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1/4800のつぶやき。 ニデックによる牧野フライスへの「同意なきTOB」に思うこと
昨年末に突如降って湧いたニデック株式会社(以下ニデック)による牧野フライス製作所(以下マキノ)への「同意なきTOB」。
世間(特にユーザ様)を騒がしてしまっているこの騒動について、マキノ内部にいる一従業員としての想いを連休の有閑を利用して書き表してみた。
自分は報道や両社の公式リリース以上の事実を知る立場ではないし、もちろんマキノグループ約4800人の従業員を代表する立場でもない。
あくまで一従業員としての想いだけども、それをネットの隅に残しておくことは何かしらの意味があるのではないかと思っている。
読んでくれた人にこの想いが少しでも伝われば幸いだ。
2024年12月27日。この日はマキノにとっても年内最終営業日で12時までの半日勤務。残務を片付けてから職場の大掃除、避難訓練をして、例年通りこの年の勤務は終了…のはずが今回は様子が違った。
9時半くらいから「ニデックがマキノにTOBを仕掛けたらしい」との話が自分の職場にも流れ始めた。
同僚がモニタに映した日経の記事を指さす。
そこには「ニデック、工作機械の牧野フライスに同意なきTOB」の大きな見出し。
同僚は「来ましたねぇ」と一言。
自分も「ついに来たね」と簡単に返した。
狭い自分の社内での観測範囲内での話だが今回のTOB自体は実はびっくりでもない。
ニデック創業者永守重信氏のTAKISAWA買収時やそれ以後の発言、マキノの企業規模、商品ラインナップ、買収可能性などを総合的に考えると「次はマキノでない?」というのが何となくの共通認識になっていて、よく酒飲み話にもされていた。
そして、その「次はマキノ」あとには「工作機械商売とマキノを知らない人にとっては」と続くのが定番だ。
「山、高きが故に尊からず、樹あるを以って尊しとなす。人、肥えたるが故に尊からず、智あるをもって尊しとなす」
(意味:山は高いから立派なわけではない。樹がしっかり育っている山が立派。金持ちだから立派なわけではない。智恵のある人が立派な人)
マキノの全従業員が持っている「工作機械に賭ける」という小冊子の最初、1行目にある記述で元は実語教の一節だ。
「工作機械に賭ける」は創業者である牧野常造氏が書いたもので、昭和48年に日刊工業新聞社発行の書籍に載ったのが最初だというから今から半世紀以上も前の文章だ。
「工作機械の経営というものは、本質的に大きくはなり得ないものであり、大きくなることだけを求めてはならないものである」ということを実語教の一節を通して我々に伝えてくれている。
工作機械ユーザ様のニーズは極めて多種多様で個性が強く、大量生産や標準的な工作機械ではそのニーズに十分に応えられない。
また、逆にニーズに過度に従いすぎるとメーカ側に採算性の問題が生じる。
可能な限りユーザ様の求める期待やニーズに応えるために適正な企業規模はどの程度なのか、これはマキノの歴代経営者だけではなく、日本の多くの工作機械メーカの経営者が常に問い続けている命題だ。
歴史的にもシェアの大半を押さえるようなカリバーな工作機械メーカが国内外問わず現れた試しがないことが、それを証明していると言える。
日本には工作機械メーカが多すぎて過当競争になっている、という面も確かにあるが、かと言ってユーザ様のニーズが多種多様である以上、メーカ数が大きく集約されることもないように思う。
浮き沈みの激しい工作機械業界において、マキノが90年近く生き残れてきたのは、この考えに徹し、愚直に技術を磨き続け、ユーザ様の要望に応えようとし続けたからなのは間違いない。
もちろん、設備投資や開発資金を得るために会社の成長は必要で、時にはマキノも思い切った投資をしながらそれを達成してきた。
上場企業である以上は利益確保や株主への還元も必要ではあるから、理想と現実のギャップに悩みながら、この数年の業界の厳しさの中でも一定の業績を保つことができている。
工作機械という面倒くさく、しんどい業界において、技術と技能を断絶させることなく、「総合」工作機械メーカの看板がなくてもメーカ大手の一角を担い、技術やサービスに高い評価をユーザ様から得られていることは素晴らしいことだ。
マキノの従業員の多くは何だかんだ言って、先輩方が積み上げてきたマキノの企業文化に誇らしさを感じているのだ。
そんな企業文化で育ってきたマキノの従業員のひとりである自分には、ニデックが公表した「企業価値の最大化に向けた経営統合に関する意向表明書」への違和感がどうにも拭えない。
「一緒に世界屈指の総合工作機械メーカ」「世界ナンバーワンを目指すソリューション企業」という言葉が何度もこの意向表明書には登場するが、少なくてもマキノはそれを目標としたことは創業以来一度もないと思うし、自分はその必要もないと思っている。
結果として遠い遠い将来にナンバーワンになることはあるかも知れないが、それ自体を目標とすることは一番大事なユーザ様の利益に繋がるようには思えない。
意向表明書には様々な想定シナジーが記載されているが、マキノ側のメリットとされているものは規模の違いがあれども、すでにマキノが持っているものも多い。
そもそも、「マキノのマシニングセンタ技術」+「ニデックの旋盤技術」=「すごい複合加工機」なんて簡単に実現するものでもない。
また「欧州製NC装置の協同調達」に言及しているが、全く新しくNC装置を立ち上げるのは容易ではないし、モータが祖業であるニデックの将来的な思惑がチラついているようにも見えないこともない。
想定されてることの多くは、実りを得るまでに時間がかかるものだが、それを待つことがニデックにはできるのか、そこが個人的に気にかかるところだ。
実際、ニデック傘下になったニデックオーケーケー(旧OKK)とニデックマシンツール(旧三菱重工工作機械)は直後は業績が急回復したことが伝えられていたが、直近の決算公告では営業赤字もしくは営業利益率が大きく低迷しているようで、今のところシナジーは十分に発揮されておらず、この業界の難しさを痛感しているのではないかと思っている。
ニデックはマキノの完全子会社化を目指し1株あたり11,000円で公開買付けという、大きなプレミアム(2024年12月26日の牧野フライス株の終値7,750円に約42%のプレミアムを上乗せ)を提示してくれている。
それだけマキノを評価しているのだろうし、TOBを成功させるための覚悟の値付けなのだと思う。
これまでのように経営不振の工作機械メーカ買収ではないというのも事実だが。
一方でニデックは4月4月の公開買付け開始までの間にマキノ側と協議し誠実に説明を行うが、マキノから公開買付け延期の申し入れがあっても、現時点では開始を延長する予定はないとしているし、最終的にはスクイーズアウト(少数株主から株式を強制的に買い取り)も進め、反対する株主分についても、株主総会での特別決議を通じて全ての株式の株式併合を行う計画だ。
今回のTOBが成功した場合、少なくとも株式を通じた創業家や関係企業・団体との関係は全てなくなり、ニデックの完全子会社としての「牧野フライス製作所」になる。
そうなってもマキノが「ユーザ様にとってのマキノ」であり続けられるのか、企業名だけではなく、その「実」をユーザ様は注目しているし、それが「ブランド」というものなのだろうと思う。
工作機械メーカの生き残りを決めるのは最後はユーザ様なのだ。
TOB報道以降、多くのユーザ様からは「マキノ頑張れ!」との声を多く頂いており、この会社が少なくないユーザ様に愛されているのだなと感じることができた。
これには感謝しかないし、同時にお騒がせして申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
色々と書き殴ったが、マキノとニデック両社の経営層には、最終的にユーザ様や日本のものづくり、そして従業員の幸せに寄与する結論を出して欲しいし、その義務もある。
株主の方々にもマキノの歴史的な存在意義を踏まえた上で、最良の判断をしてもらいたい。
また、ニデックには改めて自分なりにマキノの存在意義を問う機会を与えてくれたことに心から感謝する。
最後に半世紀以上前のマキノの創業者牧野常造氏の言葉を引用して、この乱文乱筆を終えたいと思う。
「近年、利潤追求の先端的企業であるコングロマリットが、工作機械メーカーを買収して、この分野にしきりに進出してきている。しかし、工作機械の製作というものは、利潤追求だけでいいものだろうか。利潤の追求だけでは、工作機械本来の性格がゆがめられてしまう。そして技術も必ず堕落する」
「それだけに、工作機械にたずさわる一人として、経営の規模をむやみに追うよりは、技術を追うことに努めなければならないと考えている。工作機械の歴史を振返り、工作機械の経営とその将来を考える時、改めて、母が聞かせてくれた”実語教”の言葉が思い出される」
追伸(2025年1月14日)
自分の想像を遥かに超える多くの方々にこの記事を読んで頂いており、恐縮の限りです。
今回のTOB、牧野フライスが上場会社である以上、結局は株主様が最後に決める話であるので、自分にできることはありません。
それでもネットに隅っこに、何か今の時点での自分の想いを残したく書いた記事ですが、反響が思いの外に大きく、今さら困惑しているという情けない状況です。
また、SNS上でも多くの反響があり、そのほとんどが牧野フライスに対する励ましと応援の言葉ばかりで、自分の想像を超えて信頼され、愛されて頂けている会社なのだなと、嬉しく、誇らしく思っている次第です。
ありがとうございます。
今のところ、自分が書きたいことは書いてしまっているので、記事の続きの予定はありません。
また、書きたいことができれば書くかもしれませんが。
あと「雇われたPR会社が書いた記事ではないか?!」との指摘もありますが、そうではありませんので悪しからず。(証明する方法はありませんが)
それでは皆さん、またいつか、ものづくりの現場でお会いしましょう。