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Official髭男dism『Shower』歌詞解釈 [前編]

アルバム『Editorial』より、藤原聡さんのカラーが色濃く出ているこの曲を紐解いていきましょう。

曇った窓に指をはしらせて 雑な似顔絵を描き合った思い出などない

窓、窓ガラス、ガラスというアイテムが表現の中で用いられるとき、このようにキャンバスとして、あるいは鏡に見立てたりもされますが、共通して「隔たり」「隔絶」「彼我の世界の差異」を感じさせます。ガラスの冷たさと相まって、こちらとあちらでは世界が違う、手を伸ばしても届かない、触れられないというニュアンスです。

「曇った窓」の否定から始まる茶目っ気は、しかし、いくつもの複雑な印象をもたらします。僕らはもう無邪気に遊ぶ歳ではない、今更はしゃぐこともできないという哀愁もあるし、メタ的には、これは都会的でお洒落なシティポップじゃありません、もっと生身の人間の話だという宣言にも聞こえます。

実際、歌詞を見ていくと、藤原さんの実体験に基づいていると思わせる、生活感のある描写がそこここに見られます。

シャワーの後にバスタブの中で立ち上る湯気のようにほら
いつだって僕らはお互いの顔を赤らめることが出来るはずなんだ

藤原さんが窓(ガラス)と対比させた、本作のテーマとなるモチーフは「湯気」。僕らの間は時に湯気の中で相手がぼんやり見えてしまうこともあるけど、手を伸ばせば触れることができる(そして顔を赤らめてしまうんだ)。

湯気がイメージする温かさと湿り気、そしてなんといってもシャワー。一緒にお風呂に入っているという艶かしさ、照れ臭さ、そんな、付き合い始めて日が浅かった「僕ら」を回想する歌です。

最初に聴いた時は、二人して裸でシャワーを浴びているヴィジュアルが浮かんで、しかもこれは藤原さんの実体験だという気がしたので、その赤裸々な表現は衝撃的でした。それまでのヒゲダンのイメージが変わり、既発曲の聞こえ方も変わりました。以前に書いた僕の感想です。

『Shower』の歌詞を個別に見ていきましょう。

この歌は、一人称を省略しているところが多いので、客観的な視点だと感じます。それは、主人公が過去を回想しているということと関わります。

昔の自分たちを客観的に見ている。あの時はどんな気持ちだったのだろう。過去に起きた出来事を、まるで今起きているかのように新鮮に再現することはできないでしょう。どうしたって色褪せてしまう。消えてしまった感情を手繰り寄せるようにして、あの頃を思い出し、言葉を紡いで描いていく。

その中で、目立って具体的な表現があります。

6畳のワンルーム でも壁はそこそこ厚く
近くに手頃なスーパーがあって買い物に困らず
コンビニだけは遠く 違う、駅もやっぱり遠く
帰り道に始まる夕飯のおかずウォーズ

この部分は、電話越しに話しているようなサウンド処理がなされています。内緒の話というニュアンスで、だからこれは特に藤原さんの実体験なんだと思ってしまいます。

6畳ワンルームなら独身者向け、壁がそこそこ厚いんだったら鉄筋?学生向け低層マンションかな。などと考えていて思い当たったのが、2枚前のアルバムに収録されている『Second Line』です。

なにかわからないけれどひどく落ち込んだ様子の彼女から電話があって、とにかく「君のアパートへレスキューを急ぐよ」と、会いに行こうとして走っている主人公の歌です。

「君のアパート」と「6畳のワンルーム」、これは同じ家なのかな。いずれにしろ一貫したものとして感じ取れてしまうし、だから「彼女」も同一人物なんだろうな、と思ってしまいます。

藤原さんが作る曲で、実体験をベースにしたかのようなリアルな楽曲の愛情の対象である「君」「あなた」という人物像に一貫したものを感じるのは僕だけでしょうか。ファンの皆さんはどう思っているのだろう。

これらの楽曲を通して感じる一貫性、時間の流れの中で、同一の登場人物が成長していく様子をみて、「時間」とはなんだろう、人間はどのようにそれを把握し、それによってどのような心の動きを生じさせているのだろう、そうしたことを考える一つの題材として、引き続きこの曲を解釈していきます。