トイレトリップトラップ
後輩:ありがとうございます。
先輩:へ。
後輩:先輩が言ってたあれ、やってみたんすよ。
先輩:なにが。
後輩:TT。
先輩:あんだよそれ
後輩:忘れたんすか。前に教えてくれたやつですよ。
先輩:何教えたっけ。
後輩:人間は脳の消費エネルギーを最小限に抑えるために、日々の行動を無意識レベルでできるように自動化している。
先輩:おん。
後輩:たとえば歯磨き。腕をどう動かして、口をどれぐらい開いて、どのぐらいの時間やるかなんて、ほとんど意識しない。
先輩:そらそうだな。
後輩:自動化された習慣は何も意識せずできるというメリットがある一方、非生産的で無意味なルーティンにもなっている。
先輩:はあ。
後輩:つまり、日々無意識でやっている行動でも小さな変化を加えることで新しい発見になる。
先輩:なげーな。結局何が言いたいんだよ。
後輩:トイレに入ったらふと立ち止まって、いつもと違う視点の景色を楽しんでみるっていうあれですよ。
先輩:何だそれ。そんなしゃらくせーこと言ったのか俺は。
後輩:トイレだけに。
先輩:俺のセリフだろ。
後輩:トイレで楽しむちょっとしたトリップ。すなわちTT。
先輩:だせーな。
後輩:とにかく僕もそれやってみようと思って、トイレで立ち止まって周りを見渡したんです。
先輩:おお。どうぞご勝手にとしか思わないけど。
後輩:そしたら、予備のペーパーとか掃除グッズを入れてる棚の中に、でかいペットボトルの水を発見したんですよ。
先輩:はあ。トイレなのにな。防災用品かね。
後輩:わかんないすけど、こんなんあったんだーと思って。で、ふと目を下ろすとティーゼロティーゼロですわ。
先輩:はあ。
後輩:トイレといえば「TOTO」ですよね。でもうちのは「TOTO」じゃなくて「T0T0」だったんですよ。
先輩:なんだよそれ、ほんとか。
後輩:うちのトイレ偽物なのかなーと思って。
先輩:急に水が出なくなった時のためのペットボトルじゃねえの。
後輩:これいいなと思って。
先輩:何がだよ。
後輩:僕がイチローのモノマネ芸人やるとなったら、芸名は絶対「いちくちはじめ(イチ口一)」にしようって決めて。
先輩:どうでもいいわ。どうせやんねえだろ。
後輩:まあ、イチローのマネしてる人はすでにいますしね。
先輩:ニッチローな。
後輩:そんなこと考えてたら、次のプロジェクトで使えそうないい感じのアイデアが浮かんで、さっきそれが通ったんですよ。
先輩:あれか。たしかに企画としてぶっ飛んでたもんな。
後輩:そういうわけで先輩には感謝してるんですけど、契約は契約なんで。いいすかね。
先輩:何がだよ。
後輩:TTで良い結果が出たら2万てやつ。
先輩:はあ、意味わかんね。何だよそれ。
後輩:だから、先輩がTTを発見したじゃないですか。で当時、すげー興奮してこの効き目を力説してたじゃないですか。
先輩:そんな記憶まったくないけど。
後輩:でも僕は先輩のその感じを見てやべーと思ってたんで、絶対イヤって断り続けてたじゃないすか。
先輩:そりゃそうだろうな。
後輩:でなんか知らないですけど「試してくれたら2万やる」って。
先輩:ウソだろ。
後輩:ほんとですって、ほら。
先輩:契約書!
後輩:読んでみてくださいよ。
先輩:なになに、”山本(先輩)は小林(後輩)に対し……”「甲が乙に」のところが「先輩が後輩に」てなってる!
後輩:そこは別にいいじゃないすか。
先輩:”TTの使用における報奨金として金弍萬圓を後輩に支払うものとする……"だと。
後輩:ね。
先輩:バカっぽいけど俺っぽい……
後輩:実際先輩つくったんだから。
先輩:いやまったく覚えてないわ。いつの話だよこれ。
後輩:作成日が2017年7月14日、7年前ですね。
先輩:7年前かよ。そりゃ覚えてねえわ。
後輩:そんなん言ってもダメですよ。有効期限書いてありますから。
先輩:いつ?
後輩:明日です。
先輩:ざけんな。
後輩:僕もあぶねと思って持ってきたんです。はは。
先輩:10年だと縁切れてるかもしれないし、5年だと近くにいても関係性が微妙かもしれない。じゃ7年。てか。そんなの考えるの絶対俺じゃねーよ。
後輩:知らないすよ。
先輩:しかも2万だろ。現実的にギリギリ支払えちゃいそうな額。詐欺じゃん。詐欺。
後輩:おやおや、支払い拒否ですか。
先輩:ふつーに考えて、払うわけないっしょ。
後輩:“支払い拒否した場合は、先輩が所有するNintendo Switchを担保とすることができる”とありますけど。
先輩:Switchでいいのかよ。
後輩:当時は画期的でしたからね。めっちゃ欲しかったですもん。
先輩:お前もう持ってるだろ。
後輩:あれゲームボーイアドバンスSPなんで。Switchは今でも欲しいですよ。
先輩:Switchお前にくれてやりゃいいのかよ。
後輩:そうですね。
先輩:イヤだ、つんだよ。
後輩:結局支払い拒否ですか。
先輩:あの……トイレの話だけにさ。
後輩:はい?
先輩:水に流してくれないかね。
後輩:“「水に流す」などの戯言を抜かして反故にしようとした場合は『ビットコイン』を追加で請求できる”とありますけど。
先輩:うわー、当時買ってたら今すごいことになってただろうな。
後輩:ほんとですね。そんなところでいいすか。とにかく2万。
先輩:うっせーな。わかったよ。
後輩:ひひ。
先輩:今手持ちがないから5年後な。