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動かさない椅子(怪談)

 タブーってあるじゃないですか。ある道を通る時は後ろを振り向いてはいけないだとか、ある山に入ってはいけないだとか。私の家にもそんなタブーが存在していまして。それはある部屋に固定された椅子に座ってはいけない、というものでして。

 私の家、アパートなんですけど。2ⅮKで都心にあって、それなのに凄い家賃が安くて。どうしてかと大家さんに訪ねたら。理由は二点。一つは前に住んでいた人が自殺していた……つまり事故物件である、ということ。私はそういうのは気にしないタイプだったのでそれはいいんですが。問題はもう一つの方。2DKではあるんですが。そのうちの一部屋が使えないんです。いや、正確には使えるんですが。四畳半のその部屋のちょうど真ん中に、窓に向かって洋風の古ぼけた椅子が置いてあるんです。ただおいてあるんじゃなくて、足が金具で床にガチガチに固定されていて。さらに念を押して「椅子を動かしてはいけない」と大家さんからは言われてまして。それともう一つ、「座ってはいけない」とも言われて。そんな椅子がど真ん中にあるわけですから、当然まともにその部屋を使えることは無く。なのでずっと物置として活用していたんです。

 いつだったか……。その物置部屋を整理するか、と思って。あれこれ作業していたらかなり疲れまして。ちょっと座りたいな、と思ったら。椅子があるわけじゃないですか。「座るな」と言われてはいるものの……。何故なのかは聞いてなかったですし、それに単純に「座ったらどうなるのか」が気になって。その時昼間だったので、そんなに怖いとも思わなかったんですね。だから思わずね。あー、とかため息つきながらね。座ってしまったんですよ。

 そしたらちょうど目の前に窓が見えるわけなんですが。

 お墓があったんです。

 えぇ。お墓です。石……昔からあるような石造りのお墓が。じぃっと見つめてしまいました。何でしょう。何か気になるところがあったわけでは……いや。今思うと気になるところはたくさんあります。私のアパートというのが住宅街の中にあって。そんなところにお墓なんてあるわけないじゃないですか。それも墓地とかじゃなくて。お墓が一つだけぽつねんと佇んでいるなんてこと。しかもそのお墓、なんて言うんでしょう。まるで合成写真みたいに。適当に張り付けたみたいに。すごい、浮いていたんです。

 そんなありえない状況だったんですけど。なぜか怖いとかって気持ちは出てこなくて。むしろ、妙に落ち着いているというか。あぁ、こういうことだったんだなぁ、って妙に納得していて。こういうことだから、座るなって言われてたのかなぁって。

 「いらっしゃいませ」

 と耳元で女性の声がしました。あぁ、行かないとって思って。立ち上がって。窓の方に向かって。窓を開ける寸前で、ハッと気づいて。このままだと……落ちる。そうなんですよ。ここで初めて思い出した、というか。私の部屋。三階なんです。そしたらふつふつと恐怖心が湧いてきて。そのまま急いで部屋を出て。

 それ以来。あの部屋には入れていません。あぁいや、正確には必要なものとかは取りに行ってるんですけど。なるべく椅子の方は見ないようにしていて。

 引っ越し……まぁ。できたらしたいですけどね。でもねぇ。私今貯金が……引っ越しするほど資金が無いんですよねぇ。それにこのことを除けば本当に良い物件なんですよ。

 考えてみると。どうもおかしな話、ですよね。いや、現象がではなく。大家さんがというか。だって。あの椅子どかせばいいじゃないですか。金具を外せば別にどうにかできますし。大家さんも怖がっているのかもしれないですが。家賃があまりにも安すぎることといい。……どうも。住んでほしい、と思ってそうなんですよね。……いや。違うな。カリギュラ効果ってあるじゃないですか。「やるな」と言われると、やりたくなるやるっていう、アレ。もしそれを狙っているんだとしたら。座って欲しがっている……? まぁ。これは私の勝手な想像でしかないんですが。

 あぁ。そういえば。前に住んでた人。落下死だったらしいですよ。たぶん、行っちゃったんでしょうね。

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一人用朗読想定台本


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