
第19回毎月短歌3首連作部門蛻骨賞選評
これは尾内甲太郎による第19回毎月短歌3首連作部門(2025年2月3日締切)の選評である。蛻骨賞など6つの賞を決めた。
序
選者について
はじめまして、第19回毎月短歌の選者を引き受けた尾内甲太郎である。放大短歌代表・FLATLINE所属、静岡県浜松市で2月22日のポエデイ2に関わり、8月の再詩丼を主催するなど詩歌企画者としての一面もある。
3首連作とは
3首連作は、大伴家持の春愁三首や紀郎女の怨恨三首など古くから作られてきたけれど公募では、私の観測範囲内のはなしだが、少ないように感じている。一桁台の連作公募でよくあるのは5首連作だろう。銀杏文学賞短歌部門は5首連作、わが静岡県の県民文芸は5首1組だ。静岡県内の市民文芸も静岡市民文芸や浜松市民文芸をはじめ文芸いわたや文芸かけがわなど5首提出が多い。3首連作は葉桜短歌賞や世田谷文学賞などがあるように思えるけれどいずれも要項は3首連記となっていて連作を特に期待されているわけではない。文芸三島も3首連作ではなく3首以内だ。なので毎月短歌3首連作部門は数少ない3首連作公募のひとつと言える。
しかし3首連作は、公募は少ないものの短歌界ではなじみのある一桁台連作だ。和歌からの歴史や讀賣歌壇の選者新春詠はもちろんだけれど、いま手近にある歌集をめくると『羽と風鈴』は2首組だが、『心臓の風化』や『平和園に帰ろうよ』や『うすがみの銀河』は3首組で1ページを成している。
1ページ3首組は、作者である歌人や出版社の意図ではもちろん3首連作ではない、せいぜい3首連記くらいなものだ。でもその3首をひとつの独立した連作として読むことは紙にせよ電子にせよ書籍という制約のなかで歌集を読まざるをえない読者にとって避けられない。ゆえに多くの短歌読者は多くの3首連作を読んでいる、それら3首連作を章とは切り離された三色団子か中1首を対称軸とする線対称か序破急の三幕構成かなどと構成を一瞬で判断して読んでいる。
このように3首連作の読解は、3首組ページを編輯する機会もある歌集編輯の場面で必要とされる技能を分析することとなる。そのような読解を選評というかたちで提示する毎月短歌3首連作部門選者という任は、歌集とは切っても切り離せない短歌界の未来にとって責の重いものだと考えている。
5つの賞
責の重さを感じた私は3首連作部門の選者を担当し選評するにあたり、技能の結果を4つに分類し、企画賞・構成賞・技術賞・飛躍賞を設けた。つまり評価軸をひとつではなく複数にした。そして、それぞれの賞について無記名の詠草リストから5つほど候補を選んだ。さらに総合賞として蛻骨賞を設け、各賞からではなくすべての候補から蛻骨賞を決めた。
選評
企画賞
企画賞はテーマを設ける企画力を評価する。それには30首連作や5首連作ではなく3首連作にふさわしいテーマかウェブページで行われる毎月短歌という場へ出すべきテーマだったかといった点も考慮される。
企画賞は真朱「ペーパーレス」だ。毎月短歌はインターネットの企画なんですよ、だから「ペーパーレス」というタイトルは肯定するしかないのに、どの歌も紙に関係している。しかも紙を「束」「切れ端」などと言い換えてタイトル通り3首連作をペーパーレスにしているのには笑った。「。。」のホッチキス痕も心憎い演出。テーマとしては5首連作でもくどい気がするので、まさに3首連作くらいの歌数にふさわしい企画だろう。
形状の崩れたクリップ 言い分の束をぶつけてきみを壊した
ささくれのような切れ端 まっすぐに進ませるのに合わないハサミ
離れたら小さな穴と傷痕を残すホチキスあなたはいない。。
構成賞
構成については「3首連作とは」で軽く言及したけれど個々の短歌や全体の内容に対する構成の妥当さが構成賞における評価の対象となる。
宇井モナミ「夕暮れとブックエンド」へ構成賞は与えられる。だって、2首目に開かれた本を描きそれを対称軸として左右に閉じられた本を線対称に配して、なおかつストーリーのはじまるまえとおわったあとを表現しているから。3首が書籍のような構成を持つ無駄のない3首連作だ。タイトルも夕暮れ(西日)とブックエンドが終わりを示唆していて巧み。
異世界の扉はいつも開かれるたとえば西日の当たる本棚
図書室に開かれたまま残された本だけが知る君の行き先
またひとつ世界が終わり閉じられた本がもたれるブックエンドに
技術賞
3首連作の技術とは何かは難しいけれど、3首とも体言止めにしていないかしているなら連作として妥当か、とか3首しかないのに感情の落差が激しすぎやしないか高低差で耳抜きが必要ならそれは連作として妥当かなど連作操作の度合いを技術賞で評価する。
六日野あやめ「レイトショー」を技術賞とした。なぜなら3首の体言・用言・助詞という止め方のバラけ具合、ヒーローに象徴されるような感動の主軸からすこし外れた立ち位置の感情コントロール、そして事態が曖昧な1・2首目と事態が決定的となった3首目のリズムを変えた点に技術力をうかがえたから。抑制の効いた3首連作だ。
ヒーローになれない俺とヒロインにならない君と行くレイトショー
巧妙に視線を逸らしあいながらセックスシーンをわざとけなした
忘れるよ 君と見たのも、あらすじも、今夜がひどい雪だったのも
飛躍賞
飛躍賞では譬喩・ひねりのおもしろさや斬新さ、3首全てで似たような譬喩・ひねりを使っていないか似た譬喩・ひねりを使っているならそれは連作として妥当かなどを評価する。
栗原 馴「exodus」を飛躍賞と決めた。というのは、1首目のあからさまで素直な換喩と2首目の謎めいた願望にこれまた謎めいた言い訳、そして3首目の「迫害されている」の決めつけ、これら3首におけるひねりバリエーションの豊かさが気になりすぎたから。全体として突飛すぎるほど几帳面かつ神経質な人物像が浮かび上がる。噛めば噛むほど味が出る3首連作だ。
夕焼けの切れ端三つあつめたら皿がもらえると聞いてきました
牛乳を正しく測る道具が買いたい これは清貧ではない
debutの迫害されているtに言及しない教師の多さ
蛻骨賞
以上の4賞を踏まえ、すべての賞の候補作のなかから総合賞として蛻骨賞を決めた。
蛻骨賞は石綱青衣「ソウルにて」である。朝鮮語による企画、対称軸たる2首目の左右に水(川)を配した線対称の構成、動詞・形容詞・名詞と止め方をバラけさせつつ物悲しげだけれど芯のある感情コントロールの技術、そして名と川(水)を行き来する譬喩など総合点で競り勝った。明確な3首連作といえる。
この国でユンスルという名をもらい水面に白きひかりの踊る
イルボンから来たと言ってもこんなにもやさしくされるたびに悲しい
「ハンガン」とだけ聞き取れて文学は川は凍てつきながらも不滅
蛇足
尾甲賞
さいごに。個人賞や選者賞はもともと考えていなかったけれど、蛻骨賞の選考過程で発生してしまった(これにはなにか賞を与えておかないとならない!)という感情のはけ口として授与する。名付けて尾甲賞である。
尾甲賞はあだむ「父〜我が幼少期〜」。2首目の「ケチャップがついたフォークでデザートを突き刺し」が気になって脳裏から消えないフレーズだったよ。全体的に日常がしみでているのも好き。
引き当てたオーブンレンジを右肩に担いでこいだ自転車の揺れ
ケチャップがついたフォークでデザートを突き刺し朝を無言で過ごす
隠せないキャベツの味が引き立てる父特製の卵チャーハン