アーティストの制作と生活を後押しする空間として、元寮が持つポテンシャル。 -旧 藝大寮活用プロジェクト 滞在者インタビュー 前編-
omusubi不動産では「旧 藝大寮活用プロジェクト」と題して、2022年3月に閉寮した東京藝術大学(以下、藝大)の学生寮の利活用の方法を探るプロジェクトを展開しています。
これまでに、松戸や藝大にゆかりのあるアーティストによるテスト滞在やイベントなどを実施してきました。
(プロジェクト実施の背景や、過去のイベントの様子は「#旧藝大寮活用プロジェクト」よりご覧ください。)
2022年7月から12月にかけて行なったテスト滞在は、アーティストやクリエイター、学生など22組27名が参加。
旧藝大寮に滞在してもらいながら、シェアハウスや創作の場としての使い方を広げるとともに、イベント開催などを通して、建物を地域に開いていく可能性を探ることを目指しました。
今回は、旧藝大寮に滞在した3組の方々にインタビュー。
職業も滞在の目的や期間も異なる皆さんに、実際にこの場所を使って感じたことや、今後の使い方についてのアイデアなど、滞在者の目線からざっくばらんに語っていただきました。
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プロフィール(五十音順)
ー今日はこの旧藝大寮に滞在された皆さんに、実際に使ってみた感想や、今後の利活用のアイデアなどを伺えたらと思っています。それぞれ自己紹介からお願いできますか。
山際悠輔さん(以下山際):じゃあ一番滞在歴が長い僕から。山際悠輔です。普段は美術館やギャラリー、イベントスペースなどの展示空間のデザインや什器製作など、空間に関する色々なことを個人でやっています。
旧藝大寮では、夫婦棟と呼ばれている1LDKくらいの部屋が集まっている棟に滞在しつつ、アトリエと呼ばれている制作スペースを主に使って制作しています。
山際:僕は元々都内に住んでいまして。ただ出張が多いので、家にほとんどいなかったんですね。あまり広くなくて制作もしづらい、家賃もそれなりに高い。地方をメインに活動している人や広い空間を持っている人をみて、東京を出たいなと思っていたんです。
それでお世話になっている人に相談したら、omusubi不動産の殿塚さんと大親友だということがわかって、その場で殿塚さんに電話してくれて。そうしたら「ちょうど良い場所があるよ」ってここを教えてもらって、「まだ見てないけど住みます」って話して(笑)。結局ほぼ内見もしないで入居しました。
尾藤直哉さん(以下尾藤):尾藤直哉です。隣にいる葛西柊摩と、あと他に4人のメンバーと一緒に、NORMALというチームを組んでいます。NORMALでは、僕は主に映像を担当していて、葛西くんはハードウェアや美術を担当しています。
尾藤:NORMALは、旧藝大寮のすぐ近くにある中学校の科学部のメンバーで結成し、ロボカップジュニアという大会に出場しました。僕たちが出場したのは、ロボットをただ作るだけではなく映像や音楽も組み合わせてパフォーマンスをさせるという部門で、その部門の世界大会で1位を取ることができました。
中学を卒業した後、「これだけできたんだから何かやれるだろう」と思っていたんですが、高校はそれぞれ忙しかったこともあって、NORMALとしては空白の3年間になってしまって。
大学生になって、僕が松戸にあるアーティストインレジデンスの拠点「PARADISE AIR(*1)」でインターンをすることになったんですね。そこでNORMALとしても滞在制作に誘っていただいて、活動を再開したんです。今回の旧藝大寮の話もPARADISE AIRのコーディネーターさんから教えてもらい、滞在することになりました。
葛西柊摩さん(以下葛西):普段は大学生として尾藤くんは会計、僕はロボットを作る勉強をしています。
石原朋香さん(以下石原):石原朋香です。大学時代は藝大の先端芸術表現科に在籍していて、この春に修士課程を卒業しました。今はメインで舞台俳優をやりつつ、演劇のワークショップを主催したり、個人で演劇やダンスのフライヤーデザインもしています。
石原:今年の秋に、松戸で活動しているlibido:(*2)という劇団から舞台出演のオファーをいただきまして。その稽古が、松戸のアトリエで行われることになったんですね。自宅が都内なのであまり夜遅い時間まで稽古するのは大変だなっていう話をしていたら、突然「藝大の寮に住む?」って聞かれて、「松戸に住めれば遅い時間まで稽古できます」という話になりまして(笑)。なので私は、主に生活の場としてここに滞在していましたね。
スケールの大きい空間が制作の幅を広げる
ー今も皆さんこの場所での滞在が続いていると思うのですが(注:取材時点)、皆さんはどんな感じでここの場所を使っているんでしょうか。
山際:僕の場合はアトリエに仕事道具を入れるところからスタートして、すぐにアトリエを使い始めました。今もアトリエでの制作が多くて、撮影セットを作っています。
部屋の方は仕事道具は置かず、生活するだけの空間として使っていますね。前に住んでいた部屋は仕事場と生活空間が密接していて。木材や材料が部屋に大量にあって、居住スペースが全然ないっていう状態になってしまっていたので、ずっと部屋を分けたいと思っていたんです。今は仕事と生活の空間を分けられて、かつそれぞれ同じ敷地内にあって行き来もスムーズなので、すごくやりやすいですね。
ーアトリエなど、実際に使ってみてどうですか?
山際:アトリエの広さがすごくありがたいです。場所がないと「そもそも大きいものは作れないな」となってしまって、自分が考えたりつくったりするもののスケールが小さくなってしまいやすいんですが、広い空間があるとそれありきでスケールを考えられる。あとここは天井も相当高いんですが、それも良いですね。上に木材を渡せばものを吊るすこともできる。
せっかくだから大きいものいっぱい作ろうと思って、それでこんな大きいのも作っちゃったりするんですけど。(アトリエに置いてあった板を指差す)
ーこの板、2mくらいの高さがありますよね。このアトリエを使うまでは、ここまで大きいものは作っていなかったんですか?
山際:そうですね。以前の仕事場だったら、場所を別で借りなくちゃいけなかったので。このアトリエくらい広い空間ってそうそうないですよね。
なんでも受け止めてくれる、”信頼感”のある場所
ー石原さんは、使ってみてどうでしたか?
石原:ここでやったワークショップがすごく面白くて。9月あたまに、PARADISE AIRの加藤康司さん、libido:の岩澤さん、松﨑さんという俳優さんと一緒に、藝大寮の最後の夜を再現するという演劇のワークショップをやったんですね。その時は、このアトリエに残っていたものを借景にして、舞台照明を設置したり、寮のキッチンに残されていた食器を小道具として使ったりしました。
このアトリエは声も響くし床も固いので、演劇をやる場所としては正直難しいところがあると思うんです。でもこのワークショップを通じて、単純に演劇をやる場所としてのことだけではなく、”場所が持っているストーリー”みたいなものをすごく感じることができて。ここで皆と一緒に集まって作品を作ることができたというのは、貴重な体験だったなと思います。
石原:その時、近所に住んでいる方が見に来てくれて「理解しやすい作品だったかと言われるとそうではなかったけれど、この場所に染み付いた藝大生の魂みたいなものを感じた」って言ってくれたんですね。それってすごいことだなと思いました。
藝大生の魂ではないけれど、この旧藝大寮って何をしていてもいい包容力を感じるというか。突然何かやり出しても誰も何も言わないという信頼感のようなものがある気がしますね。
ー石原さんはどのくらい滞在されたんですか?
石原:入居したのは8月頃ですね。それからばらつきはありつつも、週の3分の2くらいは滞在していたと思います。自宅と行き来しつつ、緩い2拠点生活みたいな感じでした。
ーここで個人での制作もされたんですか?
石原:友達とやっている音楽ユニットのミュージックビデオを作ろうと思って、寮の中や近所を使って撮影しました。今ちょうど編集しているところなんですけど、同じくテスト滞在者として旧藝大寮を使っていた藝大時代の同級生にも協力してもらったりしています。
ー実際滞在してみて、居住空間としてはどうでしたか。
石原:私は単身棟と呼ばれている、6畳一間にお風呂とトイレがついている部屋が中心の棟に滞在していたんですが、キッチンが部屋と分かれているのに慣れるまで時間がかかりました。冷蔵庫は部屋にあるけどキッチンは別のところにあるから、材料をエコバックに入れて行き来したり、朝も起き抜けの状態でパンだけを持ってキッチンに行って、誰も来ませんようにって思いながらパンを焼いたりしてました(笑)。
山際:単身棟はそういう感じなんだ。棟によってだいぶ生活スタイルが違いますね。
石原:そうなんです。最初はほぼ一人で3階の共同キッチンを使い始めたので、一人で大掃除をしたんですよ。食器とかがもう色々すごい状態になっていて・・(笑)。しばらくしてから他の人も滞在し始めて、たまにキッチンで顔を合わせることもあったんですが、そうすると「制作どうですか」みたいな世間話をしたりして。わざわざ会いにいくんじゃなくて、同じ建物の中に知り合いがいることの良さをすごく感じましたね。お互いに干渉するわけではなくて、程よい距離に顔のわかる人がいるのはいいなと。普通のマンション暮らしだとなかなかないですよね。
山際:確かに、緩いシェアハウスみたいなところはありますよね。会ったこともない人も結構いるから、距離感を測りながら生活している感じですね。
地元ならではの良さを生かしながら、活動に没頭
ーNORMALの皆さんはどんな風に滞在されていたんですか?
尾藤:基本的には制作場所として使っていました。皆家が近いので集まって活動して、特に予定がない人は泊まってまた作業するみたいな使い方ですね。部室のようなイメージです。
ー部室感、良いですね。
葛西:滞在中は小さい個展もやったんです。その時は「間に合わない!」ってずっと泊まってギリギリまで作業してました。
泊まった時には、普段あまりやらない料理をやったりもしましたね。実家が農家のメンバーがいるんですが、その子の実家に行って「すみません、余ってる野菜とかありませんか」って行って食材をもらったりして。
ー皆さんは夫婦棟に滞在していたんですよね。
尾藤:そうです。夫婦棟はキッチンと寝室の2部屋があって、そのうちのキッチンがある方の部屋がかなり広いんです。個展をやっていた時期は、キッチンがある部屋で制作して、寝室を展示スペースにしていました。
ーそのくらいの広さがあると、4人くらいのグループでも滞在制作がやりやすい?
葛西:僕らの場合は、4人全員同時に泊まって作業する必要性がほとんどないんですよね。あっても2人くらいなので、これくらいの広さがあれば制作と滞在を分けることができる。気持ちの切り替えができて、すごく楽でした。
ー制作と、自分の生活場所が少しでも離れることってすごく大事なんですね。個展はやってみてどうでしたか?
尾藤:僕たち科学部の後輩がたくさん来てくれて。それも地元のお母さんたちが広めてくれたんです。
葛西:そのお母さんたちに「もっとこういう場所や展示があるのを宣伝してくれればいいのに!」みたいなのをすごく言われたんですよね。「相談してくれたら地元の人たちにも広げるのを手伝うよ」って。僕らはここが地元なので、地元出身者ならではの宣伝というか、このあたりで活動してきたことをアピールできるかなと思いました。
尾藤:あとはロボットとか、電子工作系のワークショップをここでやったりしたら面白そうだなと思いましたね。初めて電子工作に触れる人でもできるようなものから上級者向けのものまで、参加者に合わせて開催しても良さそうです。この場所の立地や空間を生かして、地域にひらいた活動ができそうだなと思いますね。
これまでどう旧藝大寮を活用してきたのか、様々な話題に広がっていったインタビュー。後編では、滞在者の皆さんが感じた旧藝大寮の利活用の可能性についてお伝えします。
文章・写真:原田恵
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