Official髭男dism『I LOVE…』はアーティスト藤原聡を語る上での最重要楽曲の一つである
ということに気づいたのはアルバム『Editorial』を通して聴いて得られた発見でした。この楽曲は既発曲でありタイアップも付いていて、リリース時点ではそのキャッチーな部分だけを受け止めていたのですが、今は全く違った印象を持っています。
表現者としての藤原さん、バンドとしてのヒゲダンが持つイメージとはどういうものか。一言でいって品行方正で優等生的、真面目で優しく穏やかで、誰にでも愛されるキャラというところでしょう。老若男女に愛される国民的なイメージを体現しています。
こうしたイメージは当人たちにはどうしようもなく変えられないもので、当然そうしたキャラ付けにはデメリットもあります。反骨精神が出せない、皆の期待を裏切れないという強い縛りが生まれてしまうのです。
藤原さんは骨のある表現者ですから、ここをいかにして突破するか、やりたいことをやるための手法というものをよく研究し実践した、それが『I LOVE…』だと思います。
僕の独断による解釈になりますが、この曲から連想したのはブルーノ・マーズの『Locked Out of Heaven』です。この曲のテーマは、愛する女性とのセックスがとにかくすごくいいんだ、ということに尽きます。
肉体的な快楽がベースにあった上で、相手である「あなた」の人間としての存在の素晴らしさを謳い、自分も大きな充実を感じ人間的に成長したということがテーマになっています。頭で考える愛だのなんだのを遥かに越えた肉体的な交わりの喜びを真摯に歌ったのがこの曲です。
その素直さは
Cause your sex takes me to paradise
Yeah your sex takes me to paradise
君とのセックスは極楽だ、とダイレクトに言えてしまうほどで、これは洋楽の伝統的なダンスミュージック=求愛ソングの文脈を借りつつ、ブルーノ・マーズのキャラである生真面目で真剣な態度を取り入れた独自の世界を表現しています。
この表現方法のさじ加減をヒントにしたように思えるのが『I LOVE…』です。普通に聴いていたら純粋なラブソングに聞こえるけれど、視点を変えるといきなりフィジカルでセクシーな色気が感じられる。考え抜かれた高度な抽象表現だと思いました。
その根拠を一つ挙げてみましょう。エンディングでさりげない感じで歌われるフレーズ
受け取り合う僕ら 名前もない夜が更けていく
この曲は夜の曲なんですね。そして「受け取り合う」のは何かといえばセックスを通じた愛、ということでしょう。
そこで、この楽曲を「セックス」というキーワードを持って眺めてみると、まず感じるのが「男性目線」であるということ。男のセックスを通じて、愛する女性を見ている視点があって、それは相手のことが分からない、分かれない、自分とは異質である、だからこそミステリアスで愛おしくて魅了されるんだ、ということが歌われています。
翻って自分の心と体の動きはどうかといえば、「水槽の中に飛び込んで溶けた絵の具みたいな」これは男女の肉体の営みの高度な抽象表現です。その後の「イレギュラー」という句は何度か出てくるキーワードになっていますが、何がイレギュラー=想定外なのか。このワードに嵌められたメロディーと合わせて妄想を膨らませると、これはエクスタシーのことなのでは、と思いました。耐えきれずに逝っちゃいました、というやつです。
サビの「不恰好な結び目」「手探りで見つけて」「解いて絡まって」「僕は繰り返してる何度も」これも男女がセックスをしているイメージです。
こんな風に、一旦視点を変えたら俄然その歌詞がセクシーでエロく響く、でもそう思わなければ別に何ともなく聞いてしまえる、これが藤原さんの凄いところで、自分が表現したいことと、ファンが求めていることを両立させるために選択したのが、文学的な高度な比喩表現なのだということを改めて感じました。