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小説|指

 それはうんざりするほど長かった夏がやっと退いて、夕方の風が頬に気持ちよく触れる初秋のことだった。私は書き仕事を終えて近所の公園で一息ついていた。公園といっても住宅街に作られたこじんまりとしたもので、ブランコとベンチがあるだけのいかにも人工的な感じのする小さな四角い公園だ。人工的な感じがするしないに関わらず、公園というのは人の管理がなければ存在できないのだから、あまりその公園ばかりを責めるのも悪いような気もする。とにかく私はその公園をわりに気に入っていて、仕事が行き詰まったときなどにはそこのベンチに腰掛けて近所の子供らが遊ぶのを眺めていた。しかしながら今日はなぜだか子供らの姿がない。私は公園の左端から右端まで首をぐるっと回してみたが、やはり人の気配はなかった。

 それなら考え事でもしようとベンチに深く腰掛け直したとき、私の目の前にカラスがいるのに気がついた。カラスはなにやら公園の土をつついてほじくり返そうとしている。私はカラスを観察することにした。いくらありふれた鳥とはいえ、目の前に動物がいたらじっくり見てしまうのは人間の性だろう。カラスはこちらを気にする様子もなく、せっせと土を掘り返している。なにか、虫か野菜のクズでも見つけたのだろうか。私はカラスがなにを掘り当てるのか、楽しみに見届けることにした。カラスはしばらく掘り進めたあと、ふいに顔を上げた。私も少し目線を上げてカラスの顔を見た。そして、そのくちばしに指を発見した。「そそっかしいあなたのことだからきっと芋虫とでも見間違えたんでしょう」とこの話を聞いた方は思うかもしれない。しかしそれはどう見ても、人間の指であった。カラスはしばらくのあいだじっと動かずに私を見つめていた。カラスの口もとで誰かのピンクの爪が揺れていた。立ち上がって近づこうとすると、カラスは指を咥えたまま勢いよく遠くに飛び立ってしまった。
 
 私はそこに立ったままカラスが掘り返した公園の土を眺めた。あれはたしかに人間の指だった。どの指か定かではないが、長さからしておそらく人差し指か中指か薬指のいずれかだろう。ここに指があったということは、どこかに指が一本少ない人がいるということだ。私は掌を広げて、そこに右と左に五本ずつの指があるのを確認すると、裏返してもう一度確かめた。それが終わると私は試しに右手の中指を折り曲げてみた。もう一度数える。右手に四本、左手に五本。私はポケットに手を入れて歩きだした。

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