある日,「藤森さんは写真家だよね」と聞かれます。藤森さんは『「写真家なのにどうしてカメラを持ってこないんだ」と言いたいのでは』と考えて,思い切ってカメラを持って行きます。
 さりげなくカメラを構えてみると,写真嫌いの熊谷守一先生がにこっと笑ってくれた。この日を境に写真を撮り始めます。

 しかし,何枚写しても納得のいく写真にならない。うまく撮れない。
 ローアングルで撮ろう,ハイアングルで撮ろうと一所懸命になっていると,熊谷先生からこんなことを言われます。

・・・先生は「写真屋さんって犬猫のような格好をして撮るんだね」と笑っておられる。最初はよほど自分の姿が面白いんだなと思っていたのですが,本物の人物を表現するには細工をせず,真っ直ぐ撮ることが大事なのだと先生は教えてくれているのではないか,次第にそう考えるようになりました。

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 藤森さんのすごいところは,熊谷守一先生のちょっとした一言からヒントを得ていること。熊谷先生に惹かれているからこそ,発する言葉の意味をじっくりと掘り下げようとしていらっしゃる。そう思った。

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 藤森さんが熊谷守一先生を撮っていく中で気づかされたこと。

カメラのシャッターは単に指で切るのではなく,自分のすべてを集中させた「心の指」で切るのだということです。もちろん先生がそう言ったわけではありません。先生は無口であまり喋る人ではない。ところが,先生はその姿そのものから無言のうちに多くのことを教えてくれるのです。

 音楽でも,授業でも,コーチングでも,スキルばかりを気にしたり,ちょっとした小技に頼り過ぎたりすると,その時は良い結果に繋がったとしても再現性の低いものだったりする。
 それと同じように,
・細工をせず,その対象や課題に真っ直ぐ向き合って
・「心」をおろそかにせず取り組む。
藤森さんがおっしゃる「心の指でシャッターを切る」とはこういうことではないだろうか。
 そして,無言でそれに気づかせた熊谷守一先生。その人の姿そのものが多くのものを伝えているって,不思議な存在だなと思う。一生に一人でも出会えたら素晴らしいと思う。

 SNSでは「楽に稼げる」とか「一流の○○を3日でマスター」などと,効率をうたうような広告を見かける。でも何かを習得するうえで,「ここまでやったら,もう大丈夫」なんてものは存在しないと私は思う。藤森さんや熊谷守一先生のように,細工をせず真っ直ぐ向き合う心をもって毎日を積み重ねていきたいと思います。

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