俺たちの戦いはこれからだ(声劇・演劇、男2女1不問2)
登場人物
平塚 明雄(ヒラツカ アキオ)(34)男…漫画家 ※性別変更可
島田 和真(シマダ カズマ)(40)男…担当 ※性別変更可
青川 太陽(アオカワ タイヨウ)(19~21)男…漫画の主人公
尾山 凪咲(オヤマ ナギサ)(19~21)女…漫画の大学生
森田 勝美(モリタ カツミ)(19~21)男…漫画の大学生
声劇・演劇想定台本
上演時間約30分
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〇出版社・島田のデスク
平塚明雄(34)、緊張の面持ちで島田一真(40)の前に立っている。
島田、渋い顔で座っている。
平塚「島田さん。これが最終回です」
平塚、島田に原稿を渡す。
島田、それを受け取る。
島田「これで打ち切りか……。平塚君。すまないな」
平塚「いえ。漫画家にはよくあることですから」
島田「そうか。……では、読ませてもらうよ」
平塚「はい」
島田、原稿を読み始める。
〇漫画・大学のとある場所
青川太陽、感慨深そうに景色を眺める。
青川M「この大学に入学して早一年。いろんなことがあった。始まりは、勝美が話しかけてきたこと。入学してすぐの僕は、高校の頃にあった事件を引きずって、立ち直れないでいた。そんな僕を見つけてくれたのが……」
※ ※ ※
(フラッシュ)
森田勝美、どこからか現れる。
森田「俺は森田勝美ってんだ。お前は?」
青川「……青川、太陽」
森田「太陽か。これからよろしくな」
森田、手を差し出す。
青川、それを握る。
※ ※ ※
青川M「差し出された手を、気づいたら握っていた。それから、僕たちの大学生活が幕を開けた」
島田「今までの物語を振り返るタイプの最終回か。ありがちだが無難だな」
※ ※ ※
(フラッシュ)
森田「太陽! 夏だ、海だ、肝試しだ! 大学の夏休みは人生で最も自由な期間だ!」
※ ※ ※
青川M「とか言って、無理やり遊びに連れ出されたっけ」
※ ※ ※
(フラッシュ)
尾山凪咲、どこからか現れる。
凪咲「太陽君! 冬よ、雪よ、雪合戦よ!」
※ ※ ※
青川M「彼女は尾山凪咲。勝美の高校からの悪友らしい。似た者同士、気が合うんだろう。僕たち三人はいつも一緒だった。そして」
※ ※ ※
(フラッシュ)
森田「太陽! 時代は野球だ!」
※ ※ ※
青川M「大谷翔平選手の活躍に影響されたらしい」
島田「人気が出なかったからテコ入れしたんだったな」
平塚「やっぱり、いくら何でも急ですよね」
島田「今更言っても仕方ない」
※ ※ ※
(フラッシュ)
森田「俺がピッチャーで、お前がキャッチャーだ」
青川「勝手に決めないでよ」
森田「お。僕こそがエースだ! ってか」
青川「そうじゃなくて。野球っていったってメンバーはどうするのさ」
凪咲「確かに。三人じゃ試合どころか練習もできないわね」
森田「それは今から集めるさ」
青川「適当だね」
凪咲「とりあえず、私は知り合いを当たってみようかしら」
森田「お。ありがたい。よし、夏の大会出場目指して、頑張るぞ!」
森田と凪咲、去る。
※ ※ ※
青川M「まったく、見切り発車にもほどがある。でも、勝美は言い出したら止まらない」
島田「書いたこともないスポーツ漫画。人気は当然暴落。これが打ち切りを決定的なものにしたんだよな」
平塚「すいません」
島田「いや。これは私も悪かったんだ。経験も無いのに無理をさせたな」
青川M「でも、結局予選敗退。僕たちの夏は、あっけなく幕を閉じた」
島田「試合の様子もカットか。ページ数的にはそろそろ……」
青川M「けど、僕たちは諦めていない。まだ二年生なんだ。僕たちの戦いは、これか」
森田と凪咲、どこからか現れる。
森田「待てよ太陽!」
島田「おぉ?」
青川「え、何?」
凪咲「太陽君。何かを忘れてない?」
青川「何か……?」
凪咲「貴方には、幼馴染がいたはずだわ」
島田「あー。小学校から片思いしてたっていうあの子か。いたな、そんなキャラ。なるほど、最終回で今までの伏線を消費しておく算段か」
平塚、バツが悪そうに頷く。
平塚「えぇ、まぁ。そんなところです……」
凪咲「その子に、言わなきゃいけないことがあるんじゃないの」
青川「でも、今更……」
凪咲「伝えたい気持ちに、今更もないわ」
森田「そうだ。お前のハート、ぶつけて来いよ!」
島田「ん? なんだか様子が」
青川「ありがとう! 僕、行ってくるよ!」
青川、勢いよく走り出す。
森田と凪咲、青川を見送る。
森田「当たって砕けろ!」
凪咲「頑張ってー!」
平塚、煽り文を読み上げる。
平塚「次回、なんと恋愛編に突入!? これからいったい、どうなっちゃうのぉ!?」
〇出版社・島田のデスク
島田「終わってないじゃないか!」
平塚「はい」
島田「いや、はいじゃなくて。最終回だよねこれ。分かってる?」
平塚「分かってます」
島田「なら、どうしてこうなるの」
平塚「キャラが勝手に動いてしまいまして」
島田「確かにプロにはそういう能力のある人が多いと聞くけど」
平塚「分かってくれますか」
島田「いや分かんないよ。そういう能力があっても、終わらせるものは終わらせてよ。打ち切りだよ、分かってんの」
平塚「すいません」
島田「勝手に煽り文まで書いちゃって。なんで最終回に次回予告を書くかね」
平塚「筆が勝手に」
島田「今回は時間がないからこのまま載せるけど。来週は頼むよ」
平塚「もちろんです」
平塚、去る。
翌週。
平塚、島田のデスクへ。真面目な表情。
平塚「できました」
平塚、原稿を渡す。
島田、原稿を受け取る。
島田「今週も〆切ギリギリだな。大丈夫だろうね」
平塚、バツが悪そうに。
平塚「……はい」
島田「まぁ、読ませてもらうよ」
島田、読み始める。
〇漫画・大学のとある場所
青川、感慨深そうに景色を眺める。
青川M「あれから半年。いろんなことがあったな」
島田「なんか前回と似たような入りだな」
青川M「僕の告白は無事成功した。僕はあの子、楓と付き合うことになった」
島田「楓?」
平塚「幼馴染です」
島田「そんな名前だったんだ。……思えば連載開始から二年、名前すら出てなったな」
青川M「高校時代のあれやこれやも、なんだかんだで全部解決した」
島田「無理やりまとめたな。……結局さ、高校時代のトラウマ云々って何だったの?」
平塚「幼馴染関連で色々あったんですよ。かなりシリアスな展開に持っていくつもりだったんですけど」
島田「そこまでたどり着く前に、か」
平塚「残念ながら」
青川M「大学生活はまだまだ続く。僕たちの人生は、これか」
森田、どこからか現れる。
森田「待て太陽!」
青川「勝美。どうしたの急に」
森田「凪咲が言いたいことがあるそうだ」
青川「言いたいこと?」
森田「何かは知らないが重大なことらしい」
凪咲、どこからか現れる。
凪咲「太陽君! 実は私、貴方のことが好きなの!」
青川「え?」
島田「えぇ!」
森田「凪咲、お前そこまでして……!」
凪咲「仕方ないの。今はこれしかないわ」
島田「おいおい最終回だぞ? これちゃんと畳めるのか?」
青川「ごめん凪咲。気持ちは嬉しいけど、僕は楓のことが好きなんだ」
凪咲「それでも、私諦めないわ!」
森田「よし、俺も乗った」
凪咲「どっちに着くの? 太陽君と楓ちゃんを応援するか」
青川「凪咲の新たな恋を応援するか」
二人「どっち?」
森田「太陽もノリノリじゃねぇか。ならば」
島田「この流れ。まさか」
森田「来週決める!」
島田「うそーん!」
平塚、煽り文を読み上げる。
平塚「まさかの恋のライバル登場!? 太陽の恋路は、修羅場編に突入する!」
〇出版社・島田のデスク
島田、机に置かれた原稿を指で叩く。コン、コン、コン……。
平塚「キャラが勝手に」
島田「そうだな、今回は遂にキャラが来週って言い始めたからな。というか、何、凪咲は太陽のこと好きだったっけ?」
平塚「特にそんな設定は無いです」
島田「そうだよね。匂わせてすらなかったもんね。いくら何でも急展開すぎるよ」
平塚「でも、意外とこれから面白くなりそうじゃないですか?」
島田「じゃないよ。たとえ面白くなりそうでも打ち切りだからね」
平塚「すいません」
島田「全く。来週はちゃんと頼むよ」
平塚「はい」
平塚、去る。去り際、自信に溢れた表情。
島田「……嫌な予感しかしないけども」
翌週。
平塚、島田のデスクへ。笑顔。
平塚「できましたぁ」
島田「絶対できてないじゃん!」
平塚、原稿を渡す。
島田、受け取る。渋い顔。
島田「……読むぞ?」
平塚「……はい」
島田、読み始める。
〇漫画・大学のとある場所
青川、感慨深そうに景色を眺める。
青川M「凪咲の告白から半年。結局、僕は楓と今も付き合ってる」
※ ※ ※
(フラッシュ)
森田と凪咲、重い雰囲気で話している。
森田「太陽、別れないってさ」
凪咲「そりゃそうよね。さぱっと諦めるわ」
森田「この策は無しだな」
凪咲「えぇ」
森田「次、考えないとな」
凪咲「そうね……」
※ ※ ※
青川M「今回の事で、俺と楓は別れるどころか、むしろ今まで以上に固い絆で結ばれるようになった」
森田、どこからか現れる。
森田「太陽。ごめんな」
青川「気にしないでよ。凪咲は?」
森田「大丈夫だ」
青川「そっか……」
森田「なぁ、太陽。お前今、幸せか?」
青川「そんなの決まってるじゃないか。幸せだよ。これも君たちのおかげだ。ありがとう」
凪咲、どこからか現れる。
凪咲「それは良かったわ」
青川「凪咲。その……」
凪咲「いいの。気にしてないわ。太陽君。こちらこそありがとうね」
青川「うん」
凪咲「ねぇ。今の幸せな生活が、ここで終わるとしたら、どう思う?」
青川「そりゃ、嫌に決まってる」
凪咲「うん。そうよね」
青川「何、二人して。さっきからどうしたのさ?」
森田「なぁ、太陽。終わらないよ。終わらせないよ俺は。だから」
青川「だから?」
森田「時代はサッカーだ!」
青川「は?」
島田「……は?」
凪咲「本田圭佑よ」
青川「……古くない?」
島田「そこじゃ無いよ」
森田「どうする? やるか、やらないか」
森田、手を差し出す。
凪咲「私たちの夏が、また始まるのよ」
島田「終わってくれよ」
青川、笑って。
青川「……君たちはいつもこうだった。強引で、馬鹿ばっかやって。……最高だよ」
島田「最低だよ」
青川、その手を握る。
二人、握手。
森田「さぁ、とにかく練習だ! 夏の大会まで時間が無い!」
森田、走り去る。
青川「待ってよ! メンバーはどうするのさ」
森田「これから集める」
青川「またかっ」
太陽、追いかける。
凪咲「これで、なんとか……」
平塚、煽り文を読もうと。
平塚「次回!」
島田、平塚を止める。
島田「おい!」
平塚「あっ」
凪咲「次回! サッカー編に突入!」
平塚、悔しそう。それ俺のセリフ、という顔。
凪咲、太陽を追う。
〇出版社・島田のデスク
島田「……やったな」
平塚「申し訳ございません」
島田「いいよもう。それ俺のセリフ……。じゃないんだよ! 一応聞いておくけど、君サッカーの経験あったっけ?」
平塚「全く」
島田「なぜ書こうと思った」
二人「キャラが勝手に」
島田「聞き飽きたよその言い訳は!」
平塚「すいません」
島田、大きくため息。頭をかく。
島田「あのね。平塚君。分かってくれ。私だってこの作品を終わらせたいわけじゃないんだ。けどね。この業界は売り上げが全てなんだ。君、最新刊の売り上げ部数知ってる?」
平塚「三か月で、200部」
島田「正確には178部だ。そのうち20部は私が買ってる。……どうしてこうなるまで連載できていたのか分かる? 普通あり得ないよ」
平塚「お情け、ですか」
島田「そう。昔は初週売り上げ1万部が当たり前の売れっ子だった君を、売れなくなったからといってすんなり切ってしまうのは心が痛んでね」
平塚「……ありがとうございました」
島田「でもね。漫画業界はいわば戦場なんだ。我々編集が作戦指揮を執り、前線で戦うのは君たち漫画家」
平塚「何万部と売っていく漫画家は、いわばエースパイロット、ですか」
島田、頷く。
島田「前線で戦う漫画家が倒れれば、また次の売れっ子が出てくる。戦えなくなった兵士は、そのまま死ぬか、逃げ出すか、後方に送られるか……」
平塚「言うなら僕は、大けがを負っても戦う敗残兵ですか」
島田「そう。君はもはや手遅れだ。そして出版業界も不況である今、我々には君を助ける余力もない」
平塚「でも、それでも僕は」
島田「平塚君。私は、君がまだウェブで頑張ってた頃から君を知ってる。SNSで毎週12ページの短編を挙げてた頃から。一ファンとして君を見守ってきた」
平塚「島田さん……」
島田「だから君がうちの出版社に持ち込みに来たときは運命を感じたよ。こいつは私が育ててやるんだって躍起になったもんさ」
島田、笑う。
島田「懐かしいな。初めて累計百万部を達成したとき。打ち上げで調子に乗って朝まで飲んで、編集長に怒られて。……もうね。落ちぶれていく君を見ていたくないんだよ。こんな風に惨めに腐るように死んでいく君の才能を見たくはないんだよ。だから、もう終わらせてくれ」
平塚「……はい」
翌週。
平塚、島田のデスクへ。覚悟の表情。
平塚、無言で原稿を渡す。
島田、無言で受け取り、読み始める。
〇漫画・大学のとある場所
青川。決意したように景色を眺める。
森田、どこからか現れる。
森田「太陽。お前ホントは気づいてんだろ。この世界のこと」
青川「……」
凪咲、どこからか現れる。
凪咲「太陽君。私たちは終わらせたくないの。まだ、まだたくさんしたいことがあるの。だから」
青川「……もう、いいだろ」
森田「太陽」
青川「もう十分だろ。単行本7巻分の人生だったけど、楽しめたよ。世の中には1巻しか出ないで打ち切られる漫画もあるんだ。そんな中、これだけやってこれたんだ。いいじゃないか」
凪咲「よくないわよ。だって、だってまだ始まったばかりなのよ。私たちは」
森田「そうだ。卒業すらしてないんだぞ」
青川「でも二年も生きれたじゃないか」
凪咲「ほとんどカットされてるじゃない」
青川「それもそっか。ちゃんと書かれたのは大学一年の時ぐらいだったね」
島田「……コイツらはいったい何の話をしてるんだ」
平塚「だから言ったじゃないですか。キャラが勝手に動くって」
島田「あれって言葉の綾じゃなかったの」
平塚「言葉のママです」
青川「僕たちは平塚さんに作られた存在だ。彼が終わりだというなら従うしかないよ」
森田「お前はそれでいいのかよ」
青川「仕方ないじゃないか」
平塚「そうだ、仕方ないんだ」
島田「ん?」
青川「平塚さん」
森田「アンタ……」
凪咲「どうしてここに」
平塚「終わらせに来たんだ。この物語を」
島田「おい、作者が登場してるんだけど」
平塚「すいません、こっちで忙しいんで」
島田「あぁ、すまん。……しかし、ついに禁じ手、作者登場を使うか。終わらせる気だな、平塚」
森田「アンタ、作者なんだったら止めてくれよ。終わらせないでくれよ」
凪咲「そうよ。私たちは、まだこれからなのよ」
青川「勝美。凪咲。もう、いいんだ」
森田「何言ってんだ。主人公のお前が諦めてどうすんだよ」
青川「僕さ。二人に会えて幸せだったよ。楓とも仲直りできて、しかも恋人にもなって。だからもう、心残りは無い」
平塚「いいのか?」
青川「はい」
凪咲「……嘘よ。そんなのいいわけないじゃない。こんなの間違ってる!」
青川「凪咲……」
凪咲「太陽君はね。小学生の頃からずっと、15年間ずっと楓ちゃんに片思いしてて、それがやっと叶ったのよ。高校生の時、ちょっとしたすれ違いで喧嘩しちゃって、それから会うことも無くて、大学で再開して……。やっと恋が叶ったのよ。それなのにもう終わりだって言うの。そんなの酷いじゃない」
凪咲、太陽に詰め寄り。
凪咲「デートだって、キスだってまだ書かれてない! 全部カットされて、貴方たちの一年間の思い出は空っぽなのよ! それでもいいの!」
平塚「二人の関係なんて、所詮俺が作った設定だ。まやかしだ」
凪咲「だとしても、私たちにとっては真実なの! この思いだって、本物よ……」
森田「お前……」
青川「……平塚さん。やっぱり、続けることはできないんですか」
平塚「あぁ。無理だ」
青川「そうですよね……」
森田「くそっ……」
少しの静寂。
平塚「……あのさ。知ってるか。世界で一番売れた漫画」
森田「ワンピースだろ。ギネスにも載ってる」
青川「確か、最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ、でしたっけ」
平塚「そう。全世界累計4億5千万部。桁が違う。想像もできないほどだ。俺なんかとは大違いだ。逆にさ。世界で一番売れなかった漫画って知ってるか」
森田「……知らない」
凪咲「私も」
青川「……」
平塚「そうだ。知らないんだ。誰も、一番売れなかった漫画なんて知らないんだ。どうしてかわかるか」
三人、無言で否定する。
平塚「だれも興味が無いからだ。だから集計する奴が一人もいない。当然、一番売れなかったのがどれかなんて誰にも分らない。記憶どころか記録にすら残らない」
平塚、吐き捨てるように。
平塚「売れない漫画に、価値は無いんだよ。だから、お前たちが何と言おうと……」
平塚、視線を落とす。
平塚「ごめんな。俺に才能が残ってれば、もっと書けたんだけど」
凪咲「それって……」
森田「やっぱりアンタ。ホントは書きたかったんだろ」
平塚「……あぁ。そうだ。俺だってな。書きたいよ。お前たちの続きを。でもな、現実はそうもいかないんだ。もう諦めてくれ」
森田「何でだよ。書きたいんだろ。だったら書けばいいじゃないか!」
平塚「現実を見ろ! 俺の才能はもう枯れちまってんだよ。読者を満足させる作品なんざ書けやしない。筆は折れたんだ」
森田「それでも、才能が無くたって漫画は書ける。書いてくれよ、面白くなくても、誰に読まれなくても」
平塚「そんなものに価値があるか。作品ってのはな、誰かに認められて、初めて作品として成り立つんだ」
青川「だったら、僕が認めます」
森田「太陽?」
青川「さっきはあぁ言ったけど。僕だって、まだ君たちとバカやってたい」
凪咲「太陽君。……私も、認めます」
森田「俺もだ。認める。これで三人だ。作品として十分だろ」
平塚「何をバカな。お前らは俺が作った登場人物なんだぞ。そんなもの、ただの自己満足じゃないか」
青川「いいんじゃないですか。それでも。貴方が初めて僕たちを書いた時。それは、自己満足だったはずだ」
森田「売れるかは分からないけど、僕は面白いと思うって島田さんに売り込んで」
凪咲「初めてのジャンルだから、上手くやれるか分からないけど、それでも」
平塚「ただ、書きたいって……。あぁ、そうだった。そうだったな。……分かったよ。書いてやるよ。誰にも読まれなくても。世界で俺だけが知ってる漫画になっちまっても。それでも書いてやるよ! お前たちの物語を終わらせてやるよ」
青川「平塚さん」
平塚「誰にも文句は言わせない。連載なんかされなくてもいい」
〇出版社・島田のデスク
平塚、島田の方を向き。
平塚「ただ、書きたいんです。こいつらの続きを。僕の、俺の物語の続きを」
島田「それが、お前の思いか」
平塚「はい」
島田「……そうか」
島田、立ち上がる。
平塚「今まで、ありがとうございました」
平塚、礼。
島田「今後はどうするつもりなんだ」
平塚「……まだ、決まってないです。実家に帰って、バイトでもしながら仕事探そうかなってぐらいで」
島田「なら、引っ越しはまだなんだな」
平塚「はい」
島田「それは良かった」
平塚「え?」
島田「もう、続きは書いてるのか」
平塚、きょとん。
平塚「……はい?」
島田「最新話」
平塚、はっきりと。
平塚「はい。まだ書いてます」
島田「どのくらい進んだんだ」
平塚「半分ほど。癖で19ページ書いちゃってます。とりあえず、カットした部分を少しずつ語っていくって流れにしようかと」
島田「そうか。面白そうだな」
平塚「まだわからないですけど。きっと面白いです。……どうしてそんなことを?」
島田「あー。えっとな。ちょっと準備で間が空くんだが。来月からよろしくな。それ仕上げたらまた持ってきてくれ」
平塚「え? どういうことです? これで終わりなんじゃ」
島田「本誌での連載はな。移籍が決まったんだ」
平塚「え」
島田「編集長がな。新しくウェブ漫画を始めたいって。もう開発も進んでて、来月からスタートするんだ。その看板に君が選ばれた」
平塚「それじゃ、僕はまた、ここで書けるんですか」
島田「そうなる」
平塚「やった!」
島田「喜んでる場合じゃないぞ。次の戦場はウェブ漫画だ。君がSNSで売れてた頃とは流行もシステムも変わってる」
平塚「古巣ながら新境地ということですか。腕が鳴りますよ。……でも」
島田「ん?」
平塚「なぜあの編集長が? 売上を一番気にするあの人が、落ちぶれた僕なんかを拾ってくれるなんて……」
島田「ちゃんと実利的な側面もある。要は新人の育成のためを兼ねてるのさ。SNSでやってきて、連載の経験もあるお前なら、新人教育にはうってつけだろ?」
平塚「なるほど。後方で新人を育てて来いという司令部のご命令ですか」
島田「そういうことだな。あの人は理論に弱いからな。それを宣伝したら乗ってくれたよ」
平塚「え、それって」
島田「さて。さっそく今後の打ち合わせをするか!」
平塚「はい!」
島田「次の戦場はインターネット」
平塚「俺たちの戦いは、これからだ!」
二人、片手でハイタッチ。
完。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?