Café Opulenceの主人(演劇・約80分)
人物一覧表
天宮(あまみや)惺句(しずく)(34)…明を好きな会社員
久城(くじょう)栞里(しおり)(20)…明を好きな大学生
サンタさん(?)…サンタクロース
瓜﨑(うりざき)明(あきら)(28)…カフェの主人
瓜﨑華鈴(かりん)(28)…明の妻
舞台設定
Café Opulence (カフェ・オピュロンス)という名前の、西洋――特にフランス――を意識したカフェ。都会の大通りを外れた路地の端にある、こじんまりとした静かな佇まいの店。二階は店主夫妻の住まいとなっている。
玄関入ってすぐ、店内の中央辺りに机とそれを挟んだ椅子。玄関向かって奥にカウンター席、さらにその奥にキッチンがある。玄関から右手には二階へと上がる階段が。階段は舞台装置に合わせて変更すると良い。
あらすじ(※結末まで書いてあります)
ここはCafé Opulence。二人の女性、天宮惺句と久城栞里は、一人の男、カフェの主人である瓜﨑明を取り合い、喧嘩の末殺してしまう。二人は明を生き返らせるため、サンタを召喚し願い事をする。しかし生き返ってもどちらを愛する保証もないため、二人はどちらが愛されるに相応しいか、愛バトルと称しサンタに判定してもらうことに。
愛バトル一回戦を終え、引き分けに終わった二人だが、そこでサンタと共に召喚されていたこっくりさんが明の死体に取り憑き、動き出す。そうとは知らない惺句と栞里は直接本人に決めてもらうと、また愛バトルを始める。愛バトルの末、明に惺句を選んでもらうが、そこで明にはこっくりさんが取り憑いていること、そして明には妻がいることが明かされる。
騒ぎを聞いた明の妻、瓜﨑華鈴が2階から落ちてくる。驚いた惺句たちは隠れるが、サンタと惺句、栞里は見つかってしまい、明は死んでいると思われる。死んだ明を見ても動揺しない華鈴は、なぜ落ち着いていられるのかを語り出す。実は明は女たらしであり、華鈴も騙されてしまっていた。そのため、死んでほしいとまで思っていたのだと。その話を聞いた惺句と栞里は明に幻滅する。
そして華鈴は明に触れてしまい、明にこっくりさんが取り憑いていることがバレてしまう。騒動を経て、惺句と栞里の願いは変化していた。栞里は元の生活に戻るために明との記憶を消し、栞里は元の生活を捨て新しい生活を送るために明の店で働くことになった。そして、サンタは最後にこっくりさんの願いを叶え、明の体にこっくりさんの魂を固定させる。
最後に華鈴は実は惺句と栞里に嘘を付いていたことを告白し、明はそれを笑って聞き入れる。こっくりさんの願いは叶ったのかと聞く華鈴に対し、明は「人間になりたい」と答えるのであった。
舞台装置案
舞台上手に玄関口、下手にキッチン。どちらも壁に絵を描いて表現。下手に人が二人ほどしゃがんで隠れられるぐらいのカウンターを設置。舞台奥にではけに使う扉と空間。舞台中央に机とそれを挟んで椅子が二つ。机の上にはこっくりさん召喚の儀式に使う紙。ただし鳥居ではなくクリスマスツリーが描かれている。
上演時間・利用規約
声劇・演劇想定台本
上演時間約80分
本編
惺句と栞里、舞台中央の机を挟んで椅子に座り対面し、十円玉に指を置き、こっくりさん召喚の儀式を行っている。
クリスマスソングが流れている。
照明の明りが明滅を繰り返す。
惺句・栞里「サンタさん、サンタさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください。サンタさん、サンタさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」
部屋が一瞬真っ暗になる。再度明るくなると、いつの間にかサンタが現れている。
クリスマスソングが止まる。
サンタ「ほっほっほっ。メリークリスマス」
栞里「やった、やった!」
惺句「ほ、ホントに出た!」
栞里「ね、僕の言ったとおりだ」
惺句「そ、そうね。まさかホントに……あんなこっくりさんを真似ただけの適当な儀式で現れてくれるなんて」
栞里「何でもいいさ。来てくれたんだから」
サンタ「今宵はクリスマス・イブ。あなたたちに望みのプレゼントをあげましょう」
惺句と栞里、顔を見合わせて。
惺句「じゃ、じゃぁ……」
栞里「うん……」
惺句・栞里「明さんを生き返らせて」
サンタ「……ほぅ? 明さん?」
惺句「あそこにいるわ」
惺句、カウンターを指差す。
サンタ、カウンターの中を見る。
サンタ「これはこれは。確かにお亡くなりになられてますな。どうなさったので? 病気? 事故? あるいは……」
惺句「事件よ、事件。殺人事件」
栞里「えっと。僕たち、二人とも明さんを好きになってしまったんだ。だから取り合いになっちゃって」
惺句「そんなつもりはなかったのだけれど。はずみで明さん、カウンターの角に頭をぶつけてしまって」
栞里「そのまま、動かなく……。だから、事件というか、事故でもあるというか。とにかく。殺すつもりなんてなかったんだ。だから生き返らせてほしい」
サンタ「ふむふむ。事情はわかりました。しかし……私にはそれはできませんな」
栞里「どうして」
惺句「サンタは願いを叶えるものでしょう」
サンタ「正確には。望みのプレゼント、つまり物を与えるものですよ」
栞里「あ、そっか」
サンタ「生き返る、というのは概念的な事でしょう。物ではありませんから」
惺句「そこをなんとか」
サンタ「そういう願い事は七夕の日にお願いします。それ専門の神様がまた別にいますから。では、私はこれで」
栞里「待って待って。えーっと。何か考えるから待って」
サンタ「何かって」
惺句「あ、はい」
サンタ「どうぞ」
惺句「生き返らせるってことは、つまり命を吹き込むってことでしょう。命って要は脳と心臓が動いていてって話で、動かすためにはある種の化学物質が必要で。その化学物質が無くなっている状態が死んでいるってことだから……その化学物質をちょうだい。で、結果として明さんが生き返るようにして……っていうのはどう?」
サンタ「うーむ」
惺句「化学物質という物をプレゼント。これでどうよ」
栞里「すごい。頭良い」
サンタ「確かにそうですなぁ。うーむ。上手く丸め込まれてしまったような」
惺句「丸め込まれたところで願い事を叶えてよ」
サンタ「仕方ありませんな。叶えましょう。ただし、条件があります」
栞里「条件?」
惺句「無償じゃないの?」
サンタ「それは少年少女に限った話。もう成長してしまったあなたたちからはしっかりと対価を頂きます。プレゼントに見合うだけの対価をね」
栞里「対価……いいよ。払おう」
惺句「待った。人一人生き返らせる事の対価よ。どんなに大きいか……私たちのどちらかが死んでしまうとか」
栞里「それは……困るな」
惺句「明さんが生き返っても自分が死んだんじゃ本末転倒よ」
サンタ「どうされますか?」
栞里「ちょ、ちょっと待って」
惺句「……ねぇ。そもそも、生き返らせてどうするの?」
栞里「どうするのって……そりゃ……どうしよう……どっちかを選んでもらう?」
惺句「もちろん私を選んでもらうわ」
栞里「いやいや。僕こそが相応しいよ」
惺句「何を」
栞里「やるか」
サンタ「止めてください。愚かな争いは」
栞里「何だと」
サンタ「早く生き返らせるか決めてください。このままだと彼、明さん。腐ってしまいますよ」
栞里「それなら治った状態で生き返らせて」
サンタ「対価がどんどん大きくなりますな」
惺句「生き返らせる、は決定として……」
栞里「じゃぁ、はい。僕を愛するように生き返らせて」
惺句「あ、ずるい。はいはい。私を愛するように生き返らせて」
栞里「何を」
惺句「やるか」
サンタ「だから。おやめなさい。醜い争いは」
惺句「何ですって」
サンタ「その願いに関してはお二人両方を叶えるというのは不可能ですぞ。彼は一人の女性しか愛せない人間ですからね」
惺句「二人同時に愛されるのも困るわ」
栞里「僕は僕だけを愛してほしいんだ」
惺句「一夫多妻制じゃ愛が分散しちゃうもの」
栞里「僕かあなた、どちらか一人だけが愛される権利がある」
惺句「そうね。私かあなた、どちらが彼に相応しいか」
サンタ「あのねお二人とも。そもそも彼は」
栞里「戦おう」
惺句「望むところよ」
サンタ「……はい?」
栞里「ルールは?」
惺句「愛バトル」
サンタ「愛バトル?」
惺句「どちらの方が彼を愛しているのか競い合うの。彼との出会いと、彼の魅力を語り合ってね」
惺句「いいね、それ。やろう」
サンタ「それでどちらかに決まったところで、愛するように生き返らせるというのは……そもそも愛だって生きるとか死ぬとかと同じ概念なのでは」
栞里「愛とはすなわちアドレナリンやドーパミンが脳に溢れること」
サンタ「あぁ。はい。もう何でもよろしいです。最近の若い者の考えはどうも分からないですなぁ」
惺句「さっさと始めましょう」
サンタ「はいはい。では審判は……。私ということになるのでしょうなぁ」
惺句「先攻は私よ」
惺句、舞台中央辺りに立つ。
栞里とサンタ、カウンター席に座り惺句を見る。
惺句(M:モノローグ)「私の名前は天宮惺句。都内の一流企業に勤める一流のオフィスレディ。一流の高層マンションの一流の部屋に住んでいる。つまり、財布の中身も一流。とはいえ世の中そう甘くはないわ。毎日の残業。面倒な接待。上司のセクハラ。陰湿な同僚。一流といえど避けては通れない悪路。溜まりに溜まったストレスを貯まりに貯まったお金で発散しようにもそんな時間はなく。そんな私には理解のあるイケメンの彼氏……がいるはずもなく。仕事一辺倒の私には当然出会いもなかったの。そんな現実が嫌になって、ある日無理矢理定時で上がった私は大通りを外れて路地へと入っていったわ。別にあてがあったわけじゃない。とにかくいつもの道では帰りたくなかっただけ。ほんの少しの自由を味わって見たかった。するとお洒落なカフェを見つけたの。大学時代に留学したフランスを思い出させる古風な外観に見惚れて、気付いたら……」
惺句、玄関付近へ。
入店を知らせる鈴の音。
明、カウンターの中から立ち上がり現れる。
明「いらっしゃいませ」
惺句「あ、えっと。どうも……」
明「どうぞごゆっくり」
惺句「いえ。私、お客じゃないんです。お洒落なお店に見惚れていて、思わずふらっと入ってしまっただけで」
明「はぁ」
惺句「ごめんなさい、変なこと言って」
明「いえいえ。お気になさらず。せっかくですし、どうです? もしお暇でしたら一つコーヒーでも」
惺句「それなら一杯だけ」
明「では少々お待ちを」
とカウンターへ。コーヒーを淹れる。
惺句(M)「彼がコーヒーを淹れる間、私はその動きをじっと見つめていたわ。豆を素早く挽き、少し蒸らしてからゆっくりとお湯を注ぐ。教科書通りだけどどこかぎこちなさを感じる動き。きっと彼がこのお店を開いたのはごく最近のこと。若い彼は何かに憧れて心の赴くままに夢を追ってしまった。例えば留学先で見つけたカフェに心を打たれて。その国は私と同じだったりして。などと考えていると」
明「お待たせしました」
とコーヒーを惺句の前へ。
惺句、コーヒーを一口。
惺句「苦い」
明「あぁ。これはすいません。ブラックは苦手でしたか」
惺句「いえ。大丈夫です」
明「お口に合いますか」
惺句「えぇ、まぁ」
明「それは良かった。ちょっと不安だったんです。僕のコーヒー、評判が悪いみたいで」
惺句「そうなんですか。やっぱりちょっと苦いかも」
明「まいったな。そうだ、お菓子をお出ししましょう。苦い思いをさせてしまったのでお詫びに。サービスです」
とカウンターへ。
惺句「大人っぽく振舞おうとしているのに、どこか抜けていて可愛い子。思わずからかいたくなってしまう」
明「どうぞ」
とお菓子を惺句の前へ。
惺句(M)「私の顔をじっと見つめるその顔は、まるで飼い主を待つ狗みたい。コーヒーに目を落とし、ふっと彼の顔を見る。すると必ず目が合うの。そうすると彼は恥ずかしそうに眼を背けて……。そうやって私たちは二人きりの濃密な出会いを果たしたの」
惺句「あの。また来てもいいかしら」
明「えぇ。ぜひ」
惺句「次までに練習しておいてくださいね。コーヒー」
明「はい」
と、カウンターの中へ戻る。
惺句「……どう?」
栞里「嘘。ダウト。あなたはあの人の良さをまるで分っていない。子供っぽいところが可愛い? 冗談じゃない。あの人は大人の男性。例えるなら、そう、狸かな」
惺句「狸ぃ?」
サンタ「惺句さんのお話とはこれまた全く違うイメージですな」
惺句「聞かせてもらおうじゃないの」
栞里「いいだろう」
栞里、舞台中央辺りに立つ。
惺句とサンタ、カウンター席に座る。
栞里(M)「僕の名前は栞里。都内の大学に通う女子大生。一流ってわけじゃないけどぶっちゃけ親の仕送りがわりと潤沢だったからそれなりに良い生活は送ってたかな。だけど僕には一つ弱っていたことがあったんだ。普通の大学生でしかない僕のささやかな夢。それは小説家になること。その日も賞に出すための小説を書いていたんだ。ところが思ったように筆が進まず、気分転換にふらふらと街中へ、大通りからちょっと外れた路地へ。いつもは本屋さんとかグッズショップが集まってるところしか行ったことなかったから凄い新鮮で。これなら良いアイデアが浮かぶ……はずもなく。そもそもちょっと書けないぐらいで気分転換だって歩いたりするから結局書けないんだよ、もっと集中して書かないとダメなんだよなと自虐的に落ち込んでいると。静かな佇まいの洋風なカフェを見つけたんだ。名前はカフェ・オピュロンス。フランス語で華やかの意味を持つその言葉と見た目のアンバランスさに何となく惹かれて入ってしまった」
栞里、玄関付近へ。
入店を知らせる鈴の音。
明、カウンターの中から立ち上がり現れる。
明「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
栞里「あ、え、えっと、はい」
と真ん中の机の席に座る。
栞里(M)「後悔先に立たず。本当はこういうお店は苦手なはずなのに。でもこうなっては断れない。僕は一杯だけコーヒーを頼んで、だけど全く手を付けずにいた。僕の頭は〆切のことでいっぱいで。前回は間に合わなかったから今回こそは。意気込んでいると……意外と書ける。はずもなく。一応適当に書いてみたものはあったよ。でも質が伴っていない。気付けば外は真っ暗で。ところが机の上には少しばかりの没ばかりで」
栞里「あーっ。どうしよう」
明「お客様?」
栞里「あ」
明「どうかされました?」
栞里「あ、あ、あ。いえ、な、何でもないんです。すいません」
栞里、コーヒーを一気に飲みほす。
栞里「で、では、これで」
とカバンと机の上の紙を持って帰ろうとする。
栞里「あ、そうだお金」
と振り向く。足が絡み、転ぶ。手に持った紙がバラまかれる。
明「大丈夫ですか」
と紙を拾う。
栞里、立ち上がりながら
栞里「す、すいません」
明「いえ。小説ですか」
栞里「えぇ、まぁ、お恥ずかしながら」
明「恥ずかしいだなんてとんでもない。良く書けているじゃないですか」
栞里「え?」
明「申し訳ない。少しだけ見てしまいまして」
栞里「没にしちゃおうかなって。適当に書いたヤツだし、あんまり面白くないし」
明「そうですか。それは残念だな。でも僕は好きですよ。あなたの小説。少ししか読めていませんが」
栞里「え、あ、ありがとう、ございます……」
栞里(M)「家族以外の人に褒められたのはこれが初めてでした。しかも好きだなんて。嬉しい。そうだ。この気持ちが欲しくて私はずっと書いてきたんだ。この人の前で、この人のためにと思えばもっと書けると思ったんです。だから」
栞里「あの!」
明「はい」
栞里「また来てもいいですか」
明「喜んで。しかし」
栞里「しかし?」
明「次はぜひ、淹れたてのコーヒーをご賞味ください。冷めてしまったものでなく、ね」
栞里「あ、あ。す、すいません……」
明「冗談ですよ」
栞里(M)「そういって彼は笑っていました。大人の落ち着きと貫禄を持った優しい人。すべてを受け入れてくれそうな包容力があって、だけどどこか悪戯心のある……そう、ちょうど狸のような人だった」
明、栞里のモノローグの最中にカウンターの中に戻る。
惺句「ふーん」
栞里「何さ」
惺句「信じられない。あなた全然わかってないわ」
栞里「何だと。そっちこそ。何が狗だよありえないよ。首輪でも付けて飼うつもりなの。変態じゃないかそんなの」
惺句「あなたこそねぇ。何が狸よ。そんなどっしりとした貫禄なんてないわ。ないのが良いんじゃない。そもそも狸みたいに太ってないじゃない」
栞里「それはそうだけど」
惺句「私の狗の方がよっぽど体に合ってると思うわ」
栞里「僕が言ってるのは彼の本質の話だよ。あなたと違って僕は彼の心を見てるんだ」
惺句「何ですってぇ」
サンタ「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて」
惺句「ちょっと、あなた審判でしょう」
栞里「どっちが正しいと思います?」
サンタ「うーん。しかしこれだけでは何とも。まだ出会いのエピソードしか聞けていないわけですし」
惺句「なら第二回戦よ」
栞里「望むところだ」
サンタ「しまった余計なことを言ってしまった」
栞里「二回戦の内容はどうする」
惺句「このまま出会いから忠実に確認していったんじゃ埒が明かないわ」
サンタ「そうですぞ。時間は有限ですからな。ゆっくりはしてられませんぞ」
惺句「あなたが決めないからでしょ」
栞里「そうだよ。審判のくせに」
サンタ「そう言われましても。……ならば。本人に決めてもらうのが一番なのではないでしょうかな」
惺句「本人?」
栞里「死んでるよ?」
サンタ「生き返らせてから。改めてゆっくり愛バトルをすればよろしいかと」
惺句「あー……」
栞里「そ、そうだね」
惺句「それがいいわね」
栞里「ねー……」
惺句・栞里「……」
と顔を見合わせる。
サンタ「……どうかしたのですか?」
惺句「いやぁ」
栞里「いざそうなると」
惺句「恥ずかしいというか」
栞里「ねぇ……?」
サンタ「あぁ……そうですか」
こっくりさん、明に取り憑き、明の体が起き上がる。ふらつく。
明「おっとっと……」
惺句と栞里、明の方を見る。唖然とする。
惺句「あ、あ、あ」
栞里「い、い、い」
惺句・栞里「生き返った!」
サンタ「え?」
惺句「ほ、本当に生き返った」
栞里「わ、わぁ、わぁ、どうしたらいいのこれ」
明、体の調子を確かめるように動かす。手を握り、放し、腰を回し、首を回し、周りを見回す。
明「おぉ……これが……」
惺句「ホ、ホントに生き返ってる」
栞里「あ、ありがとう、ありがとうございます! サンタさん!」
サンタ「い、いや、私は……」
明「(咳き込む)」
栞里「だ、大丈夫……ですか?」
明「あーあー、あー……。うん。大丈夫だ」
惺句「良かった。……頭の方は……何ともない?」
明「頭? ……いや。特に。……あの。状況が掴めないんですが」
栞里「あ、えっとね。僕たちが、というかサンタさんが生き返」
惺句、栞里の口を手でふさぐ。
惺句「ちょ、何言ってるのあなた。言わなければ何ともなく済む話でしょ」
栞里「そ、そっか、そうだった」
惺句「え、えーっと。私たちは。その。夜にちょっと小腹が空いちゃって。ちょうど明りが点いてたからまだやってるんだと思って入ったの。そしたら明さん、そこで倒れていらして。どうしたものかと悩んでいたら、ちょうど、起き上がられて」
栞里「そ、そうそう。そうなんだ。だから詳しいことは僕たちにも分からないんだ」
明「そうでしたか……えっと、惺句さんに、栞里さん。常連の方……でしたよね」
惺句「え、えぇ。そうですけど」
栞里「なんか変な聞き方」
明「あぁ、申し訳ないです。どうも……頭がぼんやりとして。記憶が何だか曖昧というか……どうしてだろう。頭でも打ったのかな。あ、それで倒れてたのか、僕は」
惺句「そ、そうじゃないですか」
明「ところで、そちらの赤い服で白いひげを蓄えたどこからどうみてもサンタ風の人は、いったい?」
惺句「あ、あー……この人は」
栞里「コ、コスプレ……そう、コスプレです」
惺句「ほ、ほら。今日はクリスマス・イブでしょ。だからサンタのコスプレをして歩いてたの。そしたら偶然ここの近くを通りかかって、何やら騒がしくしてるから気になって入ったの。ね?」
サンタ「は、はい」
明「コスプレにしてはリアルというか……よくできてますね」
栞里「そう、そうなんですよ」
明「髭なんかもう直に生えてるみたいだ」
サンタ「実際自前なんですがな」
明「え」
惺句「わー! わー! そ、そんなことよりも、明さん。あなたに話があるの」
明「話?」
惺句「そう、実は私、あなたのことが」
栞里「待った! 抜け駆けはずるいよ」
惺句「ちっ。バレたか」
栞里「どさくさに紛れようったってそうはいかないぞ。言うなら一緒に、だ」
惺句「分かったわよ」
栞里「せーの」
惺句・栞里「私たち、明さんのことが好きです。どうか付き合ってください」
と二人とも同時に明に手を差し出す。
明、笑いそうになる。二人から顔を逸らし、堪えて。
明「あ、あのー。(咳払い)二人同時にというのはさすがに判断に困ると言いますか。気持ちは嬉しいですよ。しかし……」
惺句「困らせちゃってるじゃない」
栞里「ご、ごめんなさい」
明「あぁ、いえ、謝る必要は」
栞里「で、でも。僕たちは真剣なんだ」
惺句「本気であなたに恋してしまったの」
明「そう言われましても。まだ知り合って間もないですし、お互いの事もよく知らないじゃないですか」
惺句「それはこれから知っていけばいいわ」
栞里「そうだよ。気持ちに時間は関係ないんだ」
惺句「あら。あなた良いこと言うじゃない」
栞里「どうも」
明「そうは言いますが。その、状況的に俺はどちらかを選ばないといけないんでしょうけど……選ぶための……何というかな。ポイントというか。これだという決め手がない。お二方どちらも俺にとっては大切なお客様で変わりないですし」
惺句「それもそうね。なら仕方ないわ」
栞里「仕方ないね。アレをやるしか」
惺句「えぇ。アレね」
サンタ「アレというのはまさか」
惺句「愛バトル二回戦よ」
サンタ「やっぱり」
惺句「一回戦は出会いの時。けど順当に普段の過ごし方を比べていっても面白味がないわ。明さんは知ってる話だし。そこで今回のルールは、二人がもし付き合ったら」
栞里「いいよ。望むところだ」
明「なぜ既に一回戦がなされているんです」
サンタ「起きるまでに色々あったんですよ。それより、よろしいのですか。あの二人のどちらかを選ぶって。そもそもあなたは」
明「いいのいいの。今は乗っかる。その方が面白そうだろ? サンタさん」
サンタ「はぁ、あなたというものは……」
惺句「さっきは私が先攻だったから今回はあなたに譲るわ」
栞里「OK。よーし。絶対負けないぞ……。明さん。よろしくお願いします」
明「へ? よろしくお願いします……?」
栞里「二人がもし付き合ったら。デート編。スタート! ……あ、明さんはこっち」
明「はいはい」
と栞里の傍に。
サンタと惺句、カウンター席に座る。
栞里「今日は休日。ここは動物園。明さんの誘いでやって来た僕。あぁ……なんて幸せなんだろう。手とか繋いじゃったりして。きゃっ」
明「ははは……。えっと。繋げばいいんですか?」
と栞里と手をつなぐ。
栞里「うっひょー!」
明「喜んでくれたようでなによりです」
栞里「そ、それと明さん。敬語はやめてください。僕たちその……付き合ってるんですから」
明「分かりました。……いや。分かったよ。でもそれはお互い様なんじゃないかな。栞里も普通にしてよ」
栞里「は、はひ……う、うん。あ、い、今、栞里って、名前」
明「付き合ってるんだからいいだろ?」
栞里「う、うん」
惺句「きー! 見てるだけでイライラする」
サンタ「落ち着いてください。ただのフリ、フリですから」
栞里「あ! 見て見て! ゾウがいるよ。あれはアフリカゾウだね」
明「お。大きいなぁ」
栞里「耳、パタパタさせてる。かわいい」
明「ホントだ。あの大きな耳で空を飛ぼうとしてるのかな」
栞里「え?」
明「なんてね。ジョーク、ジョーク。ちょっと子供っぽかったかな」
惺句「お茶目なところも可愛らしくて愛おしいわぁ」
栞里「違うよ? あの大きな耳にはね。体温調節の役割があるんだ。薄く大きな耳いっぱいに血管が張り巡らされていて、耳をはためかせることで風を起こして血液を冷やして体温を下げるんだ」
明「……」
栞里「そしてゾウってね。汗をかかないんだ。汗をかくための汗腺がないからね。あの大きな体を冷やすためには汗だとすごい量の水分が必要だろうし、効率が悪いんだろうね。あの大きな耳で十分ってことなのかな? ちなみにそんなゾウだけど、唯一汗をかく部位があるんだ。どこだか知ってる?」
明「さぁ……」
栞里「それはね。足の爪先。実は爪の周りにだけ汗腺があって、汗をかくことができるんだ。だから汗っかきのゾウなんかは真夏になると爪先だけ汗びっしょりなんだよ」
明・惺句・サンタ「へ、へぇー……」
明「す、すごいね」
栞里「あ……ご、ごめんなさい! 僕、一方的に喋っちゃって」
明「ううん。すごいと思うよ」
栞里「え? ゾウの耳が?」
明「そっちじゃなくて」
栞里「じゃぁ、爪先?」
明「ゾウのことじゃなくて。栞里のこと」
栞里「ぼ、僕……?」
明「そう。それだけ知ってるってことはよく調べたんだろ? ゾウのこと」
栞里「う、うん。ゾウというか、動物が好きで。色々。調べてるうちに詳しくなっちゃって」
明「好きなことにそれだけ全力になれるっていうのはさ。誇るべきことだと思うよ」
栞里「明さん……」
明「俺は栞里のそういうところ、好きだよ」
栞里「明さん……! ぼ、僕も、好きです。明さんのこと」
明「ありがとう」
栞里「……は、はい! ここまで、ここまで!」
惺句「あら、終わり?」
栞里「な、なんか、恥ずかしくなってきた」
明「俺は楽しかったよ、栞里」
栞里「ひゃー!」
惺句「きー! つ、次! 次は私の番!」
栞里「ふっふっふっ。僕に勝てるかな?」
栞里「勝てるかなって、あなたゾウの豆知識を披露しただけじゃない」
栞里「うぐっ。で、でも、最後はいい感じの雰囲気になってたもん!」
惺句「明さんのおかげでね」
サンタ「随分とノリがよろしいんですな」
明「嫌いじゃないんだこういうの。むしろ好き、得意なんだ」
サンタ「まー……いつも化けて出てますからなぁ、あなたは」
惺句「私の番の前に確認。私のことは惺句さんと呼ぶこと。敬語はそのまま。その方が好みだから。設定は夜のバー。ウィンドウショッピングを楽しんだ後、私のいきつけのバーに入る……。サンタさん、バーテンお願い」
サンタ「えぇ……。仕方ありませんなぁ」
惺句と明、玄関の方へ。
サンタ、カウンターの中へ。
栞里、カウンター席に座る。
惺句「カランコロンカラン」
サンタ「はい?」
惺句「入店の音よ。カランコロンカラン」
サンタ「あ、はい。いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
惺句「ここにしましょう」
明「はい」
惺句と明、舞台真ん中の机に対面で座る。明がカウンター側、惺句が玄関側。
明「珍しいですね。対面で座れるバーなんて」
惺句「そういうコンセプトなのよ。カフェのようにくつろげる空間をってね。私のおすすめでいいかしら」
明「はい。お願いします」
惺句「マスター」
サンタ「はいはい」
惺句「私と彼に、モヒートを」
サンタ「かしこまりました」
明「このお店。よく来られるんですか?」
惺句「えぇ。最近は毎週のように」
明「へぇ。お酒、好きなんですね」
惺句「というより。お酒は忘れさせてくれるか。嫌なことを」
明「会社、大変なんですね」
サンタ「……モヒート……って?」
栞里「知らないんですか?」
サンタ「そりゃ私は子供のためのサンタですから大人のお酒なんて。そういう栞里さんは」
栞里「知らない」
サンタ「だと思いましたよ」
栞里「まぁフリなんだから。中身はいらないんじゃない? グラスだけで」
サンタ「そのグラスというのもここはカフェですから……仕方ない」
とティーカップを準備し、惺句と明のもとへと届ける。
サンタ「お待たせしました。モヒートです」
惺句「ティーカップ」
明「なるほど、そういうコンセプト」
サンタ「はい。そういうコンセプトです。では。ごゆっくり」
と元いたカウンターへ戻る。
惺句「花に花言葉があるように、カクテルにもカクテル言葉というものがあるの。知ってる? モヒートのカクテル言葉」
明「さぁ……何て言うんです?」
惺句「『心の渇きを癒して』。仕事に疲れて乾いてしまった私の心……潤してくれるのはあなただけよ、明さん」
明「あなたのそんな存在になれたなら嬉しいです」
惺句「モヒート、飲んだことある?」
明「初めてです。だからどんな味なのかも、全然、想像つきません」
惺句「ライムと砂糖、ミントを入れてやさしく潰す。そこに氷、ラム、炭酸水を入れた、ゆっくり飲むための冷たいロングタイプのカクテルよ。発祥の地はキューバのハバナ。19世紀後半、バカルディによって生み出されたわ。バカルディというのはスペインからキューバに移住したワイン商ね」
明「そうなんですね。あ、じゃぁ、乾杯……」
惺句「ちなみに、さらに元をたどると16世紀後半まで遡ることができるわ。イギリスの海賊、フランシス・ドレークの部下、リチャード・ドレークが、ドラケというお酒をキューバの人々に伝えたのが始まりと言われているわ」
明・栞里・サンタ「へ、へぇー……」
惺句「あ、あらいやだ。私ったら。ごめんなさい」
明「謝ることないですよ。すごいな。お酒に詳しいなんて。憧れちゃうな」
惺句「え?」
明「何て言うか、大人っぽいじゃないですか」
惺句「そうかしら」
明「そうですよ。僕はいつもコーヒーですから」
惺句「それも十分大人っぽいじゃない」
明「そうですかね」
惺句「ちょっと苦いけど」
明「あ。もう……今は練習して、前よりは美味しくなってるんですからね」
惺句「また私のためにコーヒー、入れてちょうだいね」
明「喜んで」
惺句「……どう?」
栞里「どうって。……僕に聞かれても」
惺句「あなたの時より、いい雰囲気のデートになったでしょう」
栞里「そうかなぁ」
サンタ「どっちもどっちな気がしますが」
惺句「何よ。いいわ。あなたたちにどう思われようと最終的に明さんが納得してくれればいいもの」
明「俺、あ、俺ですか。そうですねぇ」
栞里「僕と惺句さん、どっちの方が好みのデートでした?」
惺句「やっぱり、私よね。モヒート、美味しかったでしょ?」
明「いやフリだから飲んでないし味は」
栞里「僕と見たゾウ、可愛かったでしょ」
明「それも空想上の話だからなぁ」
惺句・栞里「さぁ、どっち?」
明「うーん。どっち、と言われても。正直、今のところ情報としてはゾウの豆知識とモヒートの豆知識だけなんだよなぁ」
サンタ「お二人とも明さんにフォローされてなんとか成立させてましたが。普通なら通用しないですからね」
栞里「えー」
惺句「ということは?」
明「今回はドロー、引き分けということで」
栞里「そんなぁ」
惺句「残念だわ」
明「デートはいいんですけどもっとこう、俺をドキッとさせるようなものをですね」
栞里「ドキッとさせるもの」
惺句「例えば?」
明「例えば。うーん。そうですね。いっそのことキスシーンとか」
栞里「キ、キス! そんな、恥ずかしいよ」
惺句「そうよ、まだ付き合ってもないのに」
明「いや、フリですよ、フリ」
栞里「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいの。さっきのデートでもいっぱいいっぱいだったのに」
惺句「キスはダメね。本当に付き合ってからのお楽しみということで」
明「まぁいいですけど。他にドキッとするようなもの、あります?」
惺句「うーん」
栞里「あ、はい、はい。あります。ドキッとする話」
明「どうぞ」
栞里「これは僕が子供の頃の話。確か四歳ぐらいの頃だったかな。親戚のおばさんが亡くなって。そのお葬式にいったんだ。その帰り道、お父さんの運転する車、僕は助手席に座っていた。すると、僕は窓から外に向かって手を振っていたらしいんだ」
と手を振る。
惺句「へ、へぇ」
サンタ「それで?」
栞里「どうも僕は外の、空の方を見て手を振ってるみたいなんだ。隣のお父さんがそれに気づいて、僕に聞いたんだ。『栞里、何で手を振ってるんだい?』それに僕は答えた。『あのね、おばさんがいるの。それでね。おばさんがこっちにバイバイって手を振ってるから。僕もバイバイってしたんだよ』」
惺句「おぉ……」
サンタ「……はい」
明「……え?」
栞里「ね、ドキッとしたでしょ」
惺句「した」
サンタ「まぁ、確かに」
明「しましたけど。これはドキッというより、ゾクッなような」
栞里「ふっふっふっ」
サンタ「なぜ自信満々なんですか」
明「俺の求めてたものと違うからね」
栞里「えー」
惺句「あ、じゃぁ、はい。次、私」
明「どうぞ」
惺句「これはある女性の話」
サンタ「同じパターンじゃないですか」
惺句「しっ。違うから」
サンタ「そうですか……?」
惺句「夜。会社からの帰り道。電車を降り、広い地下鉄の駅の中を歩いていると、コインロッカーの近くを通った。すると、男の子が一人で泣いている。『どうしたの?』女性は声をかけた。男の子は返事をしない。『迷子?』首を横に振る。『一人?』縦に振る。『名前は?』横に振る。『じゃぁ……お母さんは?』ピタリと止まり、男の子はバッと振り返り、『お前だぁ!』」
栞里「わー!」
サンタ「……わ、わー」
明「……うん。あの。だからね」
惺句「どう、ドキッとしたでしょ」
栞里「した、した。悔しいけどした」
惺句「ふっふっふっ」
明「確かにちょっとドキッとしたけど」
惺句「でしょー!」
栞里「くそぉ。今回は僕の負けかぁ」
明「いや負けてないですよ。勝ってもないけど」
栞里「引き分け?」
明「違う。あのね。違うから。ドキッの意味が。全然違いますから」
惺句「えー」
明「えー、じゃない、えー、じゃ」
サンタ「要するに。明さんが言っているドキッ、というのは、言い換えるとキュン、胸キュン的なそれですよね」
明「そう、それ」
栞里「あー、なるほど」
惺句「それならそうと始めから言ってくれればよかったのに」
明「言わなくても分かるものだと……まぁいいや。ドキッと、キュンと、させてください」
惺句・栞里「……」
明「……? どうかしたんですか?」
栞里「……いや」
惺句「……ドキッと」
栞里「キュンと」
栞里「って?」
明「……って? と聞かれても」
惺句「私、自分がこうされたいとかの理想はあるけど」
栞里「相手にこうしたい、というか。男の人を喜ばせる方法って」
惺句「方法って」
栞里「……って?」
サンタ「えぇ……」
明「くくく。何とまぁ。自分勝手というか。流石は人間だ」
惺句「恥ずかしながら」
栞里「さっぱり」
明「いいよ。いい。それでこそだ。ならどうしようか。二人が俺に惚れた理由でも聞こうか」
惺句「私は。可愛らしいところ。しっかりしようとしてるのに、どこか抜けてて、お茶目なところもあって」
栞里「僕は。カッコいいところ。しっかりしてて、素直で、僕を見守ってくれるところもあって」
サンタ「一回戦の時もでしたけど。やはりお二人とも違う印象を受けているんですなぁ。同じ明さんなのに、不思議な話ですな」
明「明も人間ってことさ。人間は相手によって性格を変えるもの、なんだろ?」
サンタ「そういう人もいますが」
明「うーん。次は何を聞こうかなぁ。……何を聞いたらいいと思う?」
サンタ「え? あ、私ですか? いや、あぁ、そうですなぁ。どこに惚れたのかは言ったし。あ、なら、結婚したらどこで暮らしたいか、はどうです?」
明「採用」
惺句「沖縄かな。都会の喧騒を離れて、静かな海を眺めながら。ぼんやりとしてきた二人は、暖かな陽気の中で眠るの」
栞里「北海道かな。海鮮美味しい。雪合戦とかして遊ぶんだ。きゃっきゃうふふな感じしない?」
サンタ「判定は」
明「沖縄、惺句!」
惺句「やった!」
栞里「くそー」
サンタ「決め手は?」
明「俺、寒いの苦手なんだ」
サンタ「シンプル」
明「次」
サンタ「えーっと。では、休日の過ごし方」
惺句「軽いスポーツで汗を流すわ。バトミントンとか、一緒に走ったり。あ、ジムに行ってもいいわね」
栞里「カフェでまったりがいいかな。僕は小説を書いて、その傍で明さんは……何してるんだろ。何でもいっか。隣にいてくれればそれで」
サンタ「判定は」
明「カフェでまったり、栞里!」
栞里「やった!」
惺句「くぅ」
サンタ「決め手は?」
明「カフェで読書、好きなんだ」
栞里「気が合いますね」
惺句「いいなぁ」
明「次」
サンタ「好きな色は?」
惺句「青」
栞里「赤」
明「紫」
サンタ「引き分けですな」
明「次」
サンタ「好きな食べ物」
惺句「鳥の唐揚げ」
栞里「牛のステーキ」
サンタ「ビーフオアチキン」
明「豚カツ」
サンタ「ポーク。これも引き分け」
栞里「やっぱり酒好きなんだね。酒に合うもの」
惺句「あなたは意外と肉好きなのね。動物好きなのに」
栞里「それとこれとは話が別」
明「さ、次だ」
サンタ「よく見るテレビは」
惺句「恋愛ドラマ」
栞里「動物特集」
明「テレビ自体あまり見ないな」
サンタ「では、見るならどっち?」
明「動物特集かな」
栞里「よし」
惺句「ぐっ。次」
サンタ「山派? 海派?」
惺句「海」
栞里「山」
明「海」
惺句「よし」
栞里「くそ」
明「沖縄の海、綺麗だよな」
惺句「ねー」
栞里「くぅ」
サンタ「さて、ただいま二対二の引き分けです。次の質問で勝者を決めますか」
惺句「そうね」
栞里「望ところ」
サンタ「ほしい婚約指輪は? 明さんはあげたくなった方を選んでください」
栞里「大きなダイヤモンドが飾られた金の指輪」
惺句「シンプルな銀の指輪かな。いつもつけていられるような」
サンタ「判定は?」
明「俺もいつもつけていたいな。惺句!」
惺句「よっしゃぁぁ!」
栞里「そ、そんなぁ!」
サンタ「三対二で、惺句さんの勝ち!」
惺句「や、やっと、これで付き合える」
栞里「うぅ。敗者は潔く。帰ります」
明「待った待った。帰る必要はないぞ」
栞里「え? だって僕、負けちゃったよ?」
明「付き合えないからな」
惺句「え、どういうこと?」
サンタ「まぁ、そうですよね。あのですね。あなた方は二つ、勘違いをしています」
栞里「え、勘違い?」
惺句「いったい何を」
サンタ「まず一つ。……もう言ってしまってもいいですよね」
明「構わないよ」
サンタ「明さんは明さんではありません」
惺句「はい?」
栞里「どういうこと?」
サンタ「明さんは生き返っていません。死んだままです」
惺句「え? だ、だって、現に動いて」
サンタ「お忘れではありませんか? 願いをかなえるためには、それ相応の対価が必要だと。あなたたち、まだ対価を払っていないでしょう」
栞里「あ……ホントだ。え、じゃぁこの人は?」
明「騙して悪かったね、御二方。俺はこっくりさんだよ」
栞里「こ、こっくりさん!?」
惺句「あ、ま、まさか」
栞里「そうか、召喚! うまくいったと思ってたけど。そっか、真似しちゃってたから、どっちも召喚されちゃったんだ」
惺句「巻き添えでこっくりさんまで呼ばれちゃった……ってこと!?」
明「いやはや。楽しかったよ御二方」
惺句「今の状態って、いわゆる憑依ってやつ?」
明「そうなるね」
栞里「そんな、返してよ! 明さんの体!」
明「まぁまぁそう熱くならないで」
栞里「熱くもなるよ」
惺句「私も同意だわ。返して」
明「そう急がなくても。それに、この方が君たちにとっても都合がいいんだぜ」
惺句「なんでよ?」
明「死んだ体は放っておくと腐っていく。自然の摂理として。だがこうして俺が取り着いて動かしているうちは腐らないんだ。そういうルールになっていてね」
栞里「そ、そうなんだ」
惺句「それなら仕方ないか……でも、最後はちゃんと返してよね」
明「考えておこう」
栞里「はっ。ということは僕、明さんの偽物とあんなことやったってこと?」
惺句「本当だ。なんてこと」
明「まぁまぁ安心したまえ。確かに魂は今こっくりさんこと私の物が入っている。だが記憶は明のものを読み込んでいるんだ。性格は記憶から形成されるものだから。今俺の性格は本物の明に近いぞ」
惺句「そうなの? でも」
栞里「なんか雰囲気違うような」
明「そりゃ、多少の違いはあるさ。それに君たちはどうも自分たちの理想を押し付けてしまうきらいがあるようだからね。自分の理想と現実の明とでは色々と違うんだろ」
惺句「現実の、明さん?」
明「そう」
栞里「そ、そういえば、もう一つの勘違いって、何?」
サンタ「あぁ。それは。……明さんは妻帯者ですよ。つまり。結婚されてます」
華鈴「貴方ぁ?」
と二階からギシギシと足音を立てて降りてくる。
栞里「ま、まずい!」
惺句「騒ぎすぎたわ!」
栞里「隠れないと!」
惺句「カウンター!」
と二人はカウンターへ。
明「俺はどうしたらいいんだ」
惺句「本当なら死んでるはずだから」
栞里「でも今こっくりさんが取り憑いて動いてるならいいんじゃ」
惺句「それもそうね。……それもそうね?」
栞里「明さん、いや、こっくりさん? 何とか誤魔化して」
明「難しいな」
惺句「迂闊なことを言っても困るわ」
栞里「くっそー。どうしたら」
華鈴「貴方ぁ? お客様がいらしたの?」
と2階から声がする。
栞里「まずい怪しまれてる。時間がない」
惺句「と、とにかく、こっち、カウンターの中に隠れて!」
明「あぁ」
とカウンターの中に入る。
惺句「元々の状態に。倒れておいて」
明「了解」
とカウンターの中に倒れる。
惺句と栞里、カウンターの中に隠れる。
サンタ「あの、私は」
惺句「しまっ」
惺句「貴方?」
と2階から降りてくる。
華鈴「あら? 変ねぇ。あ、サンタさん」
とサンタと目が合う。
サンタ「こ、これはこれは……」
華鈴「どうしてサンタさんが?」
サンタ「あー……それはですねぇ」
とカウンターをチラ見。
サンタ「何と言いましょうか」
華鈴「不法侵入?」
サンタ「い、いや、そういうわけでは。ちゃんと明さんはこのことを知っていますし」
華鈴「夫が? そうだ。夫はどこに?」
サンタ「そ、それは」
華鈴「カウンターの方に何か」
とサンタを避けてカウンターへ。カウンターの中を見る。
華鈴「あ」
栞里と惺句、立ち上がり。
栞里「い、いや、あの、これは!」
惺句「アタシたちは怪しいものでは無くて!」
栞里「明さんも別に死んでは無いです!」
惺句「突然倒れてしまって!」
栞里「寝不足だったのかなぁ!?」
惺句「きっとお疲れだったんですよ!?」
華鈴、じっとカウンターの中の明を見ている。
栞里「あ、あの?」
惺句「奥様?」
華鈴、カウンターの席に座る。カウンターに置いてあるコーヒーを啜り、ふぅと一息。
栞里と惺句、顔を見合わせて怪訝な面持ちでカウンターから出てくる。
華鈴、栞里と惺句の方に目を向けず。
華鈴「貴女方が殺したのですか?」
惺句「え?」
栞里「いや、その。……はい」
惺句「ちょっと栞里」
栞里「どうせばれちゃうでしょ」
華鈴「そう……ですか……」
とコーヒーをもう一口。
栞里「何か様子がおかしくない?」
惺句「そうね。落ち着きすぎているというか」
華鈴「貴女方、ストーカーさんですよね?」
栞里「いやいやそんなそんな」
惺句「ストーカーってわけじゃないわよ」
華鈴「栞里さんと惺句さんですよね」
栞里「どうして名前を」
華鈴「主人から伺っております。悩まされているとしょっちゅう相談を受けていましたから。気を付けるようにとも。まぁ、そういった本人が死んでしまっては恰好が付かないですけど」
と、くすりと笑う。
惺句「ど、どうして夫が亡くなって、しかも犯人が目の前にいるって言うのに笑えるの」
栞里「きっと気が動転してるんだよ」
華鈴「私はいたって正常ですよ」
栞里「なら尚更どうして」
惺句「そうよ。愛する人を失ったというのに悲しんだりしないの?」
華鈴「なら貴女方は? どうして愛する人を殺したりしたのですか?」
栞里「そ、それは。でも僕たちは悲しんだし、焦ったし、怖がったし」
惺句「殺したのは事故だったの。クリスマス・イブの今日こそ明さんを私のものにしようと思って」
栞里「まさか同じ日に同じことを考える人がいたなんて」
惺句「だから殺したかったわけじゃないの」
栞里「一緒になりたかっただけだったのに」
華鈴「私も。あの人を愛していました」
栞里「ならどうして」
華鈴「愛しているからといって、生きていてほしいわけじゃないのです。死んでほしくないわけじゃないのです」
惺句「何よそれ」
華鈴「貴女方は彼のどんなところに惹かれたのですか」
栞里「大人なところ。包容力があって、狸みたいに優しいところ」
惺句「子供っぽいところ。頑張り屋さんで、狗みたいに可愛いところ」
華鈴「貴女方にはそう見えていたのですね。やっぱり、あの人はお上手だわ」
栞里「何が上手なんですか」
華鈴「人の心を掴むのが」
と立ち上がり、舞台中央へ。
華鈴(M)「私たちの出会いは高校の時。始めは同じクラスというだけの関係でしたが、ある日、放課後に一人で教室を掃除している私を彼は手伝ってくれました。どうして、と尋ねると」
明、カウンターの中から立ち上がり現れる。
明「一人じゃ大変だろ」
華鈴「といって目を細めて笑うのです。不思議な人でした。私が彼に抱いていた印象は……もっと不真面目で、もっと遊んでいる、不良で、いわゆるチャラいだとか言われるような……。だけどその時目の前にいた彼はその真逆で。どんなことにも真面目に取り組む好青年とでも言いましょうか」
明「毎日交代で掃除しているはずなのに埃が溜まっている。皆サボってばかりなんだな」
華鈴「明君。どうして手伝ってくれるの?」
明「ちょっと休みたかっただけさ。人と合わせて遊ぶってのも疲れるだろ」
華鈴「そうなのかな」
明「それと、こういうことは好きなヤツに任せておいた方が良いのさ」
華鈴「どういうこと?」
明「君、掃除嫌いでしょ」
華鈴「何で」
明「見てれば分かるよ」
華鈴「そういって彼は人の心を見透かしたように目を細めて笑うのです。気付けば私は彼に惹かれていました。そして彼も……。高校を卒業してすぐに私たちは結婚しました。彼はサラリーマンで私は専業主婦。華やかな毎日ではありませんでしたが、慎ましくも幸せな日々を送っていました。しかし、彼は突然言ったのです」
明「俺、カフェを開きたいんだ」
華鈴「どうして」
明「何と言うかさ。昔からの夢だったんだ。都会の片隅にぽつりと置かれたカフェの主人。憧れるなぁ」
華鈴「そうだったんだ」
明「協力、してくれるよね」
華鈴「で、でも……。そんな急には」
明「愛しているよ、華鈴」
華鈴「そういえばいいと思って……」
明「本心さ」
華鈴「幸い、当時の私には亡くなった両親の遺産がありました。彼は私に相談もなしに既に会社を辞めていて。もう従うしかなかった。きっと彼には何か考えがあるんだ、そう思うようにしましたが。彼は元々数字が苦手で、経営なんてまるでできず。だから私が必死で勉強して。彼に話しても」
明「何とかなるさ。大丈夫。心配しないで」
華鈴「とあっけらかんというばかりで。だけど何も大丈夫なことは無く。私たちの生活には影が落とされました。ほとんど毎月赤字で少しずつ貯金は減っていき、もう底がつく寸前でした。だけど、それでも一緒にいられたのはただ愛していたから。あの人を私は愛していたから」
惺句「なんか」
栞里「凄く」
惺句「イメージと違うというか」
栞里「理想とかけ離れているというか」
惺句「アタシの前で見せていた子供っぽい彼は」
華鈴「夜にスーツ姿で来る辺りOLさんだろうなと予想して、それなら大人の女性だろうから少し幼いところを見せて可愛らしさを見せようとしたのでしょう」
惺句「で、でも、コーヒーは。ちゃんと苦くて、まさかわざと」
華鈴「それは本当に苦かったのだと思いますよ」
惺句「ほ、ほら。それにね。何度も通ってたらちょっとずつ美味しくなってたんだから。私のために頑張って練習して、美味しくなったんだから」
華鈴「本当ですか?」
惺句「え?」
華鈴「コーヒーの味の違い、分かります?」
惺句「そ、そりゃ、多少は」
華鈴「そう思い込んでいただけじゃないですか?」
惺句「練習は嘘だったってこと?」
華鈴「私はあの人のコーヒーが美味しいと思えるようになったことはついぞなかったですよ」
惺句「そんな」
栞里「じゃ、じゃぁ大人っぽい明さんは」
華鈴「栞里さんは大学生でしたよね。服装とかカバンの装飾とかを見れば何となく察せます。だから憧れを持たれやすいように大人のように振舞ったのではないでしょうか」
栞里「そ、そんな。でも、僕の小説を褒めてくれて……」
華鈴「小説の感想、聞いたことありますか?」
栞里「え? そ、そういわれると。好きだ、とは言われましたけど、細かい感想は、別に」
華鈴「彼、活字を読むとすぐ眠くなっちゃうってよく言ってました」
栞里「そ、そんなぁ」
華鈴「好きだと言ったのは嘘では無いと思いますよ。ただ、ちゃんと読めていたかは」
栞里「い、いいですよ、そんなフォローしなくても。……はぁ。でも少し落ち込むなぁ」
華鈴「きっとね。彼は狐のような人だったんです。人の心に付け入って化かす。それが本当の彼なんだと思います」
栞里「まるで九尾の狐みたいだ」
惺句「九尾の狐?」
サンタ「九つのしっぽを持つ狐の妖怪ですな。ある時は妖艶な女性に化け、世の支配者を虜にして凋落させたのだとか」
栞里「その男バージョン」
惺句「確かに華鈴さんは明さんのせいでお金も無くなって苦労ばかりするようになったみたいだけど」
栞里「僕たちも明さんに振り回されてしまいましたね」
惺句「そうね」
サンタ「……貴女方二人は勝手にストーカーになっただけでは」
栞里「ぐぅ」
惺句「痛いところを付くわね」
華鈴「事実でしょう」
栞里「そうだけどさぁ」
惺句「でも彼がたらしじゃなければ発生していなかった問題よ」
栞里「そ、そうだ。まぁ別に。明さんが悪いってわけじゃないとは思うけどね。でもなんか、うーん。なんか幻滅しちゃったな」
惺句「幻滅……そうね」
華鈴「死んでいるからって好き放題言われてしまって。可愛そうな明君……」
とカウンターの中へ。
栞里「ちょ、ちょっと」
惺句「それは……」
華鈴「どうかしました? 私にも死んでいるのか確認させてください」
とカウンターの中で明に触る。
明、くすぐったくて動く。
華鈴「ひゃっ」
明「あー……しまった」
と立ち上がる。
華鈴「え? えっと。貴方?」
明「どうも……い、生きてましたぁ」
華鈴「……」
明「なんちゃって」
華鈴「いつから目を覚ましていたの」
明「さ、さっき」
華鈴「私の話は?」
明「なんのこと?」
華鈴「……なら良いのです。よかった。生きていて」
華鈴、明の胸に抱き着く。
明、苦笑い。
明「お、俺には何が何だかさっぱり」
サンタ「うーむ。この状況。いったいどうしましょうかな」
栞里「僕、何だか疲れちゃったなぁ。もう、いいかなぁ」
惺句「いいかなって、何が」
栞里「現実が見えちゃったって言うか。現実逃避もここまでだなって。明さんのことは諦める。いや、諦めるというより、本当は愛してたわけじゃなかったんだ」
惺句「どうしたのよ。急に。アタシと愛バトルまでしたのに」
華鈴「愛バトル?」
惺句「こっちの話」
栞里「華鈴さんの話を聞いてたらさ。僕って全然明さんのこと知らなかったんだなぁって。というよりも知ろうとしてなかったのかな。夢が壊れるのが怖くて。僕って子供っぽいでしょ。だから大人になりたかったんだ。大人の人に認められて、一緒になれたら僕も大人になれるかなって。そんなわけないのにね。ねぇ、こっくりさん」
明「何だい」
栞里「明さんって、僕のことどう思ってたの」
明「常連の学生さん、というだけさ」
栞里「そうだよね。分かってた。……サンタさん。僕の願い、変えていい?」
サンタ「何でしょう」
栞里「僕、元の生活に戻りたいんだ。明さんと出会う前の生活に」
サンタ「よろしいのですか?」
栞里「うん。本当を言うと大人になりたいっていうのが願いなんだけど。でも僕を大人にしてくれるのは、きっと時間だけだから」
サンタ「それでは。代償としてあなたの明さんとの記憶を消し去ります」
栞里「うん。分かった。やって」
惺句「そんなことしなくていいじゃない。あの人を愛した時間まで否定しなくても」
栞里「ううん。明さんを覚えたままじゃ、ずっと明さんを追っちゃうと思うんだ。僕はまだ弱いから」
サンタ「分かりました」
栞里「ありがとうございます。それじゃぁ、サンタさん。お願いします」
サンタ「はいはい。では」
栞里、眠るように倒れる。
明、栞里の傍に駆け寄り。
明「大丈夫ですか?」
栞里、目を覚まし。
栞里「あれ? 僕は?」
明「覚えてないんですか?」
栞里「えっと」
明「帰ろうとしたら急に倒れてしまったんですよ。うちの店に来たときからフラフラしてたから……だいぶ疲れがたまっているんじゃないですか?」
栞里「疲れ……そうなのかな。なんだか頭がぼんやりしちゃって」
明「それはいけない。今日は帰ってゆっくり休みなさい」
栞里「はい。あ、お代は」
明「まだ何も頼んでませんから」
栞里「そうでしたか。すいません。ご迷惑を。……それじゃぁ」
と帰ろうとする。
明「……小説、頑張って」
栞里「え、あ、はい。どうも……?」
と玄関から出て行く。
華鈴「だいぶ無理があったのではないかしら」
惺句「凄い微妙な顔してたわ」
明「ま、問題があったらそのときどうにかすればいいさ」
サンタ「楽観的ですなぁ。……さて。惺句さんはどうされますか」
惺句「私?」
サンタ「栞里さんは自分の本当の願いに気付きました。あなたは」
惺句「私……。私は……。私、こう見えても中学の頃までは不良だったのよ。お金持ちの生活っていうのに憧れてね。高校から頑張って勉強して、色々犠牲にしてやっと高いところまで来れたけど。お金ばかり集めても心は救われなかったわ」
明「だから俺に救いを求めたわけだ」
惺句「毎日のようにアナタのことを考えているとね。その時だけは仕事のことを考えなくてすんだの。アナタのためにお金を使うと、自分の生きる意味があるような気がしてくるの」
明「俺は少し迷惑だったけどね」
惺句「はっきり言うのね」
明「この際だからな」
惺句「本当は分かっていたわ。独りよがりだってことぐらい。だけどね。仕方なかったのよ。私はもう限界だったの。……私の本当の願いは、現実からの解放。違う人生を歩みたい。お金ばかりあって虚しいだけの人生じゃない。一方的な愛に縋るだけじゃない。もっと大切な何かを……。でも私は記憶を消すなんてごめんだわ」
華鈴「なら私のところで働きますか?」
惺句「あなたのところで? それはどうして」
華鈴「私たちのお店。夫婦二人でやっていますでしょう? ちょうど人手が足りないと思っていまして」
惺句「そうなの」
明「俺の意見は聞かないのかい」
華鈴「あなたとしても従業員がいるのはありがたいでしょう。バイトを雇おうかと悩んでいたではありませんか」
明「そうだったね。ただ元ストーカーの従業員というのは」
惺句「安心して。もう好きじゃないから」
明「フラれた気分だ」
華鈴「なら決まりですね」
惺句「今までの生活を捨てて、新しい生活に、か。……代償は何」
サンタ「いえいえ。これは私の力で叶えたわけではありませんから。強いて言うならそうですな。今までの生活を代償に、新しい生活を手に入れる、というのは」
惺句「そうね」
華鈴「私のところでは今までのようには稼げませんが」
惺句「構わないわ。私に必要なのはお金じゃなくて余裕だもの。元々、明さん抜きにしてもこのカフェは好きだもの。ありがたい話だわ」
華鈴「よろしくお願いします」
惺句「こちらこそ……。はぁ。今日は色々ありすぎて疲れたわ。とりあえず自宅に帰って休もうかしら」
華鈴「落ち着いたらまた連絡をください」
惺句「そうさせてもらうわ」
と玄関へ。
惺句「あなたたちは……」
華鈴「私たちは店じまいをしないと」
明「もうだいぶ遅いけどね。明日もあるし」
惺句「そう……。それじゃ。さよなら」
と出て行く。
明「良かったのかい? 従業員だなんて。愛した男を盗もうとした女を傍に置いておくとは」
華鈴「本人が言ってたじゃない。もう愛してないって」
明「そうだけどね」
華鈴「それに。どうせ惺句さんが愛した明君はもういないのでしょう? もう二度と。彼女が明君を愛することはないわ」
明「……いったいいつ気づいたんだい?」
華鈴「貴方に抱き着いたとき。心臓の音がしなかったもの」
明「中身は誰でしょう?」
華鈴「こっくりさん、でしょう?」
明「そこまでバレていたか。どうして」
華鈴「女の勘よ」
明「それはずるいなぁ」
華鈴「さっき会ったこっくりさんに似ていたから、かしらね」
サンタ「おや。お二人は既にお知り合いでしたか」
明「実は2階で召喚されてね。一人でやったってうまくいくはずなかったんだが……偶然、ここで俺の召喚の儀式をやっている女たちがいたから。力が合わさって、ね」
サンタ「なるほど」
明「あなたは別に儀式で呼ばれたわけじゃないんだろ?」
サンタ「サンタはいつだって心の傍に」
明「不思議なやつだなぁ」
サンタ「あなたこそ」
明「ははは」
華鈴「サンタさん、本物だったの」
サンタ「そうですよ。本物のサンタです。ところで、こっくりさんを召喚したということは。何か聞きたいことがあったのですか」
華鈴「そう。明君が私をちゃんと愛しているのか、ってね。そしたら」
明「性格は愛しているが顔は愛していない」
華鈴「何て言うんですもの」
明「仕方ないだろ。それが本心なんだから。さて……俺はそろそろ帰る時間だ」
華鈴「あら」
明「忘れちゃいないかい? 俺は取り憑いているだけ。制限時間がある」
華鈴「それは残念」
明「……あまり残念に聞こえないんだが」
華鈴「私としては。明さんが死んでも、こっくりさんが取り憑いた状態で生きていても。代わりはないもの」
明「そういえば元々死んでもいいって思ってたんだっけ。あーあー、やるせないねぇ」
華鈴「だけど、そうね。やっぱり少し悲しいわ。愛しているもの」
サンタ「なら、こうしましょう」
サンタ、明の方に手を向け。
明、ふらっと倒れる。
明「おっと。何をした?」
サンタ「胸に手を当ててみてください」
明「動いてる」
サンタ「代償はこっくりさんとしての権能、ということで」
明「これは……いいサービスだ」
華鈴「こっくりさん?」
明「いや……今の俺は。どっちなんだろうね。混ざり合って、よく分からなくなっている」
華鈴「私のことは?」
明「……愛しているさ。見た目なんて関係ない。動物霊だった俺にとってはね」
華鈴「こっくりさん」
明「……明でいいよ」
華鈴「明君」
と明に抱き着く。
華鈴「心臓、動いてる」
明「生き返ったということさ」
サンタ「お熱いことで。では、私はこれで」
明「メリークリスマス。最高のプレゼントだよ」
サンタ「恐縮です。では」
暗転。
明転すると、サンタはいなくなっている。
華鈴「明君」
明「名前を呼ばれるだけでドキッとするねぇ。これが恋というものか」
華鈴「そう。そうよ。その心。変わらないで」
明「もちろんさ。……しかし。君も役者だね」
華鈴「役者?」
明「幻滅させるためにあんな嘘をつくなんてなぁ」
華鈴「あら。聞いてたの?」
明「あの時既に取り憑いていたんだ」
華鈴「嘘は言ってないわ」
明「本当のことも言ってないじゃないか。このカフェは君が夢に見ていたものだろうに」
華鈴「子供の頃に一度行ったフランスの片田舎。そこのカフェに憧れていたの」
明「あの言い方じゃ俺が財産目当てで近づいたみたいじゃないか」
華鈴「本当は私のためをおもってのことだったのにね」
明「両親を亡くして落ち込んでいた君があまりに可哀そうでね。コーヒーを入れるのだって、結構頑張ったんだけどな」
華鈴「貴方、全く上手にならないんだもの」
明「小説の感想をつらつらと話せるヤツの方が世の中少ないんじゃないかい?」
華鈴「じゃぁどんな内容か覚えている?」
明「もちろん。俺は好きだと思う、以上の語彙は持ち合わせていなかったがね」
華鈴「貴方勉強だけはホントダメなんだから」
明「仕方ないだろう。読めないんだから。二人とも気の毒だなぁ。真相に気付かぬまま恋を諦めてしまうとは」
華鈴「泥棒猫のことなんて気にする必要はないもの。それに、不幸ではないはずよ」
明「そうだねぇ。君は俺を狐に例えたが。君の方が狐に相応しいんじゃないのかな」
華鈴「あら。どうして」
明「俺は皆に好かれるために、その人の好みに合わせているだけさ。だが君は違う。君はただ自分のために。自分の利益のために人を化かす。まさしく九尾の狐じゃないか」
華鈴「酷いわね。ねぇ、こっくりさん」
明「明でいいと言ったろ」
華鈴「最後にサンタは貴方にプレゼントを与えていった。それは何?」
明「あの類のものは他者の願いを見透かすことができるからねぇ。俺の願いを叶えてくれたのさ」
華鈴「それは何?」
明「人に化ける化物の願いなど、決まっているだろう。……人間になりたい」
終。
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