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扉の先(怪談)

 この話は僕の友達――仮に鈴木としておきますか――の話です。彼は子供の頃から怪談とかホラー映画とか、怖いものがとにかく好きな奴で。そんなんだから、まぁ、巻き込まれちゃったのかなって思うんですけど。鈴木ね。今、行方不明なんですよ。
 

 まだ僕らが小学校の頃の話で、鈴木が体験した話なんですが。学校の七不思議ってあるじゃないですか。うちの学校には珍しいものが一個あって。ほら、学校の七不思議って「音楽室のベートーヴェンの目が光る」とか「人体模型が動き出す」とか。あとは「トイレの花子さん」だの「二宮金次郎像」……は今日日見かけないか。大体はそういう有名なものなんですけど。まぁ、こういうのってたぶん怪談好きの子供が適当にどこかで聞いたものをそのまま流してるだけだったりするわけですからね。でも、その中にね。オリジナルのものがあったんですよ。まぁオリジナル、と言ってもそこまで真新しいものじゃないですが。「開かずの扉」って、あるじゃないですか。別に学校じゃなくても、病院とか、公民館とか、人が多く行き来するのに、なぜか誰も開いているところを見たことがない、っていう扉。うちの学校にもそれがあって。学校の七不思議の一つとして数えられていたんです。

 その「開かずの扉」は、確か……二階の図書室に向かう、一階と二階を繋ぐ階段の下。そこにありました。見た感じ、大きな部屋にはつながっていないと思われる扉。たぶん掃除道具とか入れてある……倉庫みたいなもんなんじゃないのかなってぐらいの。でも、その扉の向こう側を知る人は、先生の中にもいませんでした。

 噂は色々です。例えば「扉の中から大勢のうめき声がする」とか「扉が少しだけ開いていて、中から手が出ているのを見た」だとか。「その手に連れ込まれていなくなった生徒がいたんだ」なんて話もありましたが。どれも噂だけで、確固たる証拠みたいなものはなく。

 そこで。鈴木がそれを調べるって言いだしたんですよ。当時、彼は新聞委員をやっていて。夏休み前の学級新聞の特別号として、その「開かずの扉」の謎を解こうってことで。アイツ、けっこうお調子者だったから。僕はなんだか嫌な予感がしたんで止めたんですよ。でも鈴木は全然聞かず。それに、この話を聞いたある先生がすごい乗り気になっちゃって。「面白そうだ、協力しよう」となりまして。先生も言ってるんじゃ止める手立てはない。まぁ後日どうなったか聞けばいいや、聞かなくても学級新聞で分かることかと、そのまま放っておいたんです。

 先生が学校中のあまり使われていない、というか使い道がよくわからない鍵を片っ端から集めまして。学校の鍵って職員室のキーケースにまとめて入ってるわけですが。他の先生にも聞いてみると意外とそこにない鍵が出てくる出てくる。この中のどれかはあそこの鍵だろうと。鈴木を含めた新聞委員の子供たちとゾロゾロとその扉の前に行きまして。で、一つずつ鍵を試していく。一本。回らない。一本。回らない。一本。回らない。もどかしいなと思っていると。その中に一本。いやに古びた鍵があったそうです。なんだこれ? この鍵だけ妙に錆びついて……なんか、ぽいな、と。鍵を入れてみる。回すと、ガチャリ。と音を立てて……。鍵が開いた。かたずを飲む。扉をゆっくりと開ける。扉の向こうから、湿ったような、ぬるりとした風が吹いてくる。扉の中は真っ暗で何も見えない。先生は用意していた懐中電灯を点けて、中を照らした。そこにあったのは、地下に続いているらしい階段だった。地下室に繋がっている……? 一瞬の静寂の後、事態を把握した生徒たちがガヤガヤとし始める。「すげぇ、大発見じゃん!」「地下室なんてあったんだ!」「行ってみようぜ」「何があるんだろう」その階段の向こうには、何があるのか。

 「じゃぁ、ちょっと見てくるよ」と先生が。「俺、行くわ」と鈴木が先生の後ろをついていく。他の生徒たちも恐る恐るついていく。いやいや、危ないって。先生はなんで止めないんだよ、と思ったでしょう。僕も思います。でも……その時はもう、それどころじゃないというか。ちょっと引っ張られてたんじゃないのかなって思うんです。

 階段を下りていくと、先生の持つ懐中電灯の明かりに照らされ、地下室の中が見えてきた。丸い明りに反射して、それらは薄く光っていた。壺だ。地下室いっぱいに並んだ棚に、ぎゅうぎゅう詰めに並べられた、壺。え? 先生も、鈴木も、誰しもが驚いて立ち竦んでいました。「……なんだよ、この壺」と鈴木が喋り出して。「中、見てみようか」とその中の一つに手を伸ばす。その時。ガチャリ。腕がぶつかって壺の一つが落ちてしまった。やべっ、と思ってもとに戻そうとしたが。壺の蓋が空いて、中身が出てしまっている。白い粉のような、石灰のようなものと、これまた白い、木の枝のような……骨。もしかしてこれ、人の骨? 今にして思うと、あれは骨壺だったんだろうな、と鈴木は言っていました。地面に散らばった骨を呆然と見ていると。静かな地下室の中から、その骨壺の中から、薄っすらと、「うー……うー……」と声がする。その声が次第に大きくなっていき、大勢のうめき声に変わった。「うー! うー!」その声に驚き、うわっとはじかれたようにみんな、一斉に地下室から飛び出した。
 

 ……と。ここまでが、鈴木から聞いた話です。この後、一斉に地下室を後にして、どうなったかは覚えてないみたいなんです。僕も結局、学級新聞でこの話を見た覚えはないし……。でもまぁ、大丈夫は大丈夫だったんじゃないですかね。その後、みんな行方不明になった、みたいな話は聞かないですし。その後も卒業まで、何事もなく過ごしてましたし。

 あー、そうそう。これ、鈴木が行方不明になるまでの話です。だからこの話には続きがあって。この話ね。同窓会の時に鈴木から聞いたんですよ。「……っていう話を思い出したんだけど、みんな、この後のこと知らない? っていうか、この話、覚えてる?」って。僕が覚えているのは、開かずの扉の話があって、それで鈴木が確かめようって言いだして……そこまで。その後どうなったか、どころか、そもそも本当に確かめたなんて今日初めて知ったよ。同窓会に来てた他のやつらも、「俺は知らないな」「そんな話あったっけ?」「本で読んだ話とかが混ざっちゃってんじゃないの?」といった感じで。でも。「あ、俺それ知ってるわ。というか、俺、新聞委員だったから鈴木についてそこの部屋入ったし」と言い出すやつが出てきて。「あ、俺もだわ」「懐かしいな、そんなことあったな」と、あの時一緒に見に行ったというやつらが我も我もと手を挙げだして。「でも確かに。その後どうなったんだっけ?」「覚えてないな」と話は盛り上がっていきました。そして、その中の誰かが。こう言い出したんです。「ていうかさ。行っちゃえばよくない?」

 うちの小学校。実はもう廃校になってるんです。だから夜に忍び込むぐらいわけないんですね。同窓会で、酒も入ったみんなを止める奴なんていなくて。行こうぜ行こうぜ、と話をしていた何人かで、二次会の前に行くことになったんです。

 小学校に着くと、まー、懐かしくて。グランドこんなに狭かったっけ? 教室もうボロボロだな。音楽室のベートーヴェン、もう剥がれちゃってるわ。あ、ここ職員室じゃね? そう言って見て回っていると。着きました。あの扉のある階段に。

 でもね。着いたは、着いたんですけど。なかったんです。扉。そこはただの壁で。扉なんてなくて。……あれ? ここ、だよな。間違えたか? でも階段なんていくつもあるもんでもなし、ここだろ。ほら、上に図書室があってさ。……でも、ない。おかしいな、おかしいな、なんて話していると。
「いや、何言ってんだ? あるだろ。扉」

 そう鈴木は言いました。は? いや、何言ってんだお前。だって現に、壁になってて……。「俺も見えるぞ。あるじゃん、扉」「ドアノブがあってさ。ちゃんと扉だろ、これ」おかしい。話が食い違っている。誰に扉が見えていて、誰に見えていないのか。まとめてみると、どうやらあの時地下室を見に行った生徒たちには扉が見えているらしいことが分かりました。
 何だよそれ。僕達、違うものが見えてるってことか。……まずい。何だか知らないけど、まずい。関わっちゃいけないことに関わってしまった。思い出すべきじゃなかったんだ。そう、思っていると。
「ちょっと俺、見に行ってくるわ」
と鈴木が言いました。

 は……? いや、見に行ってくるってどこに。そう言おうとした矢先。鈴木は壁に向かって……おそらくはその開かずの扉があったであろう場所に向かって、鍵を差すような動作をして。ガチャリ、と回して。ドアノブを握って、回すような。そう、ちょうど、パントマイムを見ているような感覚でした。扉を開けて、そして、壁に向かって歩きだして。スーッと。壁に飲み込まれていきました。

 呆然と見つめる僕たちをよそに、他のやつらまで「俺も行くわ」と行こうとする。はっと正気に戻り、待て待て、行くな行くな、と必死で止めました。
 それから、鈴木は見つかっていません。いなくなってしまいました。
 

 これがちょうど三年前の話です。結局、今の今まで鈴木は行方不明のままです。でも……その後どうなったかは。何となく想像がつくというか。……一応、鈴木、見つかってるんですよ。
 最近、うちの学校が取り壊されまして。取り壊しに参加した地元の友達曰く、あったそうです。地下室。ちょうど、あの階段の下のところに。しかも本当に骨壺がぎっしりと並べられていて。で、その骨壺。調べてみたら、底の所に名前が掘られていて。その中の一つに。鈴木の名前が掘られていたんですって。

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一人用朗読想定台本

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