”文化の発信点”としての常盤平の可能性。ときわ平まちの人インタビューvol.6 大塚美貴子さん(「喫茶と読書 ひとつぶ」店主)
常盤平駅の改札を出て、駅前のロータリーに降りる。
豊かな枝振りを見せるケヤキの木々を眺めながら、ロータリー右側を進むと、正面には茶色いレトロなタイルのビル。
ビルの1階のすみには、まるで隠れ家の入り口のような、小さな階段。
トントントンと3階まで上ると、水色の扉が見えてくる。
キイ、という音を立てて開くと、飛び込んでくるのは、「ひとつぶ」の文字。
「喫茶と読書 ひとつぶ」は、”ひとりの時間を過ごすための場所”として、常盤平の駅前にオープンしたお店です。
店内では、それぞれ特色のある席に座り、本を読んだり、書き物をしたり、食事やスイーツ、コーヒーなどのメニューを楽しんだり。誰もが静かに、でも豊かな、ひとりの居心地の良い時間を楽しむことができます。
この場所をオープンしたのは、大塚美貴子さん。常盤平の街で暮らし、働く人々にインタビューを行い、これからの常盤平の街の変化の兆しを探るインタビュー「ときわ平まちの人インタビュー」第6回として、大塚さんにお店を開く場所として常盤平を選んだ理由から、この街への思いなどを伺いました。
どうして常盤平に出店したの?と聞かれた日々
−「ひとつぶ」さんの”ひとりのための時間を過ごす場所”というコンセプトが、まずユニークですよね。このコンセプトはどうやって決められたのですか?
大塚美貴子さん(以下大塚):元々、「fuzkue(*1)」というお店が大好きだったんです。「fuzkue」さんは、”本の読める店”として誰にも気兼ねすることなくゆっくりと読書ができる時間と空間を提供している場所。そういうお店を自分でもいつかやりたいと思っていました。
−お店を構える前から「こんなお店にしたい」という具体的なイメージがあったのですね。
大塚:そうなんです。でも当時はまだ働いていたこともあって、本当に自分がお店を始めるかどうか、具体的なところまでは考えていませんでした。ただ、物件の情報は色々と見ていて。ある日、いつものように情報を見ていて、この物件を見つけたんです。
大塚:図面をみている時から、すごくいい空間だなって感じていたんですよね。内見したら、本当に気に入ってしまって。当時はまだ会社員だったんですが、物件の申し込みをして。そこからどんどん進んでいきましたね。
−常盤平という街は、意識していたのですか?
大塚:それはたまたまでした。でも、元々常盤平はすごく好きな街だったんです。
自宅が比較的近いところにあるのですが、そこに引っ越してきた当時、常盤平のさくら通りがちょうど満開で、すごくきれいで。「なんて素敵なところに住めるんだろう」って、とても嬉しかったのを覚えています。そんなふうに感じていた街にこの物件があることが分かって、「もうやるならここだな」って思って。他の物件はあまり内見することもなく決めました。
この物件ありきだったので、お店を開くときも、どんな方が住まわれている街なのかとか、他のお店の様子はそこまで積極的に調べていなかったんですよね。
−常盤平の近隣には、八柱や五香といったエリアがありますね。どちらのエリアも、常盤平より飲食店などのお店が多いイメージがあります。
大塚:そうですね。実は開店した当初、「どうして常盤平にお店をオープンされたんですか?」って、本当に多くの方に聞かれたんですよ。「なんで五香にしなかったの?」とか「どうして八柱じゃないの?」って。それにすごくびっくりしましたね。「常盤平にお店を出すことって、そんなに驚くことなんだ」って。
でも、そういうお客さんの反応を聞いているうちに、皆さん、常盤平よりも、周辺の八柱や五香の方が、街として良い印象があるんじゃないかなと感じたんです。常盤平に住んでいる方自身が、自分の街に対して「ちょっと常盤平って周りの街とは違うよね」って思ってしまっているような気がして。
私は常盤平ってすごく良い感じがする土地だなとずっと思っていたので、そう感じてしまうのはもったいないなって思っていましたね。
豊かな時間を育む空気がある街
−お店がスタートしてからの日々は、いかがでしたか。
大塚:物件を契約したり、お店のオープン準備を本格的にスタートしたのが、2020年の1月頃でした。ちょうどコロナ禍に突入していく直前ですね。契約した頃は「春には落ち着くかな」なんて話していましたけど、だんだんそうも言っていられなくなって・・。結局、緊急事態宣言が明けた7月にお店をオープンしました。
−ちょうどコロナ禍の只中にオープンされたんですね。
大塚:そうなんです。でも、私にとっては結果的に、小さく始められたことが本当に良かったと思います。
元々別の業種から飲食店を始めることになって、あまり経験もない中だったので、最初の頃はお客様が来られるのが少し怖かったくらいだったんです。
普通のお店だったら、食事を食べたりされているときに、お客様同士で「美味しいね」とか、感想を言っているのが聞こえるじゃないですか。でもひとつぶでは、皆さん何もお話しせず黙々と食べられているから、反応が分からなくて。(苦笑)それは結構きつかったですね。でも、徐々にお客様が帰られるときに「おいしかったです」とか、感想をくださるようになって。だから最初は少しずつで良かったなって今は感じています。
−きっと皆さん、そういう経験を積み上げながら、自分のお店や場所をつくっていらっしゃるんですね。
大塚:私の場合、本当に全部自分で1から始めて、だんだんと積み上げていった感じだったので・・。最初に色々な知識を持っていたら、逆にできなかったかもしれないですね。物件の契約がもう少し遅い時期だったら、コロナのこともあってお店自体を諦めていたかもしれないですし、色々なタイミングに運ばれていった感じがします。
−お店を続けられてきて、街の印象はいかがですか。
大塚:最初に思った通り、いい街ですね。お店のコンセプトをよく理解してくださっているお客様が本当に多いんですよ。2人連れで来ても、入られるときに「おしゃべりできなくても大丈夫です」ってお客様の方から言ってくださったり。入ったらすぐ別の席に座られて、別々に来られた方なのかなって思っていたら、会計のときに一緒に来られた方だったっていうのが分かったこともありましたね。もちろん他の地域からのお客様もいらっしゃるので、常盤平の方に限定されるわけではないのですが、リテラシーというのか、本当にお客様の意識が素晴らしいなと感じます。
fuzkueさんのブログをずっと読んでいたので、こういうお店の大変さは分かっていたつもりだったんです。でも、この常盤平という街でお店をやることによって、良い意味でお客様が選んできてくださっている感じがありますね。
−「ひとつぶ」に来られるお客さんのイメージとして、ゆったりした時間を楽しんでいるというか、どこか穏やかな印象があります。
大塚:「ひとつぶ」には、週に1回、3時間から4時間くらい来てくれる方もいらっしゃいます。皆さん、そのくらいの時間を過ごすことができるようなコンテンツを、ご自分で用意して持ってきているわけですよね。自分で読みたい本や、何かやりたいことを選んで、この場所に持ち寄ってくる。それって、すごく豊かなことだなって思うんですよね。ここで過ごす時間で自分を取り戻していくというか、そういう時間の楽しみ方を知っている方がこんなにいるということは、すごくいいことだなと。
私は、常盤平の街というか、この土地に対してどこか文化的な空気感があるような気がしているんですけど、そういう影響もあるのかなと思います。
だから自分としては、「ひとつぶ」を開く場所として、この街はすごくぴったりだったなって感じていますね。
−「ひとつぶ」の窓から見える、駅前の大きいケヤキや、落ち葉や新緑の感じにも、何か文化的なものを感じますよね。
大塚:そうそう。常盤平には、けやき通りもさくら通りもあって、立派な樹木が植えられている通りが2つもある。街の中でこんなに四季を感じられるところってそうそうないですよね。だからこの環境は守られてほしいなと思っています。
最近、伊藤比呂美さんがベルリンでの経験を書いた本を読んだんです。ベルリンの道も街路樹が植えられていて、その樹の根が隆起してくるために、道が凸凹して歪んでしまうそうなんですね。日本だと、そういう場合は木を切って、道の凸凹を直す。でもベルリンだと、木を切らず道の凸凹はそのままで、石畳の間から水が沁みて木の根を育てるのだから仕方がない、と思うのだそうです。
もちろん歩きやすさやアクセシビリティは重要だと思うのですが、立派な木々に恵まれた環境がある常盤平の街が、「古い木やものを生かしたまちづくりができる」ということをアピールできるような、モデルケースのような場所になったら良いなと思いますね。
都市でも田舎でもない、中間としての文化の発信点に
−オープンして、今年で3年半が経ったそうですね。これからのひとつぶさんが、どうしていこうとしているのか、教えていただけますか。
大塚:最初がコロナ禍で、本当に底辺のようなところのスタートから、だんだんお客さんが知ってくださるようになって、取り上げてくれるメディアも出てきて。3年半、右も左も分からないところから、よくやってこれたなって思います。本当に無我夢中の日々でしたけど、でもやっていて、すごく楽しかったですね。
大塚:そうした日々を経て、今はクオリティをどんどん高めていきたいなと思っています。実は今年から、オープン時間を1時間遅くしたんです。営業時間が短くなった分、質の面では、野菜の切り方やメニューの細かな工程についても、ひとつひとつきちんと質を高めていきたいなと思っています。
−これから常盤平の街がこんな風になったらいいなというイメージはありますか?
大塚:そうですね、映画館や本屋があったり、ギャラリーがあったり、「常盤平に行ったらなにか面白いものがある」街になったらいいなって思いますね。色々な楽しみ方ができる街というか。
−そういう文化施設がもっと常盤平にあったらいいですよね。今回お話を伺って、「ひとつぶ」に来られるようなお客さんが街にいらっしゃるということは、この街にもそうした文化的な場所の需要があるのだということを改めて感じることができました。
大塚:そうそう、あると思いますよ。「ひとつぶ」も、最初は「どうして常盤平に」って言われていましたけど、今もこうやってお客さんがきてくださっていますから。「ひとつぶ」は、ひとりで来られる方のためのお店だから、機会が限られてしまいますけど、それこそそういう空間を複数人で楽しみたいっていう方もいらっしゃると思うんですね。
−それはいいですね。そういう空間ができると、また新たな方が街に入ってくることに繋がりそうです。
大塚:ここは、田舎でもないし、東京とも違う、中間的なところですよね。そういう位置付けで、上手く楽しめるいい街になったらいいなって。千葉の他の都市や、茨城、東京の東側のエリアからも遊びにこれる中間地点として、良い文化の発信点になれたら面白いなと思いますね。
常盤平の駅前という、便利な立地にありながら、訪れるたびに穏やかな空気が満ちている「ひとつぶ」。
今や多くのお客さんに愛される場所となった「ひとつぶ」ですが、当初は「どうして常盤平に?」とよく聞かれるなど、そもそも常盤平でこうした個人のカフェやお店が成立することは難しいと捉えていた人も少なくありませんでした。
そうした中で、店主の大塚さんが、常盤平の土地が持つ文化的な雰囲気や環境の良さを信じ、試行錯誤を続けたことによって、「ひとつぶ」がつくりだす、満ち足りた時間や雰囲気に惹かれ、集う人たちがこの常盤平の街にいるということが見えてきました。
最近では「本屋BREAD&ROSES(*2)」さんもオープンするなど、少しずつ常盤平の街に、”豊かさ”を感じられるようなお店が増えてきているように感じます。
常盤平に、これから文化や”豊かさ”に触れられるようなお店や場所がもっと増えていったら、より心地よい時間が流れる街になっていくのではないでしょうか。
そのための土壌、そして”粒”はきっともう既に、この街にあるのです。
最後に、第7回として、プロジェクトの様子の振り返りを掲載予定です。そちらもどうぞお楽しみに。
(文章・写真 原田恵)
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