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Fighting My WayがM@STER SONGになった話

     毎年年の瀬の頃、アイドルのプロデューサーやファンの友人数人で集まり、M@STER SONG発表会と称して“その年の3曲”をプレゼンし、パッションをぶつけあうイベントしている。
    プロとして、ファンとして、担当外の事務所の楽曲やステージは少なからずチェックしているので「アンタはその曲入れるよな」と頷く事は少なからずあるのだが、意外な人物から意外な楽曲や選定理由が出てくることもままあり、大変バラエティに富むイベントだ。勿論、今年も参加予定だ。
    そのM@STER SONG最後の3曲目に、俺がFighting My Wayを選んだ時の話をしようと思う。

    今年のM@STER SONG候補曲は初星学園と315プロの曲のみと、事務所にかなり偏りがあった。俺はかなりチョロいので、やれメロがいい、やれ歌詞がいいと他事務所の楽曲を候補に入れがちなのだが、今年に関してはそういった曲が候補にすら選ばれないほど、初星と315プロの曲が強かった。
    315プロは節目の年であり、ファンとして大変頭を悩ませた。初星のプロデューサーとしてデビューした年ということもあり、こちらも大変頭を悩ませた。世間には良い楽曲が多すぎる。
    俺はその中で最終的に初星から2曲、315プロから1曲を選んだ。初星に関してはまぁ、いいだろう。315プロから最後の一曲はHigh×Jokerの『JOYFUL HEART MAKER』を選んだ。
    俺とハイジョは(ファンからの一方的な)不仲(ではない)であり、素直に好きと言えなかったのだが、今年のライブで自分の考えを改める事ができたのだ。その歴史的和解を祝してこの曲を選んだのだが、それは最早どうでもいい。今、最後の一曲に選ばれているのは“花海咲季”の『Fighting My Way』だ。

    事が起きたのは12月15日、複数のアイドル事務所合同で行われたエキスポのライブステージでの事だった。

   俺はエキスポには1日目と2日目の半分に参加していた。2日目の夕方はイベントが被ってしまい、途中退席になってしまったのだ。幸い、自分の担当は出番が無く、撤収が大掛かりになるため打ち上げは後日とのことで、関係者への挨拶もそこそこに会場を後にする事ができた。現地参戦できて本当に良かった。俺にとってそのイベントは全てにおいて優先されるのだ。なんて言ったら俺の担当は怒るだろうな…。めちゃくちゃ怒るだろうな。
    それはさておき、そのイベントは、あるアイドル養成学校の記念ライブだった。俺がプロデューサーを志すきっかけとなったアイドルが所属するユニット主催のイベントであり、不参加という選択肢は存在しなかった。今の俺がいるのは彼女のおかげと言っても過言ではない、大切な存在だ。彼女を一番のアイドルとは正直に言えない身分にはなってしまったのが、寂しいやら嬉しいやら複雑な気分だが。

    その学園はセルフプロデュースを是としており、基本的にプロデューサーがいないそうだ。1人の少女の力だけであれだけのアイドルになれるのなら、プロデューサーが力添えがあればもっとすごいアイドルを育て上げられるのでは?と考えたのだ。プロデューサーになった後、その学園の内情を少し聞く事ができたのだが、自分の考えは甘かったか?と焦燥に駆られた。
    彼女達の努力は尋常ではない。常人では到底耐えられないレッスンとスケジュール。俺がプロデューサーになったところで、その努力の部分を少しでも楽にすることが出来るのか?不安にもなった。
    しかし、よくよく聞いてみれば必ずしも全てが全てアイドル個人の責任で活動しているわけではないようで大変安心した。断崖絶壁をフリーハンドで登ったり、アイドル自ら斧を持ちクリスマスツリー用の大木を調達したりするというのも、噂に尾ひれが付いたのだろう。
    初星の生徒も負けず劣らずみんな努力している。俺のプロデュースも加われば、彼女達を超える事だって出来るはずだ。
     
    話を戻そう。イベントは大変素晴らしく、夢のような時間だった。友人達との感想戦と洒落込みたいところだったが、生憎翌日からはまた学園でのプロデューサーとしての生活が待っている。エキスポのライブステージのセットリストも確認しておきたい。語彙の失われた「良かった…」という短い感想を少し言い合って早々に解散した。

    セットリストを確認していく。各事務所凄まじいセトリだ…。ファンにとって堪らないライブだったことは、想像に難くない。
    最後のステージ、765プロのセットリストを開いた時、強烈な衝撃に襲われた。思わず声が漏れる。

「“伊吹翼”の『Fighting My Way』……?」

    馬鹿な……なぜ……楽曲使用の話は来ていない。学園が許諾しているのだろうが……しかしよりによって天才と名高い伊吹翼が、いやそれよりもまずアーカイブを……思考がまとまらない。はやる気持ちを抑え映像を再生する。該当箇所までシークバーを動かす。
「これが、“伊吹翼”の『Fighting My Way』……」
    呻くように呟く。なんだか見てはいけないものを見ている気がする。それでも何度も再生する手を止められない。担当以外が、花海咲季以外が歌っているFighting My Way。花海咲季以外が踊っているFighting My Way。花海咲季以外が、本物の天才が表現するFighting My Way……。
    俺は自分でも説明できない感情に満たされていた。その後のことはあまり覚えていない。呆然としたまま帰宅し、シャワーを浴びて髪も乾かさないまま眠りについた。胸に渦巻く感情の正体も理解できぬまま……。

    その日の授業は散々なものだった。まるで集中できない。
    ネットの反応も見た。概ね伊吹翼本人に対する賞賛の声であったが、咲季さんに対する意見もあった。
「自分の持ち歌あんな完璧に歌われて咲季ちゃん悔しがりそう!」
「花海咲季は挑戦状と受け取るんじゃないか?」
   何故だかしっくりこない。確かに、咲季さんは悔しがる事もあるかもしれない。挑戦だと受け取る事もあるかもしれない。どれも正しい予想だとは思う。しかし違和感が拭えない。
「(あとで本人に確かめよう…)」
   咲季さんとは昼休憩でいつもの教室で待ち合わせている。色々と、話さなければならない事があるな。

    半分上の空で午前のカリキュラムをこなし、教室へ向かう。
「遅いじゃないプロデューサー!」
「すいません。なんだか気分が優れないもので。早速本題ですが、昨夜のステージは咲季さんの仕業ですね?」
「えぇそうよ!その様子なら、驚いてもらえたみたいね?」
「心臓が口から飛びでるかと思いましたよ」
    どうやったのか、やはり楽曲使用のオファーは俺を飛び越えて咲季さんが確認していたらしい。おおかた俺が離席している時にタイミング良く端末に連絡が入り、知られないように処理したのだろう。

「それで、どうだった?あの子の歌うわたしの曲は」
「そうですね。素晴らしいステージでした。花海咲季には出来ない伊吹翼らしいFighting My Wayだったと思います。あとは、自分の担当の曲がカバーされるのは存外に嬉しいものだなと。それと、そうですね……あぁ…今気づきました。負けた、と思いました」
「わたしが負けたってこと?」
「いえ、俺の負けです。いや、勝負ではないのですから、俺が勝手に負けたと思っているだけです。765プロのプロデューサーに。咲季さんは、どう感じましたか?」
「わたしは嬉しかった。すっっごくワクワクしたわ!自分の曲が選ばれたことも嬉しいし、佑芽以外にわたしのライバルたりうるアイドルが沢山いる!って」
「咲季さんらしいですね。ネットでは悔しがりそうとか挑戦状とか言われていましたよ」
「そう。確かに、タイミングによってはそう思うでしょうね。でも、昨日はそうは思わなかった。だってわたしのFighting My Wayの方がすごいでしょ!!」
「あぁ……その通りです。咲季さんの方がすごい。話していてやっと自分の感情が理解ができました。俺は悔しかったんですね」
「悔しかった?」
「はい。伊吹翼のFighting My Wayは大変素晴らしいものでした。それは間違いありません。でも、花海咲季のFighting My Wayの方がもっとすごいことを俺は知っている。なのにあのステージで、Fighting My Wayで観客を魅了しているのは伊吹翼だった。きっとこのステージを見ているファンのうちの何割かは、もっとすごいFighting My Wayを生涯見ることはないのだろうと、そう思ってしまった。咲季さんは世界一のアイドルになるというのに。それが堪らなく悔しかった。この感情がエゴでしかないことはわかっています。それでも尚、悔しかったんです」
「プロデューサー…」
「咲季さん、俺は二度と負けません。もう一度だけ、誓わせてください。俺はあなたを絶対に世界一のアイドルにします━━━━━」

    こうして俺の今年のM@STER SONG最後の一曲は花海咲季のFighting My Wayになった。ここまで思い入れの深い曲を選ばずにはいられまい。今にして思えば、なぜ最初から選ばなかったのか不思議なほどだ。Fighting My Wayが好きな事が当たり前すぎたのかも知れない。
    今までは担当アイドルという意識がどこか希薄だったところがあったように思う。伊吹翼のFighting My Wayを見て改めて自覚した自分の担当アイドルへの気持ちを、これからも大事にしていきたい。

おわり

※この話はフィクションです。


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